2020年1月15日

市立病院 化学療法室

 

 

年が明けて2020年になっていた。

世間は今のようなコロナ騒ぎにはまだなっていない。

 

術中再転移のため再開された抗がん剤治療。

まもなく5回目の点滴が始まる。

 

下がるはずのない私の腫瘍マーカーは医師の予想とは裏腹に下がり続け、1桁台になっていた。

 

看護師がいつものように点滴の準備を始めていた。

 

そこに主治医の澤井医師が近づいてきた。

 

「松竹さん、調子はいかがですか?」

 

「相変わらずいいですよ」

 

「そのことなんですが・・・」

 

「はい?」

 

「外科内で松竹さんのことが話題に出ていまして・・・」

 

「どんな?」

 

「お元気なので。いつも」

 

「がんの再転移で弱り始めてるはずが、何故あいつはピンピンしてるのかと」

 

「いえ、そういう訳では・・・」

 

「でも、そういうことですよね?」

 

「率直に言うとそういうことです」

 

「で?」

 

「何か病院以外で特別なことをされているのであれば是非聞いて欲しいと」

 

「言われたわけですね」

 

「はい」

 

「シャブはやってませんよ。旦那」

 

隣の看護師が噴いた。

 

ギャグが受けたことを確認した私は言葉を続けた。

小さな声で。

 

「この部屋にいつもいて何か感じませんか?」

 

私は化学療法室全体に目をやった。

 

「いえ、特には」

 

「私には何故か見えるんです」

 

「なにが?」

 

「どす黒い雲がですよ」

 

「・・・。」

 

私には本当に見える。抗がん剤の点滴を受けているみんなの頭上には例外なく黒い雲が降りている。

 

「黒い雲の正体はストレスです」

 

「ストレス?」

 

「死にたくない気持ちです」

 

「よくない感情です」

 

「ただ、一人だけ頭上に黒い雲の降りていない人がいます」

 

「?」

 

「それが私です」

 

「??」

 

「私にはストレスがありません」

 

「???」

 

「だから元気に見えるのです」

 

「・・・。」

 

「方法を知りたいですか?」

 

「できれば」

 

「脳をだます言葉を何百回と言ってるだけですよ」

 

私は嫁直伝の「5つの言葉」を主治医に話した。

 

「それだけです」

 

「わかりました」

 

「もい一度言いましょうか?」

 

「いえけっこうです」

 

それだけ言うと澤井医師は私の元を離れた。

 

「あのぅ?」

 

隣にいた看護師が私に声をかけた。

 

「ん?」

 

「今の言葉私にもう一度教えてもらえません?」

 

 

病院や医師たちは患者のストレスを軽視しすぎている。

 

たかが5つの言葉を並べたくらいで、簡単にがんは消えたりしない。

 

だが、確実にストレスは消える。

 

ストレスを放ったらかしにしてがんだけを消そうと思ってもろくな結果は得られない。

 

がんはひとりの病気だが、ストレスは周囲を巻き込むがんよりもやっかいな伝染病のような病気だ。

 

がんが消えてもストレスを抱えたままで結果的に家族が不仲になっては何の意味もないのだ。

 

私はこの言葉のお陰で随分と「いい人」になることができた。

嫁もさらに「いい人」になってる。

 

我が家に黒い雲はない。

 

医師に納得させるのは難しいかも知れない。

 

医師の仮説とは次元が違うのだ。

 

 

 

今日はここまで、明日に続く。

 

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