先日、かねてからの念願だった「月下の一群」シリーズの作曲家、

南弘明先生にお会いすることが出来ました。

「月下の一群・第1集」

「月下の一群・第2集」

「月下の一群・第3集」

これら全ての曲集をこよなく愛する身としては実際に先生にお会いして

感謝感激雨あられ(←死語)、色々貴重なお話を沢山伺うことが出来ました。

本当なら事前に訊きたい事をメモしておけば良かったのですが、当日は

色々と時間的余裕も無く、とりとめもなく頭に浮かんだことを色々質問させて

頂きました。実際に楽譜を手にとっての解説も優しくして頂き、本当に

貴重な時間を過ごすことが出来ました。

この場をお借りしてセッティングして下さったT先輩には厚く感謝致します。

 

さて当日直接先生から聞けた事を後世のためにも?箇条書きにして

残しておこうと思います。

 

・月下の一群全15曲のうちで先生が一番のお気に入りは「秋の歌」。

・月下の一群の曲作りは18世紀頃のイタリア辺りのルネッサンス文化への

 意識がある。

・作曲家を志したきっかけは元々電気屋で真空管ラジオなどを自作していて

 そこで聴いたクラシックの交響曲(シューベルトの”未完成”やベルリオーズの

 ”幻想交響曲”など)のかっこよさに憧れたから。13~14才の頃だと仰って

  ました。

・若い頃の好きな作曲家はヨハンシュトラウス2世。ウィンナーワルツが好きで

 その原点が月下の一群の3拍子のワルツ曲群にも表れてる。

 (3拍子が好きなんです、と仰ってました)

・1集から2集・3集とかけてピアノ伴奏が複雑化していったのは曲作りにどんどん

 深みを求めていった結果。合唱パートでは表現できない部分をピアノパートに

 求めた。

・1集が若さ、2・3集がアダルト志向の曲作りになった。

・作曲は基本全て「頭の中で行う」とのこと。例えばピアノに向かって弾いてみて

 そこで出てきた音で曲作りをするのではなく、ゼロから頭の中で作り出す。

 (ここはさすが真のプロの作曲家!ですね)

・ピアノに対してはプロの作曲家を目指した時期が遅かったせいもありやや

 コンプレックスがある・・・とのことです。それでも「2集・3集のピアノ伴奏は

 難しいですよね?」とお訊きしたら、あの位は私でも弾けた、と仰ってました。

・第1集で一番作曲に苦労されたのは「海よ」。 詩が長いから、だそうです。

 海よは転調が多い曲ですが本来転調させるのはあまり好きではない、

 とのことです。

・月下の一群シリーズ全15曲を作曲するにあたってボツになった曲はないのか?

 →無いとのことです。

・「人の云うことを信じるな」は交響曲における「スケルツォ」的な位置づけの曲。

・アカペラで主旋律をまかせるのは基本的にはトップパート。

 先生曰く、主旋律を任せるならやはりトップでしょう!とのことです。

・既に出版譜のまえがきにも書かれてますが堀口大学先生の「月下の一群」の

 訳詩集は素晴らしいと言われてました。情報量の少ないあの時代にあれだけの

 名訳をされたのは凄い、今の時代(簡単に自動翻訳ができたりする)では

 もうあんなものは生まれないでしょう、とも仰ってました。

・現在山口県の島に住んでおられますが現在は普段の生活の中で作曲活動は

 されてない・・・、とのことです。

 

あと月下の一群ではありませんが大学時代に無伴奏合唱曲「蛙の歌」を作曲

された際、当時東京の大久保に住んでおられた草野心平先生のご自宅に

おしかけて初演の了解を得に行った、なんてエピソードもお聞きできました。

↓なお、画像は当日頂いた先生の貴重なサインです。

(月下の一群の1集と2集の出版譜に挟まれて。3集の楽譜が出版されなかったのは

 先生も惜しいと仰ってました。)