Chapter 14
もっとハンサムライフ
 
 杏仁は神山のオフィスに呼ばれていた。神山はテーブルに茶封筒を置くと言った。
「最初は手渡しのほうがいいと思ってね」
「なんですか、これ?」
「とりあえずこないだのギャランティー」
 封筒の中身を覗いて杏仁は驚いた。
「こんなに貰っていいんですか?」
 たった数時間の写真撮影で想像以上の額が入っていた。琢郎は改めてハンサムの凄さを思い知らされた。
「別の雑誌がまた來香と杏仁で表紙をやってくれってさ。どうする? やるよね?」
 今までは外人モデルしか出たことのなかった雑誌からのオファーだという。
「また表紙ですか?」
 他にも杏仁と來香のセットでのモデル依頼が山のように来ていると神山は嬉しそうだ。
「これから忙しくなるから体調管理、ちゃんとしてよー」
 光山杏仁として忙しくなることは嬉しかったが……。

 翌日、ランチが終わったこころ屋で、琢郎はヨネさんと本江に伝えた。
「え!? これからもっと休みが多くなるっていうんですか?なんで?」
 ヨネさんは納得いかない顔で琢郎に理由を聞いた。
 琢郎は、先輩の入院が長引き、しばらく自分が手伝いに行かないとその店が潰れてしまう、なんとか助けてあげたいと嘘をついた。
「人の店の心配するのもいいっすけど、自分の店の心配しようよ」
「すいません……。でも、俺が行かないとあの店潰れちゃうし……!」
「タクちゃん、あのね」
 ヨネさんがそう言いかけたところで本江が割って入った。
「大丈夫です! 私、夜の仕込み手伝いますから、がんばりましよう!」
「いや、本江さん、でもさ……」
 ヨネさんをなだめるように本江は北関東なまりで言った。
「大丈夫ですから。私、がんばりますから!!」

 実は、ヨネさんも本江も、琢郎が嘘をついていることは知っていた。
 琢郎が手伝いに行くと店を休んだ日に、病気で倒れているはずのその先輩が久しぶりにこころ屋に琢郎の料理を食べに現れたのだ。琢郎の嘘がバレた。
 でも、ヨネさんも本江も、よっぽど大切な理由があるのだろうからと、琢郎には黙っていた。
 もちろんその先輩にも口止めをして。
 だからヨネさんは苛立った。途中で「嘘をつくな」と琢郎のことを殴ってやりたい気持ちにさえなった。
 でも、「何か大切な理由があるはずだ」と本江が強い視線で訴えていた。
「ありがとう」
 琢郎はヨネさんと本江の思いも知らずに嬉しそうだった。

 翌日から杏仁のさらにハンサムな日々が幕を開けた。
 琢郎は週に3回こころ屋を休み、杏仁として撮影の日々に明け暮れた。
 來香と一緒にいくつもの表紙とグラビア撮影をこなした。
 今までのモデルにはない杏仁のエキセントリックなポーズの横で笑顔を見せる來香。クールビューティーと言われた來香のイメージは変わり、そのギャップから以前よりも幅広い層からの人気が出た。
 ハンサムは都合がいい。杏仁が繰り出すビンテージギャグを織り交ぜたポーズの数々を、ファッションライターは勝手にハンサムな解釈をした。
 コマネチのポーズは、腰から股間にかけて鋭く突き剌さる両腕が雷のようだと、こう言われた。

【エロティックサンダー~誘惑の稲光~】

 両腕を前に垂らし顔を前に出すダッチューノのポーズはガードせずに試合に挑む勇気あるボクサーにたとえられてこう名づけられた。

【ノーガードアタック~栄光への前進~】

 人気モデルの杏仁として過ごす時間は、琢郎にとってとてつもなく楽しい時間だった。
 街に出れば指をさされ、写メールをとられ、握手を求められた。勝手に電話番号を渡してくる女性もいた。混んでるはずのレストランに行けば、並んで待つ一般客を尻目にすぐに個室に案内された。
 撮影が終わると杏仁は來香とほぼ毎回食事に行った。
 來香にとって杏仁は自分の魅力を引き出してくれる最高のパートナーであり、素直に自分を出せる数少ない相手だった。
 ふたりの距離は会うたびに近づいていった。「付き合っているのではないか?」と噂するマスコミも出てきた。
 來香とー緒に歩くとどんな人でも振り向いた。杏仁は、誰もが羨む最高の服を手に入れたような気がして、最高に気持ちがよかった。
 今までだったらマイナスに見えていたものが杏仁になるとすべてプラスに変換される。琢郎は杏仁になることに、もうなんのためらいも感じなかった。
 ——ハンサムは絶対にやめられへんわ。