前回からの続きです
建物を出て、公園内を散策してみます
門から右周りで回っていくと、まず最初に目につくのが水飲み場
その名もガラシャのおもかげの水という地下水です

解説板

地下水で水道水?
ろ過処理してあるってことでしょうか?にやり

歩いて次にすぐ目にするのは細川忠興・玉・ガラシャ像



細川忠興は幽斎の息子
玉子は前記事にも書いたように明智光秀の娘になります
細川幽斎(藤孝)は当初は足利義昭将軍の家臣でした
それが後に織田信長に仕えるようになります
そして元亀4(1573)年7月に長岡へ入ります
天正6(1578)年8月、玉子をこちらで迎えました
その後、天正8(1580)年8月には宮津へ移るんですけどね
それから2年後の1582年に本能寺の変が起きるわけです
(パンフ参照)
ちなみになぜガラシャなのかというと、キリスト教の洗礼名なんです
2020年の大河は明智光秀とのことですが、もちろん幽斎、この玉子の話しは出てくると思います

東北隅の櫓

解説板


その辺りから先ほどのとこを振り返る


東北隅の櫓には、多聞櫓があり、階段跡も見つかったそうです

解説板


本丸井戸跡

解説板


また冠木門があったので、外へ出てみます

(外から撮ったとこ)
門から出て左手

門から出て右手

隅に見えるのが、東北隅の櫓

庭園内に戻ると、ここでもツツジが咲いてました♪


ここは冠木門から見て左手の堀の突き当たり
当初の北門跡になります

解説板


外を見たとこ

解説板の図をアップ


その反対側が建物の手前にあった冠木門のとこになります


その手前には沼田丸の通路があったそうです(解説板)

こんなですが、今は繋がってなさそうでした


また外に出て、堀を歩いてるとこんなプレートが
甦る水100選

解説板

いや~、いろんな100選があるもんだと感心しちゃいました(  ̄▽ ̄)

府道211号線沿い

東北隅の櫓


細川ガラシャの解説


勝龍寺公園の解説


この後、近場の気になってたとこを散策(それは次の記事以降のものです)して、また戻ってきたのが沼田丸の駐車場の反対側から(笑)


そこを駐車場へ向かうと、トイレがあるのですがそこに解説板が


解説板

そこには北辺の堀と帯曲輪と書かれています
ちょうど場内の沼田丸への通路と書かれた反対辺りになるでしょうか⁉

沼田丸周辺にもツツジが咲いてました♪


こちらでゲットしたスタンプです

スゴく地味(笑)



これはスタンプラリーのスタンプになります


パンフ


その裏面の勝龍寺城のあゆみ


復元図




長岡京市では、毎年11月第2日曜日に長岡京ガラシャ祭が開催されます
ちょっとした時代祭のような行列もありますよ照れ

地味に城記事が長くなってしまいましたが、最後までお付き合い頂いた方ありがとうございました
次は余談になります
では、またぁ~(* ´ ▽ ` *)ノ