父が検査から戻り、結果の診察までまた少しの時間がかかりました。


車いすに乗る父の顔色は血の気が引き、ぐったり。




またまた、何分待ったでしょうか?

かなり長く感じました。






しばらく待つと父が呼ばれました。





結論から言うと、、、



即入院。



入院の手続きを済ませ、一般の病棟に移りました。




ベッドに横になるものの、父の様子は悪くなるばかり。。。



こめかみを押さえしかめっ面の父。



看護婦さんが付きっ切りで、



「あなたのお名前は?」



「歳はいくつですか?」



「ここはどこだかわかりますか?」



「今日は何日ですか?」



最初の1時間ぐらいはきつそうながらもきちんと受け答えしていた父ですが、



同じ質問を言うと


だんだんとロレツが回らなくなり、ベッドの上で



痛み暴れ始めました。



目も焦点が定まらずうつろに。。。




あまりの状況に看護婦さんを呼び見ていただくと、当直の先生を呼んでくださいました。

その後、ただならぬ状況だと思い、近所に住んでいる兄に連絡を入れ病院に来てもらうことにしました。

ちょうど今日は年末なので兄も仕事が休みで急いで駆け付けてくれるとのことでした。





兄が病院に到着したぐらいでしょうか、




父は運搬用ベッド(名前知らない。。)に横になり、衣装を着替え病院奥にあるMRIへ入ることになりました。





看護婦さんから父が履いてきた靴を渡され、



簡易ベッドに横たわる真っ青な父を見守る家族、




みんなで父の手を握り、頑張るとよ!と声をかけて外にある椅子で待つことにしました。






なんだかただならぬ事になってきている状況に


待合室で待つ家族全員不安やショックやいろいろな感情で。。。




まったく言葉が出ませんでした。




どのくらい待ったでしょうか、




後から聞くとたったの10分ぐらいだったようですが、



とても長く感じました。


私と母に支えられながらやっと車を降りた父、




父の状況を見てとても歩いて裏の緊急入口まで行けそうではなかったので、




受付に行き車いすを借り、急いで父のもとに戻りました。




相変わらず真っ青でしかめっ面の父。







車いすに乗り、裏口から病院へ。




長いわけのわからないながらの問診票(?!)を書きました。


父は苦しそうでしゃべれる状況じゃなかったので、母と二人で問診票を書きました。




書いているとき思いました。




私たち二人とも父の飲んでいた薬、違う病院でかかっていた症状など何もしらない。


その時もそうでしたが、



私と母は後からもっと反省しました。




受付を済ませ、待合室に行くと



沢山の病気の方が待合室にごった返していました。




何分、何時間待ったでしょうか。




とにかく長い。。。



父は車いすに乗りながらも頭はぐったりと倒れひじ置きにもたれかかるほどでした。




長かった。。。






やっと父の名前が呼ばれました。




看護婦さんに車いすを押してもらい母が診察室についていくことになりました。




数分待ったでしょうか。



診察室から出てくると、母が、



「なんかね、先生に症状を伝えて、前の日に食べたものを言って、食中毒でしょうか?って言ったら、先生がね、、、、、、」







「いや~おかしい。。



いや~、



おかしい、わからん。



食中毒じゃない。



いや、おかしいよ。



わからん!!」



てしきりに首をかしげていたとのことでした。




今から思うと、この時先生が見てくださったおかげで父が生きている。。



この先生、この病院でなければ父は助からなかったかも。。。




と思うと、ぞっとします。




先生との出会いにとても感謝の気持ちでいっぱいです。