『パーンッ! ドンッ!』
 竹刀と踏み込みの音が道場に響き渡る。
 「ヤァアアアアッ!!!」
 真ん中で早見先輩と同級生の橋岡が試合をしている所だ。
 我が部では一か月に1,2回はこうやって練習試合をする。これによって今度行われる団体の大会のメンバーが選ばれる。そのためみんな必死で先生の前で強さを見せようとしていた。
 「―――なあ秀樹」
 すると隣に座っていたタカがおれに話しかけてきた。
 「……なんだ? おれは今真剣に試合を見ているのだが……」
 「だからその試合のことについて話そうとしてるんじゃあねえか。……それより橋岡のやつ、前より足さばきがきれいになったと思わないか?」
 確かに言われてみればそうだ。橋岡、いつもより動きスムーズなっている。
 ……タカはいつもふざけた態度をとっているが、こいつの観察眼は相当の物だ。部員の中でもトップだろう。
 まったく真面目に努力すればおれなんかより強くなれるものを……。
 「ふむ……まあ確かに橋岡の動きはよくなってるな……。だが、あいつの打突にはどうもキレがない。この勝負、早見先輩の勝ちだろう」
 そう言っていると橋岡が前に出ていった。そして面を打とうとした瞬間―――早見先輩の竹刀が引き寄せられるように橋岡の小手をとらえた。
 そのまま早見先輩は右に抜けていき、同時に審判の旗が三本ともあがった。
 「小手あり!」
 ……見事な出小手だ。さすが早見先輩、小手の速さなら部員一だ。
 「二本目!」
 そう審判が叫んだ瞬間、早見先輩が前に出てそのまま面を繰り出した。慌てた橋岡はガードをする暇もなく面を打ち込まれた。
 「面あり!」
 橋岡は悔しそうに顔をうつむけていた。
 ……早見先輩も意地が悪い。橋岡が急な攻めに弱いと知っていてやったのだから。……まあそれは橋岡が悪いのだが。
 「あらら、橋岡いい線いくと思ったんだがな。やっぱあいつは実戦に弱いな~」
 タカがおもしろそうに橋岡の姿を見ていた。
 「感心しないな、試合に負けたやつを笑うなんて」
 おれがそう言うとタカは急につまらなそうな顔をした。
 「はあ~秀樹は相変わらずお真面目だな。それより次はおまえだろ」
 「ああ、そうか」
 おれは慌てて面をつけ竹刀を持った。
 相手は吉田か……、おれと同じ直進タイプだ。しかもスタミナが凄まじい量で長期戦に持ち込んでも全力で打ち込んでくる。結構厄介なタイプだ。
 「さあ秀樹、どうするんだあ~?」
 タカはニコニコしながらおれに聞いてきた。
 「ふん、吉田は強いがおれの敵じゃない」
 「おお、また大きく出たなー」
 「一分でカタをつける」
 そう言い放ちおれはコートの中に入っていった。
 吉田とおれは蹲踞の体制でお互い睨みあっていた。後ろでタカが楽しげにおれの姿を見ているのが分かる。
 「始め!!」
 審判そう言った瞬間、おれらは立ち上がり打ちの体制に入った。
 『―――パーンッ!!』

 
 
 「―――じゃあーな!」
 帰り道、タカと別れると一人家まで自転車をこいでいった。
 ……今日の試合は中々のものだった。自分の中でもいい試合の部類に入る。これで今回も試合のメンバーに選ばれるだろう。
 「………」
 なぜだ……。なぜこんなにも心が虚しくなるんだ。
 
 ――――最近からおれは原因不明の悩みになやまされていた。
 
 部員の中で一番強くなり、試合のメンバーに選ばれた。学校でもクラスのやつらと仲良くしているし、学力にもさして問題はない。
 ……全て満たされているのに、なぜ、こんなにも心が虚しくなるんだ。
 
 ふと横を見るとそこにはきれいな夕焼けが広がっていた。
 この景色を見ながらおれを思った。自分にはまだ手に入れてないものがあると……。
 それを手に入れればこの心の虚しさを埋めることができるだろうか…・…。
 
 感傷に浸りながらおれはしばらくこの夕焼けを見つめていた。