湘南発シーブリーズに乗って
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ニッポン放送新株予約権付転換社債発行差し止めをめぐる一考察

ニッポン放送の新株予約権付転換社債の発行について、ライブドアが発行差し止めの仮処分を東京地裁に申請し、先日審尋が実施されたことは皆さんご承知の通りです。
ライブドア側の主張は、「当該社債発行は特定の株主を優遇し、ひいてはその特定株主(=フジテレビ)の経営権確保を意図したものであり、他の株主の利益を損なうものである」とするものです。それに対してニッポン放送側の主張は、経営権確保の目的を認めつつも、「フジ・サンケイグループに帰属し続けることがニッポン放送の企業価値を高めるものであり、株主利益にかなう」と主張しています。
両者の主張に沿って論点を非常に簡略化して述べると、「株主とは何か」「株主利益とは何か」の解釈をめぐる争いと言えるように思います。

今回の騒動を見ていて思うのは、ライブドア・堀江社長の行動が、きわめてマネーゲーム的であり、企業は社会の公器であるという視点がまったく感じられないことです。多くの人もその部分をうすうす感じ取っているから、堀江社長に対する風当たりが強いのではないかと思います。

直截な言い方をすれば、株主がその会社を支配してよい(あるいは「している」)という考え方は明らかに間違っています。
例えば、弱肉強食資本主義の巣窟である、かの米国企業でさえ最近のアニュアルレポートのPresident Messageの書き出しは、[Dear our customers, employees and share holders]で始まっています。すなわち株主の順位が劣後しているのです。
株を保有している者が、会社を自由にできるという考え方は、アメリカのビジネススクール(という机上の空論を得意とする学校)独特の珍妙な論理です。
そのような皮相的な論理をそのまま信じ込むのは、余程考えが浅いかナイーブ(幼稚)な人物しかいないでしょう。(それが証拠に、もし真っ当な経済学者や経営学者の著書でそのようなことを書いている本があったらぜひ見せていただきたい)
ラブドア・堀江社長は、この浅はかな教えを素直に信じ込んでいるかわいそうな人なのです。
一部には、日本の企業文化の挑戦者、変革者であるかのように論評する人がいますが、果たしてそうでしょうか? どうもそのような爽快さが感じられないと思うのですが・・・。
ありていに言って、堀江貴文なる人物の立ち居振る舞いは、企業人というよりはまさに虚業家のそれであり、大変胡散臭い。
かつて横井英樹という虚業家がお金をケチってホテルの客室の間仕切りをベニヤ板で仕上げたあげく、火災で多くの犠牲者を出したのは(ホテル・ニュージャパンの火災)、なお人々の記憶に残っているところです。(横井秀樹は白木屋乗っ取りの頃から悪名を馳せていましたが)
またITバブルの頃は、光通信という会社の社長もメディアをにぎわせました。
虚業家が時代の寵児として衆愚にもてはやされることは、いつの時も繰り返されるようです。
東京地裁には、仮処分取り消しの申請を却下する冷静な判断をしてもらいたいと思います

日経新聞は信用できるか(2)

前回は、東谷氏の著書にからめて日本経済新聞の編集姿勢(方針ではなくて)ないし編集思想に関する部分を手短に述べました。
ところで今回は、もう少し踏み込んで「本当に日本経済新聞を読む必要があるかどうか」について考えてみたいと思います。
結論を先回りして言うならば、「必要はない」と断言して良いと思います。いや、むしろ読まないことをお勧めしたい。
最大の理由は極め単純で、「必要な理由が見当たらない」からです。
あなたが必要とする情報で、日本経済新聞で「しか」入手できないものが果たしでどれだけあるのか、よくよく検証していただければお分かりになると思います。
「日経を読んでないとビジネス・シーンで、そんなことも知らないのか?と思われる」と考える人もいるかも知れませんが、それは完全に「脅迫観念」に過ぎません。ビジネスに絡むビッグ・イッシューは、テレビニュースや他紙の経済面でも扱っています。誰もが読む日経を読まないことを畏れるより、むしろ別のニュースソースから視点の異なった情報を入手するほうがよっぽどましなのです。インターネットの共同通信やロイターのHPからの情報のほうがずっと役に立つことがあるということに気づくべきです。
日本経済新聞の最大の罪悪は、経済分野における一般認識の形成の源泉(しかも時として非常に間違ったドライブのかかった)が、同紙の集中的な記事の掲載から出される事例が大変多いように思います。一例を挙げれば日本のデフレが「中国発デフレ」である、などといった経済理論的に明らかに間違った認識の流布も、日本経済新聞のいい加減な記事から始まっています。(理論的に間違っている理由は、また別のときに書きます)
この例で留意していただきたいことは、日本経済新聞が書いていることが必ずしも経済理論的に正しいとは言えないという事です。日経の記者であっても経済学の専門家ではないし、編集デスクも当然ながら理論的なチェックをしている訳ではない。ただ、ビジネスに関する表面的な事象を小ざかしくなぞっているに過ぎないのです。したがって、日経の記事(の解説部分)を絶対鵜呑みにしてはいけません。よくよく疑ってかかるべきです。
それにしても、またぞろ日本経済新聞朝刊に「愛の流刑地」とか言う渡辺淳一のエロ小説が連載されていますね。全世界広しと雖も経済専門紙を自称している新聞で、朝っぱらからエロ小説を恥もなく載っけている新聞は、日本経済新聞だけじゃないでしょうか?
これで本当に真っ当な経済新聞と言えるんでしょうかね?
(日経に関する書き込みは、とりあえず今回で終了です)

日経新聞は信用できるか?(1)

東谷 暁(ひがしたに さとし)著「日本経済新聞は信用できるか」(PHP研究所・1,400円)を読みました。
同氏は文春新書「エコノミストは信用できるか」も出していますが、評論のための分析手法はどちら同じ。
「日本経済新聞は・・・」においても社説を中心にして日本経済新聞の思想の一貫性や変遷を時系列的に批判的検証を行う内容となっています。
本書において著者はさまざまな事例(社説・記事)を持ち出して、日本経済新聞の意見がいかに変転極まりないものであるか、あるいは見通しのないものであるかを論証して見せています。日本経済新聞社の社説・記事がどれだけ信用ならないものであるかを、いやというほど例示してくれています。
しかしながら、時流を先取りする、あるいは掠め取ることを生業(なりわい)とするマスコミとしては、意見が時々によりクルクル変わってしまうのは、いわば彼らの性(さが)のようなものであって、ひとり日本経済新聞だけを批判するのは酷に過ぎるようにも思います。日本経済新聞を俎上にあげるのであれば、それに対して「朝日新聞はどうであったか」、「読売新聞は?」といった比較があってしかるべきで、その比較が1例(日本版401Kの普及に関する記事)のみであるのは、いかにも片手落ちであるとの感は否めません。
とはいえ、それ以外の日本経済新聞のDNAにもあたるような基本的な編集姿勢にあたる部分の著者の指摘は極めて正鵠を得ており、首肯できるものです。
すなわち、大きく分けて以下の2点;
(1) 消費者のためが日本のためになる
(2) 「アメリカ的なるもの」を異常にありがたがる
個人的にはこれらに加えて
(3) 最大の情報源にして最大顧客(購読者)である大企業・経済界べったりである
を付け加えたい。
友人に朝日新聞の記者がいますが、彼によると日経の記者は会社に取材に行くと、帰り際に社長がエレベータホールまで見送ることを当然と思っているようです。一般的に大手新聞記者には大柄な人種が多いのですが、社長に見送りをさせる新聞社は日本経済新聞をおいてほかにはないでしょう。
(次回に続きます)

結婚できない男たち;同一労働には同一賃金を

最近の経済週刊誌に「結婚できない男たち」の特集記事がありました。
深刻なのはフリーターや派遣社員の男性で、正規社員と年収で100万円以上の格差があり、それによって女性から結婚の対象と見なされない状況になっているとのことでした。
最近は雇用の流動化として、あらゆる職場でアルバイト・パート・派遣社員など、短期雇用形態で働く人々が多く見られます。
そして、その人たちの時間あたり給与は正規社員より一般的に定額であり、また立場としても正規社員から一段低く見られていることも確かな事実です。
しかしながら、雇用形態が違うというだけで給与に較差を設けることは比重におかしな論理です。
同じ労働をしていれば同じ賃金であるべきです。
労務費流動化と賃金格差の設定とは次元の異なる話です。
雇用形態の違いだけで賃金格差があるとすれば、マクロ的に見た場合に所得税等の税収の落ち込みや社会保険料の徴収漏れ等に波及し結局経済全般に悪影響を及ぼすことになります。
この問題に気づいているひとは既に大勢いると思いますが、問題指摘の声がもっともっと大きくなることを期待します。

どこでもライブドアですかい、堀江さん

ライブドアの堀江さんがまたまたお騒がせをやってくれましたね。
「キ○ガイに刃物」つーか、非常識人に無駄ガネとはこのこと。
本人はビジネスのつもりかもしれないが、どう考えてもフツーじゃない。
700億円のCBを発行し、それで株式を一気に買い占める。その上で、「事業提携しましょう」ですか?
堀江さんが逆の立場なら「喜んでぇ~!」と返事できますか?
ビジネスにはビジネスの「マナー」があるのであって、堀江さんの行動はどう見ても奇人変人のそれでしかない。
CBの発行引き受けをした外資系証券会社も証券会社です。
利益が全てに優先するようなビジネスが大手を振るようになったら、先人達の資本主義に対する反省が活かされていないということですね。

定率減税見直しだって?ふざけるんじゃない!

今日は寒波が来ると聞いていましたが、比較的暖かなので息子と一緒にエノスイ(新江ノ島水族館)前の西浜海岸へ行って、凧揚げとフリスビーで遊んだあとに、年間パスポートでエノスイに立ち寄って、ソフトクリームを食べて帰宅。
新江ノ島水族館は、今日もそこそこお客さんが入っていて盛況でした。

それはそうと、本題のです。
最近発表された経済指標はどれも景気が翳り始めている状況を示し始めています。
失業率は4.4%ですが、失業率は経済指標としては遅行的な傾向をもつのでこれからは悪くなるかも知れません。
定率減税見直しを答申した石とかいう一橋大学教授は、一部からは「タリバン並みの原理主義者」と呼ばれている単なる財政バカに過ぎず、財政再建のためなら景気が悪化してもいいぐらいに思っているに違いない御仁です。
「健康のためなら死んでもいい」という笑い話がありますが、まさにそれに近いものがあります。

僕が定率減税見直しに反対する理由は、次のとおりです。

1.定率減税はそもそも恒久減税という約束で導入された経緯があり、それの見直しを持ち出すとは、そもそも国民を馬鹿にしている。
2.景気の腰折れあるいは悪化を犠牲にしてまで、財政再建を急ぐ理由が見当たらない。
3.定率減税を廃止したとしても、税収増はたかだか3兆円程度(一般会計予算は約80兆円)であり、財政再建に対する効果が低い割には、国民の消費を冷え込ませるインパクトは大きく、その犠牲となる対価は見しし得ないほど大きい。
4.そもそも税収の落ち込みの原因は景気の悪化なのであるから、その根本原因を解決しようとしないばかりか、むしろよくなりつつ景気を冷え込ませようとする減税廃止は政策順序として逆である。
5.また国債は国にとっての借金ではあるが、国債の保有者である国民にとっては債券であり、国全体としてみた場合問題にはならない。
6.国債の表面金利がGDP成長率以下の場合、国債の発行段高は累積しない。(ドーマーの国債定理)いまは、景気が回復しつつあって、GDO成長率>長期国債表面金利となっている。

このような状況の中で、財務省や石某などのバカが財政の危機感をあおるような言動をし、マスコミも一緒になって騒いでいるのは、まったく狂っているとしか思えないのであります。

自己紹介

今日からプログをはじめる、湘南あしべです。
すんでいるところは藤沢の片瀬海岸のそば。
年齢は40代後半のおやじです。でも気分的には20代なんだけどな~。
大学を卒業して、横浜の公立大学の修士課程を修了し、外資系銀行等に勤務しいまは財閥系化学メーカーのコンプライアンス部門にいます。
経済関係の話題に興味があるので、その辺のことについていろいろ書いてみたいと思っています。
今後ともどうかよろしくお願いします。