小学生にしては落ち着いた目をしていた。

好奇心は母のお腹に忘れてきたのか。

人生の何かを悟ったようなその瞳には何が写っていたのであろう。

もうその先に待っていることがわかったかのような瞳には、落ち着きと冷静さを感じさせるものがあった。


産まれて6年目に皆一同に小学一年生になる。

その流れる時間の中で、よく友達と語り合っていた。

高校生の自分の姿。

イメージできるこはそこまでだった。

自分が大人になる日がくるとは思えなかった。

永遠に来ることが無いような、まるで自分が他人にあってしまうような別の存在に感じた。

誰とどんなことをして、

どこに住んでどんな表情で生きているのか。

憧れの大人を見ては、大人になった自分と照らし合わせ希望に満ちたと思えば、

大変そうな大人を見ては、あんな風にはなりたく無いと眉間にシワを寄せていた。

私の小学生時代の前半は、父の転勤が多く色んな小学校へ行った。

転校する度に、置いてきたものは自分の個性だったのかもしれない。

たまたま同じ歳に産まれ、同じ学校へ通う気が合うかどうかなんてわからない人と群れること。

それがその頃を生き抜く絶対条件であった。

そこで培ったのは感情を隠す術。

喜怒哀楽を出さない方が波風立たずに過ごすことができる。

だからか、その瞳の奥には少なからず悟りのようなものを築いていたのかもしれない。

ポーカーフェイスを貫いたまま、中学生になった。


初恋は中学1年の4月。

桜の花びらが頬を通り抜ける優しい風と共に空を舞っていた。

空の青、雲の白、桜色、透明な風。真新しい制服がこれからの未来への期待の重さを、

袖の長いセーラー服に真っ白な靴下。

未来を先取りした制服を体いっぱいに感じながら。

1年3組。

悩んでいたくせ毛にストレートをあて、

少し女の子らしくなった私は、

教室で友達との会話を楽しんでいた。

突然隣のクラスの野球部の男の子は2人、「河内さんいますか?」と2つ隣のクラスの男の子が少し緊張した趣きで教室の中に入ってきた。

その子が着ていた制服は、もう一人その子が入れそうなくらい大きいサイズが気になった。


「2年生の川島先輩が『可愛い』って。それを伝えに来ました。」

その一言を伝える為にわざわざここへ?と疑問と戸惑いを隠そうと思うといつの間にか顔が赤くなっていた。

川島先輩は、まつ毛が長く顔の小さいジャニーズにいそうな整った顔立ちのピッチャー。

同級生には隠れたファンも多かった。

野球帽を被ると顔の半分が隠れてしまうが、

オーラは隠しきれないのは、

グラウンドでも一際光って見えた。

大きめのズボンに着崩した学ランの制服の着こなしが最近入学した1年生の憧れだった。

まだよく知らないが、

大衆ウケの良い先輩がなぜ私の事を知っているかと言うと、

私の2つ上の兄が同じ野球部だったからである。

何度かうちにも泊まりに来たことがあり、

リビングに並ぶ彼の寝顔を見たことがあった。

その顔を思い出し、

さっき言われた『可愛い』と言う言葉を重ね合わせ

次は顔が耳から赤くなった。

なぜ私のことを可愛いと思ってくれたのかわからなかったが、

一つわかることは飼っていた犬が、

初めてうちに来た時に『可愛い』と思った感情とは

違うことは確かであった。

次の日また例の2人が私の教室にやって来て

「これ渡してと言われたんで持って来ました」

同じ歳だが、何故か敬語であることに違和感があったが、

中学生の男女の精神年齢は5歳は違うと思うし、

先輩が目をつけている子に対して当然の配慮であるとも感じた。

その頃何故か、根拠のない自信が芽生え、

ちょっと鼻につく少女に仕上がっていた。

手紙の内容は、まるで告白のフォーマットが

文明の進化には付いていかない証明ができるかのごとく、

辞書で【告白】と引くとこの文が出て来るのかもしれない。

「好きです。付き合ってください」

付き合うの意味もわからない12歳。

だからすぐに「はい」と言えたのかもしれない。

そこから始まる沢山の初めてに、

心臓の鼓動が知らない音で鳴り響くことを知る。

人を好きになるということは自分自身や今後の未来を同時に疑うことを知ったのもこの時だった。

永遠を知らないのに永遠を約束したくなる矛盾があることも。