著者の久坂部羊自身、医師で小説家ですが、代々お医者さんの家のようで、本書の主人公である、父親も麻酔科医だったそうです。


ただ、非常にユニークな人で、3月31日生まれという学年最後の生まれのため、体力や学力に自信がなく、結果的に「先手必敗」で、無理して勝ちをとるようなことをしない価値観を小さいころから身に着けていたそうです。


また、旧制中学を卒業した時に戦時中だったため、「医学専門部」という軍医速成の医学部に入学したそうです。ちなみに、1942年に入学し、1年休学しても1947年卒業なので、実質4年で卒業したことになります。

なお、手塚治虫とは同期だそうです。(大阪帝国大学臨時付属医学専門部)


著者によると、父親は医者でありながら根っからの医療否定主義者。

30代で糖尿病と診断されながら、インシュリンを始めてもまんじゅうやケーキを食べ放題、コーヒーには必ず砂糖を3杯入れ、たばこも1日20本。

血糖値は測らず(測ると気にするようになるからだとか)、「自分の体調に合わせて」インシュリン注射の量を増減させるという身勝手ぶり。


そのせいで82歳の時に、左足の2番目と3番目が壊死しかかって真っ黒になったにもかかわらず、インシュリン量を自分で増やしているうちに血流が再開して自然治癒してしまったというのだから驚きます。

医学的な常識ではありえないことです。(好き放題の食生活で、82歳まで合併症が出なかったことも驚きですが)


「医者は症状が悪くなった患者ばっか研究しよるやろ。けど、ボクみたいに自然にようなった患者をもっと研究すべきや。そしたら、治療せんでも治る仕組みがわかるかも知れんやろ」

と、語ったそうですが、著者は医師として「この発想には意表を衝かれた」と本書で述べています。


著者の父親は、85歳で前立腺がんが発見されますが、もちろん積極的な治療はせず、そのうち脊椎の圧迫骨折から、ベッドでの生活が長くなり、そのうち感情失禁(感情のコントロールが利かなくなる)、認知症となり87歳で家族に看取られながら在宅で静かに息を引き取りました。


著者は在宅医療をやっている立場から、積極的な延命治療には反対で、父親のような自然体で寿命を終える生き方を前向きに肯定しています。

さらには、老いを直視しなくて済むから、と認知症になるのさえも悪くないという考え方です。


なろほど、一理ある考え方です。


ちなみに、死ぬ間際に見られる下顎呼吸は、見た目は苦しそうですが、本人にはもう意識がなく、(確認できていないが)苦痛を感じていないと思われるそうです。


「孤独死にもよい面がある」との立場さえ述べている本書は、なかなか面白い視点を提供してくれます。