モヤレクラシック(後編)
翌朝、カフェで朝食を食べ、
モヤレクラシックへ。
が、まだ修理すら開始されておらず、いつになったら出発するのやら。
「暇だなー」
と思っていると、修理工場のすぐ隣に学校を発見。
先生に自己紹介をし、見学させていただきたい旨申し出ると、快諾してくださったので授業を見学。
と思ったのだが、ちょうど休憩時間に入る直前のタイミングだったらしく、
「カーン」
という鐘の音とともに、元気を持て余した少年たちが一斉に飛び出してくる・・・。
それはそれはすさまじい光景だった。映像で撮ったので、別編でご紹介します。
そんなんしてこどもたちと戯れていると、我らがモヤレクラシックが猛然と走り去っていく。
「待ってくれーーーーーー」
と全力で走るも、おれらに見向きもしない。
「こっちはこんなに待ってるのに、そりゃないよー」
とうなだれるも、視界のはるか彼方で停車。どうやらテストランらしい?
無事に乗ることが出来、10時半に2日目の行程が開始。
が・・・。
またまた停止。みっつ目の不具合はタイヤ。
パンクしたらしく、タイヤ交換開始。
そりゃタイヤもいかれるよ。ずっとこの道ですから。
乗客たちも慣れたもので、近くの木陰でのんびり待つ。
最初の頃は
「明日の何時までに着かなきゃいけないんだ!!」
と文句を言ってる人もいたけど、みんなそれが無意味だということをよく知っています。
そういえば停まってる間にブラザーに会いました。
野生のラクダ。ラクダと言えば砂漠かと思ってたけど草原にもいるんだね。
で、タイヤ交換が終わるとまた走り始めるんだけど、走ってる時間より修理してる時間の方が長いモヤレクラシック。また「走っては停まる」を繰り返します。
もうなんの不具合かも興味がない。笑
2本目のタイヤがいかれたところで、修理タイム兼ランチタイム。
ここはちょっとした村になっていて、また一風変わった格好をした人たちが歩いてる。
こんな人たちに出会えるのも、モヤレクラシックのおかげ。感謝しなければいけません。笑
そしてこの村をすぎて少し行ったところで歓喜の時。
1日以上デッコボコの道を走ってきて、おケツが浮くようなジャンプは数え切れず、1度はバスの荷物棚に頭をぶつけるほどのハイジャンプを記録(30cm以上飛んでる!)したりもしたんだけど、突然揺れがおさまった。
道がアスファルトになったのだ。
この時は乗客一同、拍手をし、歓声をあげた。おれとチャンが1番喜んでた。笑
ただ、道がアスファルトになったからと言って、バスの故障が直るわけではなく、頻度こそ減ったものの、相変わらずラン&リペアーのサイクルは健在。笑
ただ辛抱強く座っているのみです。
このペースなので夜になってもナイロビは遠く、2日目はバスの車内で就寝。
3日目、朝5時すぎに起きるとまた停まってる。
ここ、ちょっとした上り坂になってるんだけど、チャンが聞いてきたところによると、ギアが入らず坂がのぼれないらしい。
目的地のナイロビまでは数10kmとのことなので、もうこれ以上待てない人たちは路上でミニバスを捉まえて走り去って行った。
おれらはここまで来たらモヤレクラシックを最期(?)まで見送ろうという見解で一致。
数時間後、なんとかギアが入り、再びナイロビへと歩を進める。
と言っても、既に全身怪我だらけ、まさに満身創痍でK.O.寸前のモヤレクラシック。
原付どころか馬車にすら追い抜かれるようなノロノロとしたスピードで、数10km先のゴールを目指す。
そして・・・
11月20日午前10時すぎ、当初の予定を25時間強遅れ、ナイロビ郊外のバス発着所にゴールイン。
大怪我にも負けず、ダウンしても何度も立ち上がり、よくぞナイロビまで乗客を届けてくれた。
そして砂埃の巻き上がる大地に、時にはびしょぬれの地面に寝っ転がり、あきらめずにバスと向き合った勇敢な乗務員たちにも拍手を送りたい。
50時間にも及ぶ移動だったが、本当に不思議なことに体の疲れはそれほどなく、むしろたびの思い出に残る、いい経験だった。
お疲れ様、モヤレクラシック。
そしてありがとう。














