昨日2011年7月14日15時27分に妹の子供「心虹」ちゃんが産まれました(^^)


妹は予定日から一週間遅れて陣痛促進剤?を使って無理やり陣痛を起こさせ子供を産みました!!名前は先ほど書いた「心虹」で「みこ」と言います。昨日産まれたので僕は緊急帰省をしました。来週テストに中間発表だが…「ナニソレオイシイノ?」

本日面会が14時からということで面会時間ぴったりにいきました。とても可愛く大きさは3488グラム49.2センチです。具体的な大きさは僕の肘から指先までです。小さいのに生きてるんだなと感じました。


そして今日新生児から勉強したのは「バビンスキー反射」という現象です。

ググッたら難しかったので僕が簡単に説明すると、「新生児以外は足裏をくすぐられると指を反射的に丸めますが、新生児は足裏をくすぐられると指を開く現象」です!!わかった?とりあえす、くすぐったら指開くんだよ!!


明日は一番下の妹の中体連があり、その後心虹に会いに行きます。

今日外を歩いていると幼稚園くらいの子供が転んでしまいました。そしたら親はすかさず子供に走り寄り、立ち上がるのを助けてあげてる光景をみました。自分のことと照らし合わせてその光景を見ていました。


僕は厳しい親の元で育てられました。今では友達のように話しますが、小さいときはしつけが厳しく顔が腫れるまで叩かれ怒られた思い出、血を流しながら怒られた思い出は今でも覚えています。

僕はその影響があるせいか転んだときも一切手は差し伸べられず、自分で立ち上がることをさせられていました。子供ながら「転んでも助けてはくれない。自分で立つしかない。泣いても「泣くな!」と怒られるから泣かない」というのを本能的に感じていたんだと思います。

当時は転んだときは助けて欲しいという甘えがあったと思います。しかし長男ということもあり兄妹のことは頼られる存在で、甘えることもできませんでした。自分の中でも兄妹いる前で甘えるのは恥ずかしいと思っていたんでしょうね。なので兄妹がいないときはたまに母親に甘えていたんだと思います。

そして大学になってある本を読んでいるとこんなことが書いてありました。


{「親」とは木の上に立って見ると書く。子供の失敗にいちいち親が手を差し伸べていては子供が成長しない}と。

あんな教育を受けていたせいかものすごく共感でき、感動しました。そして僕が中学生のとき父親と二人のときに「お前ら(弟)とは友達みたいな存在になりたいんだ。」と。もちろん「親しき仲にも礼儀あり」なので境界線はありますが、今では父となんでも話すことができ僕の親友のような存在です。

父には至らない点もたくさんありますが、全部ひっくるめても僕の一番尊敬している存在です。

同じことを何回も繰り返し失敗する人間は何を考えているのだろうか。



対人間の話。

生きていくうえで相手のことを理解しその人のことについて考えなければならないのは自然なことだ。

存在が近ければ近いほどその人への理解が深まり、考えさせられる。

人間が他の動物より優れている部分は「物事について考えられる」という能力が圧倒的に特化している。

生活を送っていく中、その人の特徴である「これをしたら喜ぶ」、「これをしたら怒る」ということを人間は学習することができる。

十人十色で感情は様々だが人にはそれぞれ特徴が必ずあり、少なからず僕自身はまずここを考えるようにしてきた。相手をより理解しやすいからだ。


しかし同じことを繰り返し、相手を怒らせる人間は何を考えているのだろうか。まったく理解できない。

それをしたら空気が悪くなることも、険悪になることも体験してきたのにも関わらず、同じことを繰り返し同じ下り。そうゆう人間は本質的な「バカ」なんだと思う。

学習することや理解しようとすることもなく、もはや動物との境界線は言語を操るかどうかに限る。

もはや怒る気力さえ失い無に近い。また怒っても同じことを繰り返す。こんな人にどう対処すればいいのかわからない。

呆れて何も言えない。