中井家の菩提寺だったお寺(長香寺) | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

前回からの続き(10月15日)のことになります
浄運院を後にして、今度は五条通りを越して、上がって(北上して)行きます
次も令和4年度京都浄土宗寺院特別大公開のお寺です
この日9ヶ所目、トータル11ヶ所目となります
しばらく歩くと、左手に山門があります
長香寺
住所・京都市下京区高倉通松原下ル樋之下町37-5
御本尊 阿弥陀如来
山門の左側がちょっとした駐車場(2台ほど)になっていました
由緒
本尊の阿弥陀如来は恵心僧都作と伝承
慶長11(1606)年、徳川家康の侍女・おこちゃにより創建
そのおこちゃは、翌年(慶長12年)12月の駿府城の火災により逝去
中井正清板倉勝重(京都所司代)、後藤庄三郎(御金改役)の尽力により建立される
山号・寺号はおこちゃの法名・長香院殿信誉常照清円大禅定尼にもとづく
中井家一族である巨勢利清の娘が紀州徳川家に仕え、8代将軍吉宗の生母(お紋の方)となる
その関係で享保11(1726)年、幕府より祠堂金500両が下賜される
天明8(1788)年の大火、元治元(1864)年の兵火により相次いで類焼
明治2(1869)年、塔頭のあった旧境内地に下京第15番組小学校(後の有隣小学校)が作られる
(由緒書きより)

山門の右側に石碑
京都大工頭 中井家菩提所
大工頭で中井家?🤔
もしかしたら?という思いが頭をよぎり、参拝した時に聞いてみることにしましたうーん

山門を抜けると、広い参道

そこを抜けた左側に本堂がありました

左奥に鐘楼


こちらは本堂前から拝観する形でした
御朱印も本堂前で頂けました
そして疑問をぶつけてみると、果たしてそうでした!
丹波地域で寺社の彫刻を見て回ってる中井権次一統の菩提寺でした爆笑
いや、正確に言うと、本家の菩提寺になるのかもしれません🤔
まさかこんなところで、中井家と繋がるとは思いもよらず嬉しかったです照れ


で、鐘楼の横にあるのが墓地だったので、中井一統のお墓をお参りしてもいいか聞くと大丈夫だったのでお参りさせて頂きました

こちらで頂いた御朱印(書置きのみ・300円)です

由緒書き

こちらと中井正清のことが書かれた本があります
続・京都戦国武将の寺をゆく
ここには中井正清が当初は豊臣家の大工頭で、後に徳川家に仕え、「六本槍の衆」という幕閣内部に影響力をもつ側近にまでなったことが書かれていましたびっくり
他にもお寺と武将の関係が書かれているので、そういうのが好きな方にはお薦めです👍

次回でこの日のことになります
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ