「こう来たか!」と思わず膝を打ってしまった「どうする家康」第12話「氏真」だった。
天守様の嫡男と、人質として連れてこられた子供という大きな違いはあれど、
幼いころから兄弟のように育った氏真と家康。
織田家で辛い日々を過ごした家康にしてみれば、家人の顔色を窺いとにかく嫌われないよう、不興を買わないように過ごすことが生きるための術だった。
だから、本当は武芸で氏真を打ち負かすこともできるけれど、決してそれはしない。
不興を買えば、むごい仕打ちを受ける可能性が高いから。
しかし、当の氏真にしてみればこれ以上ないほどの愚弄。
常に自分より出来ないように見えた弟は、実は虚像であった。
何とかしてやろうとあれこれ世話を焼いていたのに、
実はあれこれ「手加減されていた」という事実を知り、愕然とする。
誰よりも努力をしている氏真にしてみれば、辱めをうけたことになる。
プライドも大きく傷つく。
しかも、桶狭間の合戦において家康は兵糧入れという大役を担っているのに、自分は留守居役。
なんとか認めてもらおうと義元に直談判するも
「お前に将としての才はない」
と、きっぱり言われてしまう。
このショックのお気差は想像に難くない。
今まで自分が面倒を見ていた相手が、実は自分よりも何もかもが上だった。
その上、父親までもが自分よりも家康を重宝する。
しかし義元にすれば、その続きがちゃんとあったのだ。
誰よりも努力を惜しまぬ氏真を知っているからこそ、氏真には氏真の才があるのだ、と。
「己を鍛え上げる事を惜しまぬものは、いずれ必ず天賦の才あるものを凌ぐ。きっと、良い将になろう」
そして異なる才を秘めた家康と互いに手を取り合うことで今よりもっと良い世界を作ることが出来る。
氏真もまた絶対的に必要な人間なのだと…。
それを知るすべもない氏真は、義元よりも偉大に、家康よりも優秀になろうと、もがけばもがくほど周りが見えなくなって、所謂「闇堕ち」をしてしまう。
やがて家臣も離れていってしまうという袋小路状態
誤った方向に力を注いでしまった結果だ。
その現状を打破したのは、糸から聞いた義元の本心と、糸自身の氏真への言葉。
どちらかと言うと辛辣にされてきた糸なのに、しっかりと氏真を見つめてきていた。
だからこそ、義元の本心を氏真に伝えることが出来たし、糸の真心も氏真に伝わった。
家康の本心を聞けたことも大きかったであろう。
家康が悪いわけではないが、弓を引く結果になったこと確かで、死んで欲しくないと思っていることも本心。
「氏真をきちんと見てきた人々」の心に触れて、闇から掬い上げられた氏真。
血で血を洗う戦国時代に清らかな一筋の光をみた気持ちになった。
最後の最後に残った『今川義元の息子』という武将として立派でいなければならないという意地のようなものも、糸の
「そこから降りましょう。降りて、楽になりましょう。糸は、決まりをする貴方様が好きでございます。勇ましく戦う貴方様より、ずっとずっと好きでございます」
という言葉で流す事が出来た。
自分の器に戻った氏真は温和だった。
それを心から羨み、氏真のように生きたいと言う家康に
「それはならぬ。そなたは、まだ降りるな。そこで、まだまだ苦しめ」と伝える。
互いの『器』と『才』の違いを自覚しあったからこその言葉だろう。
将となりたかった氏真ではなく、平穏に生きたかった家康にこそ
『将の才』があるということを認めた氏真なりのエールにも聞こえた。
そして、氏真の言葉に、なにかを諦め、これから戦人として歩んでいく事覚悟したかのような家康の表情が心に響いた。
温かいけれど、とっても切ない回だった。
出演者全員が、本当に素晴らしい演技を見せてくれていて、とても楽しい。
今話で一番印象に残ったのは、やはり氏真役の溝畑淳平さんだ。
貴公子然としていた氏真が、自分の思う「天賦の才」がないと知り、
もがくあまりに疑心暗鬼に陥ってまさに「闇落ち」してしまう。
意地とプライドがごちゃまぜになった表情と目の演技が素晴らしかった。
最後は糸と家康の言葉で救われ、本来の自分を取り戻した時の柔和な表情には、
こちらまで温かい気持ちになれた。
しかし…氏真、ここからかなり長生きするんだよな(良いことだが)
江戸時代に入ってからは、かなり頻繁に家康のところに出入りをしたものだから
家康に距離をおかれてしまったなんていう記録もあるとか。
そんな晩年の氏真も、スピンオフで観てみたいなと思わせてくれた。