柵飯事 2 ~shigaramimamagoto~

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yahoo からの引越し組です。
今では国宝・重要文化財や新宗教の建造物巡りの記事が多くなりましたが、古生物・化石、ジュニアテニス、社会学、コーヒー、ユーロロックのネタなども投稿しています。

1 最古の魚の目が4つ?

 先月の科学誌「Nature」に「カンブリア紀の最古脊椎動物に4つの目」と題した論文が掲載されました。

 

  中国雲南省の5億1,800万年前の化石産地から発掘された澄江生物群の中に最古の魚類であるミロクンミンギア(Myllokunmingia)に関する研究論文です。ミロクンミンギアの実物標本を見ることができる博物館は日本にはなかったと思いますが、レプリカはこちらに展示されています。小さくてよくわからないのでほとんどのお客さんは素通りでしたけれども。

 

2 これが何者論争があったのを思い出す

 さて、実は魚類の進化系統はあまりよく分かっていないことが多いとされています。その理由の一つとして、魚類が非常に多様化したデボン紀末(3億7,400万年前)に大量絶により多くの種が絶滅し、現代において存在する種がいなくなってしまったことでDNA分析等ができないことが挙げられます。ただ、化石から、鰓弓(水を口から流して鰓を通して外に出す穴)→脊索(体の軸であり、脊椎動物においては背骨にあたる部分)→頭部→顎、といった部位を獲得していくまでが魚類の進化過程と推察されています。

 

 で、今回の論文は非常に興味深いのですが、そういえば同じ澄江動物の中で分類について意見が分かれていたこれがどうなったか気になって検索していました。 

 

 ユンナノゾーン (Yunnanozoon)、又はハイコウエラ(Haikouella)とされる生物がどの門に属するのかということが不明でありました。脊索動物か半索動物か論争です。

 脊索動物とは体を貫く棒状の塊を持ち、脊椎動物を含むグループです。他方、半索動物とは鰓弓はあるものの、頭の部分にほんの少しだけ脊索のような構造を持つもので、見た目は魚とはだいぶんかけ離れています。脊索動物の系統からは早くに分岐している生物ですので、ユンナノゾーンの立ち位置はこの評価で全然違ってくるわけです。

 

File:Yunnanozoon (cropped).jpg

Wikipediaより

 

 これはほぼ完全体ですが、市場に出ると数千ドルします。自分が持っているのは頭部が確認してできるものですが、市場に出るのもののほとんどが鰓の部分だけが密集しています。そうしたものは珍しい部類ではないです。

 

澄江生物群の化石図

wikipediaより

 これは、半索動物の1種であるギボムシ類です。襟と頭(吻)の隙間の部分が口にあり、頭に脊索に似ている塊が格納されているそうです。

 

3 議論が進んでいた

 2022年の論文で、ユンナノゾーンが脊椎動物、すなわち魚類に近い種であることが示唆されました。これは、最新の手法によって鰓の成分が分析され、脊椎動物に特有の鰓が軟骨成分でできていると結論付けられたためです。その後、汚染や鉱物沈殿により正確な分析ではないという反論がなされましたが、すぐに再反論があり、その後、論争が収まっているように見えます。

 

 2024年の論文では、さらに進化系統に関する提案がなされ、ユンナノゾーンが魚類と古虫動物(Vetulicolia)の中間にある種から派生した生物であることが示唆されています。

脊椎動物進化の系統樹とユンナノゾーン

”A new interpretation of Pikaia reveals the origins of the chordate body plan”(2024)Giovanni Mussini, M. Paul Smith, Jakob Vinther, Imran A Rahman, Duncan J E Murdock, David A T Harper, Frances Dunn

 

 

 

 

 

 上の図のオタマジャクシのようなフォルムの生物の上にあるのが ユンノナゾーンです。左の黄色い枠、そして右側の一番下の生き物が半索動物になるので、新解釈では早い段階で分岐したという解釈になります。

 また、左の図における紫色の枠内では古虫動物の中でもより脊椎動物に近いものと半索動物と分岐したばかりのものに分かれることが示唆されています。

 以前にも披露しましたが、自分も古虫動物のうち2種を所有しています。持っててよかった。

 

 

 

 

 

4 結論
 四ツ目かもしれないとされた最古の魚と同時期にいた分類不明の生物、ユンナノゾーンはさらに古いタイプの生物で、鰓弓はあるけれども尾っぽが節になっているという摩訶不思議なウエッツリコラやシダズーンなどの古虫動物と魚類をつなぐ生き物だった可能性が高まった、ということになります。
 たまに調べてみないとだめですね。大変楽しいネットサーフィンの時間となりました。 

 しかし、論文を確認しましたが、英語版ウェキペディアにサラッと引用されていたのを後で知り、腹立ちますね。AIの時代なので日本語版とリンクすると良いのに。

 今回は、前回の葛飾地域の東隣、印旛地域の千葉県指定有形文化財の建造物の探訪録です。成田や佐倉など印旛沼を囲んだエリアですね。
 
 まずはエリアの西端、白井市です。

龍正院の銅造宝篋印塔

 開山が千年以上となる真言宗豊山派の古刹、「延命寺」観音堂です。1667年建立。
 

延命寺観音堂の木造建築と青空

 柱が細目ですっきりとしたイメージです。組物が三手であるところとか、木鼻(四隅にある出っ張り)とかは禅様宗ですが、それ以外は和様の特徴が強く出ていますね。建立当時の資材の割合は大分低そうですが、非常に良く手入れがなされています。

 幟旗を立てたり、境内をきれいに整備したりして、参拝者へのアピールをしっかりされているお寺でした。

 

 

延命寺観音堂、印旛沼周辺の古建築

 佐倉市は千葉県に残存する数少ない城下町で、重要文化財の旧堀田邸をはじめとする渋い古建築がたくさんあるエリアです。
 こちらは、1600年代前半に建立された浄土宗「松林寺」の本堂です。
 

松林寺本堂の木造建築と格子窓

 ガラス戸になっていたり、内部構造に手が加えられたりしているそうですが、躯体の主要部分は当時のままだそう。細い角材やシンプルな構造が特徴ですかね。
 
 
 こちらは「佐藤家住宅」。1800年代中後半に建造された武家屋敷で、現在も居住されていることから、写真は屋根だけです(著作権法上の問題はないと思われます。)。

佐藤家住宅、古民家の黒い塀と庭木

 

 

 こちらは以前に探訪した「旧河原家住宅」です。1845年より前のものだそうです。

茅葺き屋根の古民家と庭園

 

 

 こちらも以前に探訪済みの「旧川崎銀行佐倉支店」、1912年建造です。

佐倉市立美術館のレンガ造り建物
 
 
 場所を移して成田市です。こちらも天台宗の古刹で重要文化財の伽藍もある「龍正院」です。

龍正院の銅造宝篋印塔

 前回訪問時に撮影してなかった銅造宝篋印塔(ほうきょういんとう)(1718年)です。台座を入れて約5m。銅製のものは極めて少なく、近世以前のものだと東京に浅草寺など2塔、いわきに1塔、宇都宮に1塔といったところで、こちらはその中で最も古く、建築様式に精巧に寄せている点で他とは大きく違っているようです。また、県 指定文化財もここだけです。
 

龍正院の宝篋印塔が並ぶ様子

 これは文化財指定を受けてないのですが寺の駐車場脇に背の順で宝篋印塔がずらりと立っています。どういう代物だろう。
 
延命寺本堂(白井市)の重厚な屋根と木鼻
  既に探訪済みの本堂、1698年の建立です。
 
 
 同じく探訪済みの1715年竣工の「旧平野家住宅」です。
延命寺観音堂、茅葺き屋根の古刹
 
 さらに続きます。
 さて、自分も東京圏にいつまでいられるか分かりませんので、土木遺産まで探訪してしまったからには、千葉県の古建築物をもう少し深堀しておきたいなと思いまして、千葉県指定有形文化財の建造物を片付けることとしました。
 都府県指定有形文化財は、それぞれ指定判断が違ってくることは否定できませんが、補修時には県は補助金を出さねばならないことや、国の重要文化財に格上げされる例もあることから、それなりに厳選していると思われます。特に千葉県の場合、近世以降の重要な史実が乏しいため、県指定に多い近世の寺社仏閣は当時の雰囲気に思いをはせる貴重なアイコンであろうと思います。
 なお、千葉県のブロック分けは行政事務単位にバラバラで、これという区分けがないのですが、県が子供向けにHPで示している11エリアごとに探訪していきます。まずは、葛飾地域、すなわち野田市、流山市、柏市、我孫子市です。
 
 まずは、野田市の古社、「愛宕神社」の本殿です。

愛宕神社の銅葺屋根の本殿

 いわゆる拝殿がなく、本殿正面に参拝用の門があるだけです。銅葺屋根の大迫力の入母屋造が見えます。
 

愛宕神社本殿の銅葺き入母屋造り

 

愛宕神社の本殿:江戸末期の彫刻と銅葺屋根

 

愛宕神社本殿 銅葺き屋根 彫刻

 

愛宕神社本殿の精緻な彫刻と屋根

 1824年建立で、江戸期末の地方の神社らしく、龍をはじめとする塗装されていない凝った彫刻がガンガン施されているのが特徴です。宮司は常駐してませんが、きれいに管理されています。
 
 
 次は、柏市の真言宗豊山派の「東海寺」、布施弁天として親しまれている柏の中核的な古刹です。

東海寺の楼門と石段

 駐車場からすぐに変わった形の楼門が迎えてくれます。1810年建立で、下の部分は昔は漆喰で塗り固められていたそうですが、現在は鉄筋コンクリート造。ちなみに、境内の伽藍に紹介看板には「県指定重要文化財」と記されていますが、千葉の場合「有形文化財」としているので、これは誤りです。

 

愛宕神社本殿の精巧な木彫刻

 江戸後期らしい彫り物です。
 
野田市愛宕神社本殿(江戸期末、凝った彫刻)
 1818年建立の鐘楼です。縁が丸いのが珍しい。
 

愛宕神社の本殿彫刻

 やはり、凝った彫刻がなされています。
 

愛宕神社本殿(野田市) copper roof

 1717年に建立された本堂です。正面と左右に破風(三角形の部分)が設けられ迫力がすごいですね。銅葺屋根が厚みがあるのは元々が茅葺であったことから、それを再現するためです。
 
 
旧手賀教会、茅葺屋根の古建築
 こちらは以前に御紹介した「旧手賀教会」(1891年)です。
 
 それでは場所を移動します。
 日に4本だけでている総武本線特急で東京から90分の八日市場駅で下車し、そこからタクシーで10分ほどの集落にある「須賀ハリストス正教会・生神女福音聖堂」です。九十九里エリアらしく、ひたすら真っ平らで田畑と雑木林が大半のこのエリアにある小さな教会ですが、我が国の女性洋画家、そして宗教画の先駆者である「山下りん」のイコンを所蔵しています。
 正教は千年以上の歴史ある宗派ではありますが、明治時代に我が国での布教が始まったことから、一応、このブログでは便宜上、新宗教建造物シリーズに含めておきます。
 

須賀ハリストス正教会、山下りんイコン

 
 山下のものうち10点のイコンは千葉県指定有形文化財となっています。自治体指定なのでそれぞれに教育委員会の裁量とは言え、約300点ほどが確認されている山下のイコンのうち県指定文化財となっているのは、他に秋田、福島、そして千葉県柏市のもう一つのハリストス正教会(リンク先の下の方にあります。)が所蔵するものだけです。

 イコンは正教の信仰対象なので直接目にできないところが多いところ、文化財指定となると一般公開せざるを得ず、こちらも年に7回だけ地域の信者さんが立ち会って見せてくれます。

 



 中は撮影禁止、かつ、ハリストス(キリスト)の一番大きい絵は祭壇の裏に格納されていて見ることはできませんでした。
 しかし、我が国最初の洋画家に一人で、波乱万丈の画家人生を歩んできた山下の、これまでの記号的なイコンを脱した西洋画の要素をふんだんに取り入れた作品を間近で見ることのできる数少ない施設です。
 山田五郎さんの分かりやすい動画もご覧いただきつつ、公開日をネットで確認の上、チャレンジしていただきたいですね。