やがてそんなやり取りも一段落すると、次第に話はこの界隈の歴史話になっていった。
「この辺りは元は八家族しかなかった集落ですねん。つまり親戚ばっかりやん?
苗字なんか名乗ったってどないもならん。
なんか悪戯でもして近所の爺さんに叱られるときなんかは
『コラ、ガキ!ワレ誰の孫じゃ?』となる訳やな。
若しくは屋号というか、家業で言わないかん。うちは「綿打屋」や」
「ここいらでは良く聞く話ですね。うちの実家も
いくつか隣の町ですが五つの苗字のお宅が何軒もありますよ」
「まぁ、先祖から住んどった証やな。因みにここいらの八家族は数え歌になっとるんやが
うちとこも洋ちゃんとこも入っとらん。うちも洋ちゃんとこも爺さんの代に来とるから明治の頃や」
「まだ新しいくらいですね。因みに八家族と数え歌はどんなものなんすか?」
「五がゴンタ揃い…、六が六尺頭(ろくしゃくこうべ)で七が七泊十日(しちはくとおか)…。
例えば六尺頭がある。賢かったという家や。
七泊十日は、貧しさの中で子供達を飢え死にさせてしまった時から
二度とこうならんようにと一週間で十日分働いた、働き者の家や」
「凄い!他はどんなですか?一~四の家族はどんなですか?五、ゴンタ揃い!
大阪では絶対に良い意味じゃないですよね!今はそれぞれ何という苗字になられているんですか?」
僕は再び好奇心スイッチに火が付いた。
「いや…言われてみたら思い出せん。何やったかなぁ」
「えぇえ!それは駄目ですよ、歴史が廃れ始めています!大切な郷土の歴史を語り継ぎましょう!」
「ん…あぁ…確かにそうやな」
「じゅうぶん凄いですよ、小学校へ行って子供達に伝えましょう!
僕達も小学校や中学校に郷土の話をしてくれるお爺さんが来てくれた事ありますよ!」
「う…ん?それは、誰が?え、ワシ?」
「はい!」
「ワシ?ワシが学校へ行って?話す?」
「はい!そうです!子供達も喜びます!」
僕は思わず前のめりになって訴えた
恐ろしい程迫力に満ちていた伝説的な大侠客が打って変わってソワソワしだした
「あ…あぁ…せやな…ワシも色々調べとくわ…。
ほな、そろそろちょっと行くわ。洋ちゃん、ワシ先に行くで」
そう言い残すとそそくさと立ち去った。
ご主人は「ふぅん、君は面白いのぅ。あんな感じで義実と話すんか」というと
口元に笑みを浮かべて立ち上がり、義実さんの後に続くように家から出て行った。
お祭り二日目、その後も榊家は大勢の来客者で賑わった。途中、この怖い老人二人は
「うちの若い奴が隣町の連中に殴られた」
と息を撒いて戻って来るなり、何処かへ電話をかけて大声で要件を伝えると
「○○町のだんじりは今日で終わりじゃあ!」と叫び
そのまま肩で風を切り出て行くなど、スリリングなサプライズは果てしなく続いたのである。
僕はこの二日間の間にかなりの贅沢料理を酒で流し込んだのだがイマイチ酔いきらず
体重は二キロ程落ちるという謎の現象を体現した。
これが、その後「オヤッさん」と呼ばせてもらう事になる榊洋一翁との出会いだった。