今回の千葉県指定有形文化財の建造物の探訪は安房地域、すなわち館山市を中心とした千葉県の南端エリアです。千葉県は下総、上総、安房の三国で構成されており、その中でも安房地域は地域信仰に根付いた寺社仏閣の文化財の宝庫です。
まずは館山市の古刹、「那古寺」(なこでら) です。現在は成田山と同じく真言宗智山派です。

多宝塔(1761年)です。多宝塔とは二重塔のことで、東日本における木造の中世ものは千葉県南総市のものを含め3塔、近世のもの関東では埼玉に3塔、福島、茨城、栃木、神奈川に1塔ずつ、そしてここだけのはずです。
銅葺屋根というのも江戸期らしいです。他方、亀腹と呼ばれる一層と二層の間にカーブのかかった構造があり、この部分は一般的には漆喰なのですが、歪めた素木で作っているのが珍しい。

その奥にある観音堂(1758年)です。これも立派なのですが、内部の厨子(仏壇のようなもの。撮影不可。)がかなりキラキラ感がありました。


館山市街地の「千葉県立安房南高等学校旧第一校舎」(1930年)です。かっこいい。


館山市街地のはずれにある浄土宗の「大巌院」の四面石塔(1624年)です。それぞれの面に日本漢字、印度梵字、中国篆字、ハングルで南無阿弥陀仏と刻まれています。

真言宗智山派の無人寺、「千手院」石造宝篋印塔(1300年代中期)。保存状態はかなり良い部類です。
寺は物置小屋か集会場を思わせるもので、実態としては敷地は古い墓地です。

館山市の東端の山あいにある「手力雄神社」( たぢからおじんじゃ )の本殿です。神主のいない、駐車場もない寂れた境内になかなか派手な彫刻が施された立派な流造が確認できます。1584年の建立とされていますが、1709年の改修で相当手が入っているようです。
1600年代末建造の「石井家住宅」は解体保存作業のため見ることはできず。
南房総市の県指定有形文化財は既に探訪済み、又は見ることができないものです。

国指定重要文化財4棟を抱える「石堂寺」山王宮(1500年代後半)。

「めがね橋」(1888年)。
「賀茂神社」の本殿(1574年)は覆堂の中にあり、全く見ることはできませんでした。
さらに東の鴨川市の県指定有形文化財です。

前回の探訪時に撮り忘れていた「清澄寺」石幢(1424年)です。結構な急坂の上にあります。
他の日蓮由緒寺の文化財は既に探訪済みです。

「誕生寺」仁王門(1706年)。

「清澄寺」中門(1647年)は建立から約200年後に大幅に仕様変更されたそうです。
右にあるのが「清澄寺」石造宝篋印塔(1407年)。

こちらもかなり僻地にある真言宗智山派の「薬王院」の薬師堂 (1648年)です。和様が強く出た建築様式です。境内の草刈りをされていた檀家さんと思しき方にだいぶん不審がられました。確かにこうしたマイナーな古い建造物を見に来る人はいないでしょうけど。


最後は、近くの千枚田が有名な真言宗智山派「大山寺」の不動堂(1803年)です。なかなかの高台にこれだけ巨大な、特に入母屋屋根が立派な伽藍を造るのはさぞかし大変だったのでしょう。こちらも向拝(正面の庇)に波の伊八の彫刻が掲げられています。
また、不動尊内部には宮殿(くうでん)という派手な厨子(「ずし」。仏壇の大きいバージョン)があります。宮殿は長押と呼ばれる建材以外は、素人目に見て禅宗様が出ている建築様式で、圧倒的にきらびやかです。
寺内部ですので撮影は禁止です。

ちなみに、大山の千枚田です。ブランド米、長狭米 の産地ですね。
さて、今回をもってこのシリーズはお開きとなります。県指定文化財72棟のうち(探訪時。大山寺の重文への昇格により現時点では71。)、解体保存中の2棟(いずれも住宅)と覆堂の中で見えない神社本殿3棟を除き探訪しました。これに加えて2棟も覆堂で非常に見えにくかったですが管理上のためとは言え、非常にもったいない気がします。覆堂内にある本殿は、少なくとも東日本では一番多く(5/11)、地域特性というよりは県のトレンドなのでしょう。
ただ、千葉県の神社、寺院の数はいずれも全国6位、関東ではいずれも1位ですので、良い感じに古社、古刹の建造物が残っているのも納得です。特に、各県の判断に委ねられているとは言え、地域に根ざした神社の県指定文化財の数が関東では最も多いというのも興味深いですね。中世までは東京でも神奈川でもなく、千葉が関東エリアでは重要な拠点でしたので、その影響もあるのかもしれません。
県指定文化財だと建造物の良さと地域との関係のバランスが良く、全体的にはなかなか面白かったです。
【終わり】