大鼓を、稽古してかれこれ19年。
まったく上達しないけど、本人は自己陶酔で謡曲の世界觀に浸り、楽しく稽古できていると思う。
ここのところは、修羅物、木曽義仲の四天王シリーズを稽古してもらっている。
前回は巴、そして現在は兼平。
巴御前と今井の兼平、樋口兼光は兄弟で、木曽義仲の乳母子として共に育ったとか。
どちらの曲も、主従の別れと合戦のシーンが描かれているが、趣がまったく違う。
今回は、巴の話を少し。
巴は、美しい一騎当千の女武者で、木曽義仲のお妾さんとも、側室とも。
義仲が深手を負い敵方に追い詰められた時、共に自害しましょうと迫ると、義仲はお守りと、小袖を懐から出して、これを木曽に届けろ、女だからこの小袖を着て落ち伸びろ、とを命じます。
命に背けば主従三世の契りは絶える、と。
巴は、泣く泣く義仲の元を離れますが、向かう側から敵の軍勢、相手方は巴だ女武者だ捕らえろと切りかかってきます。
巴は逆にもう叶わないと思っていた嬉しい合戦。
十分敵方を引きつけて薙刀を四方を払ふ八方払。一所に当る木の葉返し。
嵐も落つるや花の瀧波{たきなみ}枕をたゝんで戦ひければ。皆一方に。切り立てられて跡も遥{はるか}に見えざりけり。
敵は巴に恐れをなして引いていきます。
振り返れば義仲は自害してはて、約束通り、お守りを預かり、白装束に着替えて、落ちていきます。
巴御前は生き延びて、義仲の菩提を弔うために尼になったとか、源頼朝に鎌倉まで呼ばれ、和田義盛の妻になったとか。
義仲は、荒くれの田舎武者で酷いことを都でしでかした、法性寺を焼き討ちし、高僧たちをたくさん殺した、として追捕されますが、そもそも義仲を招聘したのは平家が邪魔になった後白河法皇。
巴は、主君は恥ずかしいことなど微塵もない、立派な方だった、と謡曲の中では旅の僧に話します。
魑魅魍魎とも手を組むような、臈たけた殿上人に、政争の具としてまんまと利用されたように感じられます。
義経然り。
正直でまっすぐな武人は、本当に非業の死を遂げ、だからこそより一層その悲哀さが物語として光を帯びるわけですね。
瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず。
現代で起こるニュースに触れつつ、平家物語の内容に応じて、大鼓の調子に合わせて見聞する。
これが、専らお気に入りの、浮世の過ごし方です。