立川談笑さんの「芝浜」です!


古典の人情噺を談笑さんらしくアレンジ。


僕の好きな「芝浜」のひとつ♪





朝。魚屋の勝五郎を女房が起こす。


「仕事行ってよ」「ヤだ」「何で商い行かないの?」


「俺の親方が死んでから、仲間内で色々あってな、面白くねぇんだよ。いい魚も廻してもらえないし」


「それはアンタが毎日行かないでしょ! アンタの酒はイヤなことを忘れるお酒。ね、仕事いこ」


「じゃあ明日から行くからお酒飲ませて」


「わかった、じゃあもう知らない! このまま死のう!」


「おい…泣くなよ…わかったわかった、仕事行くよ。俺、オメェに泣かれると弱いんだよ。仕事、行く」


「…信じていいのかな」



見送られて河岸へ出掛ける。


「うわっ、寒い! …今日ばかりはマジで怒ってたな…。でも、アイツは偉いな、俺が『酒持って来い!』って言うと、どっからか必ず持ってくる。出来た女だよ。真面目に働こっと」


だが、早すぎて河岸が開いてない。浜へ出て深呼吸し、海を見る。


「日が昇ってきやがった。懐かしいな」 


海水でウガイして朝日に向かって柏手を打つ。


「お天道さん、ご無沙汰してました。勝五郎、帰ってまいりました。オヤジが言ってたな、『魚屋ってのは、海から獲れるもので食ってる。海で獲れる一番大きなものは、あのお天道様だ』って……」 


一服した勝五郎、「カミさん泣かせちゃいけねぇや、働こ」と言いつつ、ふと見ると波間に革の財布が。


「重いな…幾ら入ってるかな……ん!?」



慌てて家に帰る。


「おっかあ、開けろ! 開けろ!」


「何で帰ってきちゃったの? 商いに行って…」


「いいんだ、何か言うな! これ見てから言え、これでも俺が働きに行ったほうがいいかどうか」


「何この汚い財布」「開けてみろ!」 


財布の中には大金が。数えてみると四十両。


「誰のもの?」


「俺のもんだよ、海で獲れたもんだから俺のだよ」


「そうね、古いし」


「これでも俺、働きに行ったほうがいいかな?」


「ううん! 行かなくていい!」


「これでオメェにも楽させてやれるよ。新しい着物もあつらえてやる。うめぇモン食おう」


「あたし、お金持ちのオカミさんとか言われちゃうのかな!」


「おい、酒だ! 肴は要らねぇ。金眺めながら飲もうじゃねーか」



飲めや歌えのドンチャン騒ぎの果てに酔っ払って寝込んだ勝五郎。


翌朝、女房が亭主を起こす。


「商いに行ってよ」 


寝ぼけ眼をこすって


「…おめぇ何言ってるんだ?」と魚勝。


「お金が無いから働いてよ」


「ん? ああそう、はいはい、ありがと。朝起きて、眠いなーって思って、ああそうだ働きに行かなくていいんだっていう満足感を与えてくれるために起こしてくれたは嬉しいよ。でも俺、ホントに眠いんだ。おやすみ」


「お金が無いのよ」


「面白いよ、わかった、寝る」


「無いんだよお金が! 飢え死にしちゃうよ!」


「ゆうべ拾ったのがあるだろ」


「何それ?」



「いい加減にしろよ! 昨日拾ってきた四十両があるだろ!」


「拾ってきた? ああそう、じゃあ出してよ。家捜しでも何でもして、出してみやがれ! あんなに飲み食いしてドンチャン騒ぎして…バカ!」


「オメェ、どこまで嘘つきゃ気が済むんだよ」


「……(黙って泣く)」


「泣いてたってしょうがねーだろ」


「……情けない……そんな夢見るんだ」


「夢? だって俺は浜へ」


「行ってないじゃないか! 昼過ぎまで寝てて、やっと起きたと思ったらアハハ、アハハ…酒買って来いって…あたし、あちこち借金して頭下げて…情けない夢見るよね…」


「違うよ、俺は拾ったんだよ!」


「ねえ! あたし、これまで嘘ついたことある? ……あたしのこと、信じてもらえないってことだよね? だったらいいよ、二人で一緒に死のう。このまま一緒に死のう」


「いや絶対夢じゃねぇよ…オメェが嘘つくとは思ってねーけど」


「……」


「飲み食いしたのがホントで拾ったのが夢?」


「知らない!」


「夢…?」


「いいよもう!(泣)」


「わかった…働くよ。オメェを泣かせてすまねぇ。…すまねぇな、こんなクソヤロー亭主に持って、オメェ苦労してるな、泣かせてすまねぇな…借金させてすまねぇ…。働くよ! 酒も飲まないで働く!」


「……信じていいのかな」


「俺が嘘ついたことあるか?」


「……無い」


「じゃあ今から…あ、でも飯台が」


「大丈夫」


「庖丁」


「ピカピカ」


「草鞋は」


「出てます」


「……夢かなァ……」



ここから魚勝、死に物狂いで働き始めた。元々魚を見る目があるうえに、客あしらいが上手くて世辞もいい。腕もあるが、商売の才覚もある。


どんどん繁盛し、三年後の大晦日。


今では表通りに店を構えている。


「ただいま」


「上総屋の件どうなった?」


「決まったよ」


「じゃあ、年が明けたら河岸の中に」


「店が持てるんだ、仲卸しだよ」


「凄いね!」


「オメェのおかげだよ。百両あれば河岸の中に大きな店が持てるって言われた時に、オメェが『はいよ』って右から左に百両出してきたからな。スゲェな、オメェのやり繰り上手は」


「稼ぎ男があればこそだよ」



「いい匂いだな…そうか、畳替えたんだ、いいねぇ、女房と畳は…あ、いやまあ」


「ふふ」


「……除夜の鐘だ。こんなもんなんだな、世の中の年の暮れって。これまでは毎年、掛取りや借金取りが来て…前の前の裏長屋にいたときなんざ、掛取り追い返してくれる人に頼んだり…掛取り追い返してくれる人の中でも、あの市馬さんって人が一番うまかった。どうしてあの人、歌うんだろ」(笑)



「さてと」


と言いながら立ち上がって何かを探す様子の勝五郎。


女房が「あの、あたし、折り入って話が」と言うのを制し、「いや、俺も話が…ちょっと待ってくれ……」と言って勝五郎が出したのは汚い革の財布。


それを見て泣く女房。


「私が嘘をついてました、ごめんなさい」


「いや、怒ってないよ。手ェ上げてくれ。いいから、聞かせてくれよ。俺これ知ってたよ。…泣かねぇでくれ、ホントに怒ってないから」


意外な展開だ。



「知ってたよ、オマエ、嘘ついて辛かったよな? 探してたよ…夢かどうかぐらいわかるよ。でも、俺も夢のつもりで生きていこうと思ったんだよ。一生懸命働いて…でも、オメェが居ないときには『さあっ!』ってんで家捜しだ。ずっと見つからなかった。おかしいと思ってたんだ。だけど一年ぐらい経ったら、あの糠味噌の脇のところにあった。


『ヤロー、やっぱり夢じゃない!』ってカッとして……いや、そんときだよ、今は怒ってない。


ただ、そんときは、見つけた金持って、酒屋へ走ったんだ。飲めるだけ飲んでやろうと思ってな」


「走った……寒いんだよ。寒かった……それでオメェのこと思い出した。オメェ、いつも俺に酒持って来いって言われて、どんだけ寒かったか、どんだけ辛かったか…。


そんな思いして、ウチ帰ると飲んだくれがいるんだって…それ想って、オメェがかわいそうで、辛くって…。酒屋まで行けなかったよ。……でも、どうやった隠したんだ? それまで一年」



告白する女房。


「あのとき、店賃が三つたまってたから、すぐ大家さんのところへ持っていったの。そうしたら、いっぺんに三つも払えるなんてどうしたんだって言うから、拾ったって…そうしたら冗談じゃない、届けなきゃダメだって…奉行所へ…」


「あっ! そうか! それで一年後に下げ渡されて…奉行所かぁ…奉行所ねぇ、探さなかったなあ…」


と言いながら、勝五郎は一升瓶から酒を注いで飲み始めた。


「ん? 酒? はは、隠し事はお互いじゃねぇか。それにしてもオメェ、隠しごと下手だよな。引っ越すとき『大事なもの』って書いた箱の中にこの財布入れてたよな」(笑)



「俺、いつも『おっかあ、すまねぇ』って言ってただろ? あれ、ハナのほうの『すまねぇ』と、後のほうの『すまねぇ』は、ずいぶん違うんだ。俺、この財布見つけたってオメェに言おうと思ったんだけど、言えなくて…。


あるとき、気づいたんだよ。朝、いつものように出かけて、忘れ物したんで後ろ振り返ったら、オメェが俺の背中に手を合わせて拝んでたんだ。あれ毎日やってるんだって思って…」


涙ぐむ勝五郎。


「オメェは何も悪くないのに、『オマエさんゴメンね』って泣いてるんだ。


正直者のオメェが嘘をついたまんま、どれだけ辛かったか……。


早くオメェに『知ってるよ』って言ってやりたかった……気がついてること言ってなくて、すまねぇ! 


今までありがとうな。こんな暮らしが出来るのもオメェのおかげだ」


「ううん、オマエさんのおかげだよ」 「これからも…」「これからもヨロシクね」



「メソメソした暮れだな、ははは」


「ねえ、お酒飲んじゃおうか」


「え? だって…」


「飲んでるの、お酢でしょ? さっきからアナタの吐く息が酸っぱい。優しいわね、本当に……」


「そうか…でも、本当に酒飲んでいいのかな」


「大丈夫、あの頃のお酒は逃げるお酒、でも今は違う。今のあなたなら大丈夫」


「わかった! 飲むなら一緒にやろう」


「ダメよ」


「一杯だよ、オメェもいけるクチたろ?」


「ダメ!  ダメなわけがここにあるの」とお腹をさすって「今、三月(みつき)なの」



「よし、じゃあ飲もう」と嬉しそうに酒を口許に持っていく。


「嬉しい年越しだ! 大好きな酒、大好きなオメェと一緒にいただくよ!」


と言いつつ、一瞬ためらい、


「よそう、また夢になるといけねぇ…なんてな!(ゴクゴクゴク…っと飲み干す)」


「おまえさん、飲んじゃったね!」


「ここは飲みてぇじゃねーか!」



飲みながら、革財布を手に取る。


「ずっと知ってたけど、手はつけてない。金はそのまんまだ。中、見てみろよ、ホラ」


と言って財布を開けると……


「えっ! 石コロかよ、おい! これ、どういう…?」


「だって私、繰り女よ。稼ぎ男に繰り女って言うでしょ? その中に四十両入ってたほうがいいなら入れてあげるよ。百両でも、いくらでも入るよ」


と笑う女房。


「そーか! オメェ、やっぱり俺より一枚上手だな。面白ぇもんだ! ハハハッ!」


「ねぇ、おまえさん、これ拾ったこと、もう一度夢にしない?」


「ああ、いい夢かもしれない」