小説【十味十話】 第一話 肉まん
父はいつも私に肉まんを買ってくれた。
「みのりの顔の大きさよりも大きいねぇ~。」と。
上機嫌で肉まんをふーふーしてくれた。
ひとだかりの中華街を肩車して。
そんな父が亡くなってもう七回忌になる。
母はその当時、小さい弟に掛かりきりで
休みも無く働きづめだった。
何かというと
「あなたたちは気楽でいいわねぇ~。ご機嫌さんで。」
と、笑っていたのだ。
忙しいけれど、毎日が幸せだった。
幸せっていうことをよく判っていないときが一番幸せなのだろう。
小さく丸くなった母の背中に寂しさを感じるようになったのは
ここ最近だろうか。
まだまだ、老け込む年ではなかったけれど父が亡くなってから
こっちめっきり老け込んだ。
「なぁ、ねぇちゃん。彼氏はどうしたよ。」
「はぁ?あんたこそ、このあいだまで付き合ってた彼女は?」
「ああ、もうとっくですよ。別れて。」
「ずいぶんさっぱりしたもんねぇ・・・・。理想とかないんですか?」
「ない。」
「わはははは・・・・・。」
「あなたたちは気楽でいいわねぇ~。ご機嫌さんで。」
「出た。母さんの口癖。」
「あらそう?でもね、みのり・・・もう30歳になるんだから・・・。」
「はい、はい。判ってるって。いい歳ですから。」
彼氏がいないわけではない。
でも、結婚に踏み切れない自分がいる。
どうしても父の影から抜け出せない気がするのだ。
それを他人には言えないからあーだこーだと理屈を
つけては付き合いを破局にしてしまう。
今、付き合ってるのは健太。
花屋の店長だ。
朝が早く、夜は遅い。
すれ違う毎日。
日曜日やお盆、クリスマスやらは絶対に休めない。
父が好きだったマリーゴールドの花を買いに来て
一目惚れした。
偶然、会った飲み屋で飲み始める前に
いきなり「付き合いましょう。」と言ったら
「俺から言おうと思ってたのに。かっこ悪。」と
言って笑ってくれた。
満面の笑みがなんだか引っかかったが、
それが何かは酔いに任せて忘れてしまった。
「ねぇ?どうする?」
「どうするって何が?」
「母さんにいつ挨拶に行く?」
「いつって・・・・まだ、プロポーズしてませんよ。」
「じゃ、今してよ(笑)」
「ベッドの中で?まっぱなのに?(笑)」
「・・・・他人には言えないわね。すいません・・・・。」
「ちゃんと俺から言うから待っててよ。な?」
「うん。」
こんなことがもう何回か続いている。
あんまりはっきりしないならもう別れちゃうかなぁ・・・・・。
なんて思っていた。
「いけ~!そのまま~!!そう!そう!よし~!!!」
「やった~~!!!逃げ切り~!!!」
珍しく日曜休みが取れた健太と横浜に来た。
私たちは野毛の場外でモニターを見ながら叫んでいた。
競馬ブームが去って久しいが、ここは綺麗になった。
でも、野毛の横町は変わりない。
早くから開いている飲み屋と、モニターありますと書いた喫茶店。
父は幼い私を連れて良く来たのだった。
その場外に彼氏といる。
なんだかタイムトリップしたような不思議な気分だ。
あの頃の記憶が蘇ってくる。
でも、今はとにかく予想が当たって嬉しい。
「当たったぜ~!な?言ったろ。あの騎手はアメリカ帰りは
”斜行する癖がある”って。」
「大当たりだねぇ~。さすが!健太さまさま。偉い!!」
「で、どうする?晩飯?」
「う~ん・・・・ちょっと早いかなぁ。ま、いっか。中華街は?」
「いいねぇ~。日の高い内にビールで祝杯かぁ?」
「それいい!!そうしましょう。お供します~。」
「当たるときだけ調子いいのな(笑)」
お粥で有名な店を前にして路地に折れ、
小さいが料理は抜群ないつもの店に来た。
中華街の料理人達もここに来るらしい。
納得の美味さだ。
たっぷりと盛られた”モツ煮”が美味しい。
日本のとは違い、汁気がない。
それでもふかふかに煮含められたモツは
何とも言い難い味わいだ。
「ふわっ。うんめいなぁ・・・・。ここのモツには魔法が掛かってるな。」
「んんんん~。たまな~い。美味しい~。」
「ま、君たちはせいぜい雑誌やテレビに踊らされて並びたまえ(笑)」
「なにそれ~。ひどくない~?」
「あれあれ。」
と指さした方向にははす向かいにある有名店の行列が。
背を向けていたので気付かなかったのだが、
ずいぶん並んでいる。
昨日も情報番組に出ていたからだろう。
店主は天狗になって、最近は店にいない・・・・と聞いているが(笑)
すぐに飽きられてしまうんだろう。
可哀想に。
「いやぁ~、今日は気分がいいな。」
「そうですわねぇ~。うふふふ・・・・。」
「そういえばさ、ここみのりのお父さんと一緒に来たことあるんだろ?」
「そうそう。なんで知ってるの?」
「何回も聞いたよ~。いつもいつもその話です。」
「そうかなぁ~。そうだっけ?」
「そうです。でも、いいよなぁ。お父さんも天国で喜んでるよ・・・・。」
「そっかなぁ・・・・・。」
お腹いっぱいになって店を出た。
いつの間にか夜になっている。
きらきらした店の灯りが綺麗だ。
「何かお母さんに買っていくか?なんでもいいぞ。」
「そうねぇ~。江戸清のチャーシューかな。2号店の方が空いてるよ。
同じ店なんだけどなぁ。」
「そうかぁ。じゃ、そうするか。堅くならない?」
「オーブンで焼き直せば大丈夫。」
「そうだな。」
と、店に健太が走っていく。
大きな手提げを持って帰って来た。
「こっちは俺の分で、こっちがお母さんね。はい。」
「ああ、ありがとう~。母さん、喜ぶわぁ。」
「はい。これ。熱いよ。」
「ん?ああ~肉まんだぁ。」
「後で食べても良いよ。今食べる?」
「う~ん・・・・・・・。今、ちょっとだけ。」
「そうか?じゃ半分ずつね。ふーふー・・・・と。はい。」
・・・・私、この人と結婚しよう。
”ふーふー”ってしてくれた顔が亡くなった父にそっくりだ。
やばい。泣きそうだ。
「どうした?どうしたのよ?まだ、食べてないよ。どうしたの??」
「ご・・・ごめん・・・・・。なんかお父さんにそっくりだった・・・健太。」
「そうかぁ・・・・?」
と、おもむろに私を肩車した。
「きゃーーーーーーーっ!!!!!なにするのーーーーー!!!」
「みのり。聞こえるか。」
「危ないってばー!!聞こえるけどさー!!!」
「みのり、結婚しよう!」
「え・・・・・・・・・。」
と、私を足下まですとんと落として肩をぎゅうっと掴まれた。
真っ直ぐに私を見つめると、
「みのり、結婚しよう。いつまでも大事にするから。」
「・・・・はい。」
と、勢いで返事をしてしまった。
なんてことだろう。
肉まんで釣られたみたいじゃないか。
周りから”おめでとう!””わーっっ!!!”という歓声が聞こえる。
いつの間にか私たちの周りに人だかりが出来ていたのだ。
外国人観光客は慌てて写真を撮り始めている。
あの~、芸能人じゃないんですが・・・・。
正気に戻って恥ずかしくなってしまった。
でも、今言ってくれたよね。
”結婚しよう”って。わたし”はい”って、返事したよね?
そうなんだ。そういうことなんだ。
やっと自分たちのしたことの意味がうすぼんやりと判ってきた。
呆然としている私に
「もう一回、言おうか?」
と、健太が顔を覗き込んできた。
「ううん。判ったから。ありがとう。本当にありがとう。」
「よし。じゃ荷物は俺が持つから。」
と、食べかけの肉まんと手提げを健太が持った。
「これは私の(笑)」
「もう一回、ふーふーする?(笑)」
「して♪」
「ふーふー。はい。」
「じゃぁ、せっかくだからこのままパレードしますか。肉まん片手に(笑)」
「パレード?なんの?」
「俺たちの婚約祝い(笑)」
というやいなや、ひょいとまた肩車された。
「恥ずかしいよ~。やめてよ~。」
「いいじゃない。お父さんを越えられるかどうかは判らないけど、
こうして歩きたいの。」
「健太・・・・・。」
そのまま人混みをかき分けるように夜空に輝く
中華街を二人で”パレード”した。
恥ずかしかったが、誇らしげでもあった。
肉まんよ、ありがとう。
遠くの星空から父が満面の笑みで
「おめでとう」と言ってくれている気がした。
そうか。
健太に引っかかっていたのは父の笑顔にそっくりなんだ。
今、気がついた。
「あの~、肉まんで汚れた手を頭で拭かないでくれる?(笑)」
「結婚生活は試練の連続よ!我慢しなさい!!(笑)」
「よく言うよ。まったくなぁ・・・・。」
「はい!歩いて!!」
こうしてこの夜の私たちの記念すべき”パレード”が
盛況のうちに閉会した。
またこよう。
気持ちが沈んだらあの熱々の肉まんを食べて
今日の日を思いだそう。
月日が過ぎてどんな事があっても、健太といよう。
お父さん、ありがとう・・・・・。
【完】
父はいつも私に肉まんを買ってくれた。
「みのりの顔の大きさよりも大きいねぇ~。」と。
上機嫌で肉まんをふーふーしてくれた。
ひとだかりの中華街を肩車して。
そんな父が亡くなってもう七回忌になる。
母はその当時、小さい弟に掛かりきりで
休みも無く働きづめだった。
何かというと
「あなたたちは気楽でいいわねぇ~。ご機嫌さんで。」
と、笑っていたのだ。
忙しいけれど、毎日が幸せだった。
幸せっていうことをよく判っていないときが一番幸せなのだろう。
小さく丸くなった母の背中に寂しさを感じるようになったのは
ここ最近だろうか。
まだまだ、老け込む年ではなかったけれど父が亡くなってから
こっちめっきり老け込んだ。
「なぁ、ねぇちゃん。彼氏はどうしたよ。」
「はぁ?あんたこそ、このあいだまで付き合ってた彼女は?」
「ああ、もうとっくですよ。別れて。」
「ずいぶんさっぱりしたもんねぇ・・・・。理想とかないんですか?」
「ない。」
「わはははは・・・・・。」
「あなたたちは気楽でいいわねぇ~。ご機嫌さんで。」
「出た。母さんの口癖。」
「あらそう?でもね、みのり・・・もう30歳になるんだから・・・。」
「はい、はい。判ってるって。いい歳ですから。」
彼氏がいないわけではない。
でも、結婚に踏み切れない自分がいる。
どうしても父の影から抜け出せない気がするのだ。
それを他人には言えないからあーだこーだと理屈を
つけては付き合いを破局にしてしまう。
今、付き合ってるのは健太。
花屋の店長だ。
朝が早く、夜は遅い。
すれ違う毎日。
日曜日やお盆、クリスマスやらは絶対に休めない。
父が好きだったマリーゴールドの花を買いに来て
一目惚れした。
偶然、会った飲み屋で飲み始める前に
いきなり「付き合いましょう。」と言ったら
「俺から言おうと思ってたのに。かっこ悪。」と
言って笑ってくれた。
満面の笑みがなんだか引っかかったが、
それが何かは酔いに任せて忘れてしまった。
「ねぇ?どうする?」
「どうするって何が?」
「母さんにいつ挨拶に行く?」
「いつって・・・・まだ、プロポーズしてませんよ。」
「じゃ、今してよ(笑)」
「ベッドの中で?まっぱなのに?(笑)」
「・・・・他人には言えないわね。すいません・・・・。」
「ちゃんと俺から言うから待っててよ。な?」
「うん。」
こんなことがもう何回か続いている。
あんまりはっきりしないならもう別れちゃうかなぁ・・・・・。
なんて思っていた。
「いけ~!そのまま~!!そう!そう!よし~!!!」
「やった~~!!!逃げ切り~!!!」
珍しく日曜休みが取れた健太と横浜に来た。
私たちは野毛の場外でモニターを見ながら叫んでいた。
競馬ブームが去って久しいが、ここは綺麗になった。
でも、野毛の横町は変わりない。
早くから開いている飲み屋と、モニターありますと書いた喫茶店。
父は幼い私を連れて良く来たのだった。
その場外に彼氏といる。
なんだかタイムトリップしたような不思議な気分だ。
あの頃の記憶が蘇ってくる。
でも、今はとにかく予想が当たって嬉しい。
「当たったぜ~!な?言ったろ。あの騎手はアメリカ帰りは
”斜行する癖がある”って。」
「大当たりだねぇ~。さすが!健太さまさま。偉い!!」
「で、どうする?晩飯?」
「う~ん・・・・ちょっと早いかなぁ。ま、いっか。中華街は?」
「いいねぇ~。日の高い内にビールで祝杯かぁ?」
「それいい!!そうしましょう。お供します~。」
「当たるときだけ調子いいのな(笑)」
お粥で有名な店を前にして路地に折れ、
小さいが料理は抜群ないつもの店に来た。
中華街の料理人達もここに来るらしい。
納得の美味さだ。
たっぷりと盛られた”モツ煮”が美味しい。
日本のとは違い、汁気がない。
それでもふかふかに煮含められたモツは
何とも言い難い味わいだ。
「ふわっ。うんめいなぁ・・・・。ここのモツには魔法が掛かってるな。」
「んんんん~。たまな~い。美味しい~。」
「ま、君たちはせいぜい雑誌やテレビに踊らされて並びたまえ(笑)」
「なにそれ~。ひどくない~?」
「あれあれ。」
と指さした方向にははす向かいにある有名店の行列が。
背を向けていたので気付かなかったのだが、
ずいぶん並んでいる。
昨日も情報番組に出ていたからだろう。
店主は天狗になって、最近は店にいない・・・・と聞いているが(笑)
すぐに飽きられてしまうんだろう。
可哀想に。
「いやぁ~、今日は気分がいいな。」
「そうですわねぇ~。うふふふ・・・・。」
「そういえばさ、ここみのりのお父さんと一緒に来たことあるんだろ?」
「そうそう。なんで知ってるの?」
「何回も聞いたよ~。いつもいつもその話です。」
「そうかなぁ~。そうだっけ?」
「そうです。でも、いいよなぁ。お父さんも天国で喜んでるよ・・・・。」
「そっかなぁ・・・・・。」
お腹いっぱいになって店を出た。
いつの間にか夜になっている。
きらきらした店の灯りが綺麗だ。
「何かお母さんに買っていくか?なんでもいいぞ。」
「そうねぇ~。江戸清のチャーシューかな。2号店の方が空いてるよ。
同じ店なんだけどなぁ。」
「そうかぁ。じゃ、そうするか。堅くならない?」
「オーブンで焼き直せば大丈夫。」
「そうだな。」
と、店に健太が走っていく。
大きな手提げを持って帰って来た。
「こっちは俺の分で、こっちがお母さんね。はい。」
「ああ、ありがとう~。母さん、喜ぶわぁ。」
「はい。これ。熱いよ。」
「ん?ああ~肉まんだぁ。」
「後で食べても良いよ。今食べる?」
「う~ん・・・・・・・。今、ちょっとだけ。」
「そうか?じゃ半分ずつね。ふーふー・・・・と。はい。」
・・・・私、この人と結婚しよう。
”ふーふー”ってしてくれた顔が亡くなった父にそっくりだ。
やばい。泣きそうだ。
「どうした?どうしたのよ?まだ、食べてないよ。どうしたの??」
「ご・・・ごめん・・・・・。なんかお父さんにそっくりだった・・・健太。」
「そうかぁ・・・・?」
と、おもむろに私を肩車した。
「きゃーーーーーーーっ!!!!!なにするのーーーーー!!!」
「みのり。聞こえるか。」
「危ないってばー!!聞こえるけどさー!!!」
「みのり、結婚しよう!」
「え・・・・・・・・・。」
と、私を足下まですとんと落として肩をぎゅうっと掴まれた。
真っ直ぐに私を見つめると、
「みのり、結婚しよう。いつまでも大事にするから。」
「・・・・はい。」
と、勢いで返事をしてしまった。
なんてことだろう。
肉まんで釣られたみたいじゃないか。
周りから”おめでとう!””わーっっ!!!”という歓声が聞こえる。
いつの間にか私たちの周りに人だかりが出来ていたのだ。
外国人観光客は慌てて写真を撮り始めている。
あの~、芸能人じゃないんですが・・・・。
正気に戻って恥ずかしくなってしまった。
でも、今言ってくれたよね。
”結婚しよう”って。わたし”はい”って、返事したよね?
そうなんだ。そういうことなんだ。
やっと自分たちのしたことの意味がうすぼんやりと判ってきた。
呆然としている私に
「もう一回、言おうか?」
と、健太が顔を覗き込んできた。
「ううん。判ったから。ありがとう。本当にありがとう。」
「よし。じゃ荷物は俺が持つから。」
と、食べかけの肉まんと手提げを健太が持った。
「これは私の(笑)」
「もう一回、ふーふーする?(笑)」
「して♪」
「ふーふー。はい。」
「じゃぁ、せっかくだからこのままパレードしますか。肉まん片手に(笑)」
「パレード?なんの?」
「俺たちの婚約祝い(笑)」
というやいなや、ひょいとまた肩車された。
「恥ずかしいよ~。やめてよ~。」
「いいじゃない。お父さんを越えられるかどうかは判らないけど、
こうして歩きたいの。」
「健太・・・・・。」
そのまま人混みをかき分けるように夜空に輝く
中華街を二人で”パレード”した。
恥ずかしかったが、誇らしげでもあった。
肉まんよ、ありがとう。
遠くの星空から父が満面の笑みで
「おめでとう」と言ってくれている気がした。
そうか。
健太に引っかかっていたのは父の笑顔にそっくりなんだ。
今、気がついた。
「あの~、肉まんで汚れた手を頭で拭かないでくれる?(笑)」
「結婚生活は試練の連続よ!我慢しなさい!!(笑)」
「よく言うよ。まったくなぁ・・・・。」
「はい!歩いて!!」
こうしてこの夜の私たちの記念すべき”パレード”が
盛況のうちに閉会した。
またこよう。
気持ちが沈んだらあの熱々の肉まんを食べて
今日の日を思いだそう。
月日が過ぎてどんな事があっても、健太といよう。
お父さん、ありがとう・・・・・。
【完】