海浜公園へ遠出をする少し前、私たちが引越し
をする直前に、私は夫の財布から、1枚のレシート
を見つけていた。


店の終了後に、居酒屋系ファミレスで
焼き鳥やら日本酒やらを飲み食いした
内容のものだった。


ファミレスのレシートは、人数と時間が記載
されているために非常に状況が掴みやすい。
これで性別があれば言う事はないのだが。(笑)


2名、と記されたレシート。


だが、それは翌朝には、夫の財布の中から
消えていたのだった。


そして、海浜公園へ行った週の土曜日、今度は
海浜公園とは間逆の、本当の海のある地域へ
閉店後に向かったのである。



途中で検索不可になってしまったので、その後の
行動は不明だが、早朝、車に入ってみると、中は
まだ生暖かく、カップホルダーには、缶コーヒーが
二つ仲良く並んでいた。

やはり、帰宅は明け方だったのだろう。


途中でファミレスに入るわけでもない。ただの
ドライブをするためだけに?

相手は?どっちなんだ?(笑)


ヒツウチの主と韓国女性と。それとも、
また別な存在が?


これだけ追いかけながら、明確に掴むことが
できない状態のままであった。


そして、翌日曜日の閉店後は、今度は山の方向。
深夜の遊園地付近である。(笑)


意味が分からない。

ただの深夜ドライブってわけなのか?



しかし、ここで私はある事に気付く。


今までは、定休日に「掃除だ」と称して、店へ9時間
も10時間も滞在する(笑)というパターンだったのだ。
それが、土日の閉店後にかなりの遠出、という新たな
パターンに変わってきているのだ。



私は、最近使っていなかった録音機を、車に取り付け
よう、という事を思い立った。


ただ、問題は、その時間である。



途中で止めも何もしなければ17時間録音はできても、
普通に再生するためには8時間が限界なのだ。


閉店後から家に帰るまでを聞くとなると、午前3時
から逆算して、午後7時以降でなければ、スイッチを
入れられない。



開店が5時。店のすぐ隣が駐車場になっていて、
買い物したものをそのまま車のトランクに入れて
おく事も多いから、店が開店したあとも、いつ車に
夫がやってくるかわからない。


そんな状況でありながらも、私は、もうこれしかない、
そんな背水の陣で、取り付けを決行した。


別居して半年位までの異性関係は、まだ充分、「不貞」
として認められる。とにかく証拠を掴めば、裁判に有利
な事は間違いない、やるなら今のうちなのだ。



ペンライトとガムテープ。見つかりにくいように、
黒のジャケットと黒のパンツに帽子。
昼間、この格好を見たら、逆に怪しまれたに違いない。(笑)


幸い、11月の6時は真っ暗である。
それが私の気持ちを少し楽にしてくれた。


駅のホームのベンチで最終チェックをいつも行った。
かつて、トイレで、カツラを装着した、その駅である。(笑)


車の中に置いておいて、何かの拍子に落ちてしま
ったりせず、夫に見つからず、且つ、中の音が聞き
取れる場所。


最初は常時積んであった、折り畳みのショッピング
バッグに入れておいたが、夫が何かで使わないとも
限らない。結局、運転席の後ろの席の脇の、非常用
のものが入った、まず開けないポケットに入れること
にしたのだった。


セットするときは、本当に心臓がバクバクした。初めて
装着するときは、手が震えてなかなか入らなかったほどだ。



そして、初めて録音したものを聞く。



ひどい雑音。喋っている声は殆ど聞き取れない。
こんなに車というのはエンジン音(?)がするものだっ
たのだろうか。「ガァーー」というBGMが常に流れて
いる感じ。


加えて、暖房の音がどの音より大きく入っている。

お陰で、あれだけの苦労をして取り付けたのに、
話している内容が全く理解できない。何を言っている
のか、単語すら聞き取れない、という状況。

入れてある場所も、確かに安全性重視で音は入り
にくい事は事実だ。


私はがっくりと肩を落とした。
これでは意味が無い。


大体、誰を乗せてるのかすら、わからないのだ。
女性を乗せているのだけはわかる。だが、それ以上、
何も掴めないのだ。


それでも、同じものを何度も何度もリピートしていく
うちに、最初は殆どわからなかった単語も少しずつ、
見当がつくようになっていった。


だが、大したことは喋っていない。
「土曜日だから、いっぱいなんだ」とか、どこかの店に
行こうとしてダメだったのか?という事が推測できる
程度のことしか分からなかった。



そんな事を繰り返して、何度目かのテープを聞いて
いたとき、突如、はっきりとしたセンテンスを聞き
取ることができたのだ。



「いいから。」

「ほら、こっち来て。」


一瞬、信じられなかったが、間違いなく、
そう言っている。



こ、これは・・・
私は、顔が赤くなるのが、自分でもわかった。

これは、どう考えてもセクシャルな表現だろう!


聞き間違いではないか、何度も聞きなおしたけれど、
紛れも無く、それは夫の声だった。



だが、何という事か、
ここで録音は突如、終わってしまうのだ。


OFFボタンが何かの拍子で押されてしまったらしい。


ある時は、電池を入れるフタが外れてしまって
全く録音できなかった事もあった。


それからは電池の部分はガムテで補強したのだっ
たが、マイク部分やボタン部分の事までは気が付か
なかったのだ。


よりによって、ここからが重要!という時に・・

悔しがっても、取れなかったものは仕方がない。

あとはガムテープで更なる補強をして、次に備える
しかなかった。



そして、次の日曜日。

いつもどおり位置検索をし始めたのだが、いきなり
「検索不可」の表示。


しかし、私はめげない。こういう時は、高速に乗った
ときが多いのだ。こまめにチェックしていけば、
とぎれとぎれでもルートはわかるはずだからだ。


経験というものは大きい。(笑)


そのうち、ポツ、ポツ、と検索結果が表示されるよう
になった。


見ると、やはり、思ったとおり高速コースだった。

今日は一体、どこまで行くのやら。(笑)



流しを片付け、洗濯をしながら、表示を待つ。
考えてみれば、何とも奇妙な光景である。


夫が今、多分、浮気相手と車に乗って、どこかへ
向かっている。それを茶の間のTVで、TV番組を
見るようにして家事をしながらチェックしている妻、
という構図。


おかしいというより、何とも哀しい図ではないか。
だが、当時はそれどころでは無かった。


検索結果は、どんどん西へ伸びて行く。
予想していた場所で止まることもなく、まだ
先へ行こうとしているのだ。


そして、表示がぴたりと止まる。



なんと、検索が示したところは「○○湖」。

11月深夜の、「湖」である。


「寒くないのか?」と、まず思ってしまった私。


大体、真夜中の2時、3時の真っ暗な中で湖に
行ってどうするんだよ?と、今なら、そんな風に
突っ込んでみたくもなる状況だ。



「湖」で表示が止まって1時間ほど。車は動き出し、
行くときと同じルートを辿って、また店のある場所へ
戻って来た。


翌朝、夫の車に取り付けてある録音機を取るため
には、また早朝に行かなければならない。


以前、家族で暮らしていた家の、その駐車場は
各戸の家に囲まれているから、私がゴソゴソ車の
中に居るのを見られてはまずいのだ。


早朝にゴミを出して出勤する、お向かいのご主人や、
宗教的な新聞を配る近所のおばさんと遭遇する前に、
私は車から録音機を取って来なければならない。


今日のテープでどれだけの事がわかるか、私は期待で
胸をいっぱいにしながら、眠りについた。


楽しいわけではないのだが、この時ばかりは、本当に
朝が待ち遠しかった。(笑)
某生命保険会社が潰れたという、衝撃的なニュースが世間を
賑わせたその日、子どもたち2人と私は、長年住みなれた家を
後にした。


上の子を身ごもってすぐに、高速道路と環状道路が目の前を
走るマンションの10階に住んでいたのでは、いくらなんでも良く
ないだろうと、この家を見つけ、引っ越してきたのだった。


まさか、12年後に、こんな形でこの家を去ることになるとは。


でも、本当に、人生はドラマだ、なんてカッコつけて言えるような
状態なんかじゃなかった。


先のことは何も考えられなかったけれど、とにかく、このまま
居てはダメになる。私も子どもたちも。

ただその思いから選んだ結論だった。


夫が使うわずかな家具以外を運び出したあと、
家具や家電の置いてあった部分に沿うように残る埃を
見つめていると、

ここで下の子を出産したことも、
上の子を夫がよく、ソファで自分の脇に置いて寝かして
いたことも、

すべて遠い日の出来事であり、もしかして、それは現実では
なかったのかもしれない、という気さえしてくるのだった。


過去の幸せに涙するような思いは湧いては来なかった。
ただ、淡々と作業をし、これからの事にのみ、意識が行って
いた。



――― とうたんへ 

いつもあそんでくれてありがとう 
でも、もうあそばなくていいよ 
それで とくべつ おりがみをあげるよ!
 
とうたんは やさしいね  
でも かあたんには やさしくしないの?  
とうたん ながいあいだおせわになりました 



6歳の娘がメモ用紙に綴った手紙。


結局、私はこの手紙を夫に渡すことはせず、
今も私の手元にある。


「家庭内離婚」を断り、部屋を出る事を夫に告げ、
引越しの予定を伝えると、夫は、


「こちらが頼んでいるのに勝手に出て行くなら、
お前に渡す金は無い」「子どもたちは可哀想だから、
生活費は渡す」と言い、


相変わらず、「裁判には勝つ、俺は何もしていない」
と強気の姿勢はくずしていなかったが、
「子どもたちに話がしたい」と言って、暴力があってから
初めて、子どもたちと対面したのだった。


「おとうさんは仕事が忙しいから、店のそばに住む。」
「必ず迎えに行くから」
「お前たちの事はいつだってお父さんの頭にあるから」


そう言いながら、夫は目を潤ませたらしい。
らしい、というのは、夫は私の同席を許さず、実家の母
がその様子を伝えてくれたからだ。


だが、暴力を振るった事の経緯について、子どもたちに
一言の説明も無い、というのが、いかにも夫らしくはあった。





夜から行われた引越しは、まるで、近所の目を避けた、
夜逃げのようだった。


夫一人残す、という不自然な出て行き方を、ご近所に
説明できるわけもないからだ。


付き合いのあったお向かいにも、もちろん事情は言えず、
ただ、こどもの学校が一緒の事もあり、あいさつをしない
わけには行かなかったため、「引っ越すんです、近いん
ですけど」「こちらの家もしばらく残しておくんですけどね」
などという、分かりにくい説明しかできなかった。



最後に、積み残しがないかをチェックしに2階へ上がった。
子供と私が暮らした部屋。隣室の夫の部屋はそのままである。


ふいに、初めてこの部屋を見に来た時の事を思い出した。
この部屋の内部を一目見て気に入り、即決した事。


新しく「家族」としてこの家に越してきたときの、あのワクワクした
感じが生々しく思い出された。


その瞬間、私は感情をシャットアウトした。
涙は流さない。私には、まだまだやる事があるのだ。


もう一人の自分に囁かれたように、私は、さっさと
後日処分する物をまとめ、階下へ降りた。




翌々日、役所へ住所変更やらで出かけたあと、せっせと
片づけをしていると、早速、新聞の勧誘があった。


早すぎるっての・・(笑)

その勧誘の男は「さっき、ご主人がいらしてて、言えば
(新聞を)取りますよ、と仰ってたんで~」


「・・・・」

来たのか?ここへ?



どんなアパートに住んでいるか確かめに?

ときどき、夫は不思議な行動を取る。(笑)


そして、位置検索機器ももちろん設置。これからは
夫が帰る時間を気にせず、堂々とTVをつけて
いられるというもの。


そして、何より、引っ越して一番感じたのは、
何ともいえない、重圧からの開放感だった。


疑惑から暴力、そんな中、一つ家で暮らすのは
本当に息詰まるような思いだった。


それが、思い切り深呼吸し、手足を伸ばせる感じ。(笑)

思えば、ずっと以前から、息が詰まる日々ではあったのだが。


朝起きてくれば、言葉をかけるのにも気を使う。
不用意な発言でもしようものなら、執拗に責められ続ける。



もう、それが無い。一切無いのだ。


爽快感。


なんだ、これは。と思った。(笑)


夫の不貞なんて、もしかして、神様のギフト?とさえ思った。


ようやく、私は、夫からの脱走という、長年の望みを叶え
られたのかもしれないのだ。もしかして、これは記念すべき、
素晴らしい人生のターニングポイントなのかもしれない。

そんな気さえする、思いもかけない、別居の副産物だった。



そして、位置検索は私の寝る前の儀式のようになっていた。


家事を終え、明日の準備を終えて、いよいよ始まる、「夫追跡
タイム」・・ある意味、恐ろしい時間ではあるが。(笑)


普段は、何しろ11時に店が閉店してからの行動だから、
追跡は深夜に及ぶため、途中寝てしまうことも多かったり、
携帯端末ゆえ、電波の関係上、地下に居る場合や、電源OFF
のときには読み取れない、という、ハンディを背負いながら、
それでも、私は、毎晩、毎晩、夫の行動を監視し続けた。


別居した後の行動でも、充分、不貞の行為と認められると
弁護士から聞かされ、もう、探偵を雇う金も枯渇し、また探偵の仕事
自体にも信頼できなくなっていた私は、後は自分で何とかするしかない
ところまで追い込まれていた。


私たちが引っ越した後の、最初の店の休業日に、夫は早速、かなりな
遠出を敢行したのだった。


<<遠出な日々>>

まずはありきたりの歓楽街。そこに昼から夜8時すぎまで滞在した夫。

休みの日に、その近くに住む、もと劇団仲間の連中と夫はよく
マージャンをする習慣があった。
よく使う雀荘が、丁度その辺だったから、私は、時間的
にも多分、そこへ行っているのだろうと思っていた。

が。問題は、多分その仲間とのマージャンが終わってからだった。
車がいつも置く駐車場のあたりから動き出したのが午後8時すぎ。

位置検索をかけるたびに、どんどんと距離を伸ばしていくのに
私は驚きを隠せなかった。

一体、どこへ行こうというの?

歓楽街のある場所を抜け、環状道路をひた走ると、高速へ入っていく。
そして、ひたすら東へ向かう夫の車。


そして、車の動きが止まった、その場所は・・・

驚くかな、「海」だった。


「海・・・」


が、そこは、人工海浜で、ショッピングセンターや遊園地も併設された
エンターテインメント施設で有名なデートスポットだったのだ。


そこで位置検索PHSはぴたりと動きを止めた。


10月中旬である。



海を見に行ったのか?


私は、夫の携帯ではなく、以前、2度かけて、2度とも夫と似た
声の主が出た事のある番号へ、思わずかけてみた。


「・・・もしもし」



「・・・・・」

もちろん私は非通知、無言で電話を切った。

だが、紛れも無く、それは夫の声だった。

別居の申し出をした1週間後。私はテーブルをはさんで夫と
向き合っていた。


殴られた日以来、顔を合わせるのは、この日が初めてだった。


実に3週間ぶり。私はまだ眼帯と包帯という姿のまま、夫の前
に――正確には真正面からひとつ外れた席だったが――座った。
だが、目をあわすことはさすがに出来なかった。


引越しをするまでは心配で帰れないと、長期滞在している母も
横のソファで見守っていた。


「あいつと直接話したい」


夫からの申し出に、断る理由はなかった。1度は面と向かって
話さなければならない事は覚悟していた。夫婦関係を終わらせる
話し合いなのだから・・


夫は殴ったあとの私の顔の状態を知らない。これだけ時間が
たっても、まだ眼帯と包帯がはずせないという状態を、いったい
どう感じてるのだろう。



だが、悪びれる様子もなく、いつもと変わりなく、夫の
私を見る目は冷ややかだった。



母との話し合いのときに、夫が「殴ったのはただの夫婦喧嘩。
離婚?いいですよ。いつかこういう日が来るとは思っていた。」
「俺は何もしていない。あいつが勝手に出て行くんだから、
やる金はない。」「親権はやらない」「子供は絶対に渡さない。
子供は命だから」

そう言ったのは聞いていた。


そして、数日後に「子どもたちをしばらく預かってくれ。
その間の生活費は渡す」と書かれたメモを渡されたのだ。


ただの夫婦喧嘩だとか、子供は預かってくれだとか、
間接的に聞いても腹が立ってくるのを抑えられなかったから、
私はつくづく、直接話さなくて良かったと思っていた。
白昼から、また掴み合いの喧嘩になってたかもしれないのだから。


だが、やはり直接向き合うと、恐怖と怒りが混在して私を
包み込む。



私が座ると、夫は私を一瞥してから、こう言った。


「今日の話では、お母さんは口出ししないで下さい。
俺とこいつとの話ですから。」


「とにかく、俺は何もしていないのにお前が勝手に
騒いでいる。裁判をしても俺は絶対に勝つから。」


もう私には堪えられなかった。話し合いなどやっぱり
無理。湧き上がってくる怒りの感情で私は胸がキリキリと
痛み出した。


ここで何か答えてしまえば、またあの殴られた晩と同じ
ことになるだけだ。私は黙って聞いていた。


「これは、こないだお母さんと話したときには言わなかった
事だが、俺は今、精神的にがたがたなんだ。」

「こんな状態では仕事も何もできない、だから」


「?」


私は次の言葉を待った。


「だから、パートナーが必要だ。」


「???」


私は、今、夫の言った意味が理解できない。

何を言い出すんだ、このひと。


「だから」

まだ、何か?


「離婚届を急ぐ必要がある。」


「・・・」

ど、どういうことだ?


「それって、再婚するって事?」


「そうだよ!」即答だった。


「じゃ・・・その相手は?その相手っていうのが、
あたしがずっと疑ってきた人じゃないの?」


「また、これだ!」

またこれ、って、普通そう考えるのが当然ではないか、
流れとして。



「じゃあ、何?これから相手を探すっていうの?」


「そうだよ!!」


「はぁーーーー??」

私には夫の主旨が読み取れない。
どういうつもりで言ってるんだ。

それとも、本当に言葉どおりの事を
思っているのか。



「離婚届けを急ぐったって、親権が決まらなければ
出せないの、知ってるの?」


「知ってるよ!」

いや、多分、そんな細かい事は知らない筈である。(笑)
そんなにまでして急ぎたい離婚。そして再婚。


やっぱり怪しい・・と、どうしても私には思えて
しまうのだ。この展開が。



「だから!パートナーは男かもしれないし、女
かもしれないって言うんだっ!!」


「???」

わけがわからない・・
大体、辻つまが合わなさ過ぎる。この男は、思いつい
たまま口に出してるのか。


辻つまが合わない=何かを隠そうとするから

どうしても、この図式が当てはまる気がする。(笑)


「今、お互いに金をためる必要がある。だから、どうだろう。
家庭内離婚という形でいいから、もう少し、ここにいて、
金を貯めてから、俺も部屋を探すし、お前も出て行く、
のいうのは」


「家庭内離婚で一緒に住んで、で、あなたはパートナー探しも
するっていうわけ?」


「そうだよ!」


「・・・」

そもそも、別れ話のきっかけが女性問題だっていう事が
まるで無かったかのようである。


夫に他の女性の影を感じて、疑惑でへとへとになっている私に
一緒にこのまま暮らして、で、目の前で外の女性と公然と
付き合っているのを見ていろと?


あり得ない話だった。


ただ、このまま話しても埒が明かない気がした。


「即答はできない。考えさせて」


本当は答えなんか出ているけれど、これ以上、夫と
話す気力が無くなったのだ。



その話をした週の土曜日。


夫は店が終わってまもなく、なぜかいつもとは全く違う
場所へ向かい、朝5時頃に帰宅した。


帰宅後、まだ夫が寝ているうちに、財布にあるレシートを
確認すると、駐車場のレシート、飲み屋の領収書、その後、
多分、相手を送っていったと見られる、その途中で立ち寄った
ファミレスで2人、アメリカンコーヒーを飲んだレシート及び
そこの駐車券まで、すべて揃って入っていた。


駐車券やファミレスのレシートには、すべて時間が記載されて
いるから、私が位置検索したものと照合すると、見事に
夫の行動が浮かび上がってきた。


ただ、惜しむらくはアメリカンコーヒーを飲んだ相手の
性別までは載っていない事だったが。


飲み屋から、家に帰ってくるのか、と思うような近い場所で
二人はコーヒーを飲み、そして、店のある方向へ車は
向かい、その後、家に戻ってくる。


店の近くに、その「相手」は住んでいるのか?


韓国人アルバイトのウンソはその付近に住んでいる。
ウンソなのか?


それはわからない。いつの間にか、ヒツウチの電話が
減ってきてはいる。だが、まだウンソと確定はできない。


二股か?(笑) それとも、スライドしてしまったのか?


ヒツウチの主とこのウンソとは多分、別人のはずだ。
では、再婚しようとしているのは、誰なんだ?
まさか、この若い外国人ではないだろう。


私は、ずっと追いかけていた、あのヒツウチの主と夫との
関係が、微妙に変化してきているのを何となく感じていた。



ふと、財布の中にあった飲み屋のカードに営業時間が書かれて
いるのが目にとまった。「営業時間 午後7時~午前3時」


だが、駐車場を出たのは4時半すぎだ。知り合いか何かで、
そこまで延長して居た、という事だろうか?それとも、
またどこかの店に?この時間から?

それは謎だった。


が、そのときには、この、所在の掴めない時間というのが、
実は一番の鍵を握っていたとは、想像もつかなかった。