3月7日 黒田君へ
続けようよ。黒田君がポジティブになるまで。


3月10日 宇田川さんへ
もうポジティブになったので、大丈夫です。


3月11日 黒田君へ
なってないよ。
交換日記の相手に嘘をついちゃダメです。
あ、白井監督の映画、『誰かが見てる』以外にもDVDあるから、見てみたらどうかな? きっとすごく元気が出ると思う。それでここに感想書いてよ。
黒田君って、お店では全然喋らないから、ここでお互いのことをちょっと知ろうよ。
今日は、午後2時46分に……黙祷。


3月13日 宇田川さんへ
白井三太の映画のどのへんがすごいと思いますか??


3月14日 黒田君へ
どの作品もストーリーが良くできてると思う。
白井監督って、何年か前まで劇団やってたんだって。
今はもう解散しちゃったらしいんだけど、その劇団も見てみたかったなぁ。


3月15日 宇田川さんへ
そうなんですか。全然知りませんけど、たぶん、たいした劇団じゃない気がします。
この日記、そろそろ終わりにさせてください。


3月16日 黒田君へ
本当におもしろいのにな~。見てくれないなら、見たくなるようにあらすじ書くね!
白井三太監督『誰かが見てる』
主人公はイケメン俳優のマネージャー。この俳優が事務所のコネでいい映画の仕事をもらうんだけど、演技が下手! 監督が現場でこの俳優に、何度怒っても芝居が良くならない。心配するマネージャー。このマネージャー、じつは昔劇団に入ってて、役者を目指していたけど、今はもう諦めてる。そんなマネージャーが、演技が下手なイケメン俳優のために演技のポイントを説明したり、時には動きを付けたりしてあげるのね。でもイケメンは態度が悪くて、マネージャーに「偉そうにしてんじゃねえ」とか言うんだ。でね、ある時、監督がそのマネージャーの説明とか見ててね「おい、お前のほうがいいな」って、マネージャーの芝居を気に入りだしちゃうの。そして、イケメンをクビにして、マネージャーを俳優に抜擢しちゃうの。マネージャーが俳優になっちゃうんだよ!
映画をクビになったイケメンは納得いかなくて、そのマネージャーが俳優として成功していくのをあの手この手で妨害しようとする。
どう? 見たくなった?? かなり笑えるし、最後キュンとくるし、絶対見て!!
あと、この日記は続けます!
私にはその権利がある。
そうでしょ!?


3月17日 宇田川さんへ
せっかく説明してもらったのに、ごめんなさい。
全く見る気にならなかったです。
そして宇田川さん、お願いだから日記やめさせてください。


3月18日 黒田君へ
白井監督のことネットで調べてたら……黒田君の名前が出てきたよ。
監督と同じ高校で、卒業してからもずっと同じ劇団にいたって書いてあった。


3月20日 宇田川さんへ
それ……本当です。
僕と白井は高校の同級生で、文化祭の時に、あいつの作・演出で芝居をしました。出演者は僕とクラスメイト3人。その時の芝居がすごくウケて爆笑取って、それで……白井と僕はその時の気持ちが忘れられなくて、高校を出てから一緒に劇団作ったんです。あいつは脚本と演出、僕は俳優。ふたりでメンバー集めして、一番多い時には15人で活動していました。「房総ヤンキース」っていう劇団です。
ずっとコメディーだけをやり続けました。それが僕たちのこだわりでした。少しは演劇界から注目されたりもしました。「脚本がおもしろい」って。でも、客席が埋まることはなかなかありませんでした。
そんな日々が10年ほど続き、結局、メンバーで話し合って解散することにしました。僕と白井が28の時です。劇団を維持し続けるのもお金的に無理で、ちょうど結婚するヤツが出始めたタイミングでした。

僕は俳優を続けて、白井は演出助手をしながらチャンスを待つことにしました。
解散はしましたけど、僕たちはお互いに励まし合いながら、前を向いてそれぞれの道を歩み始めました。
しばらくして、昔から僕たちの劇団の芝居を見てくれていた映画会社のプロデューサーが、白井に声をかけました。「『誰かが見てる』を映画にしてみないか?」と。白井は引き受けることにしました。
『誰かが見てる』は、もともと房総ヤンキースの芝居だったんです。主演のあのマネージャー役は、僕がやっていました。
「絶対におもしろい映画を撮るよ」と白井は僕に連絡してきました。そして、こう言いました。「低予算の映画だけど、演技のクオリティーを上げたいから、全役オーディションをすることになったんだ。でも主役は黒田以外に考えられない。一応、形だけのオーディションだから受けてほしい。もちろん受かるように話をしておくから」って。
そしてオーディションを受けた。
でも……僕は落とされた。
一緒に劇団やってたメンバーは5人受かったのに。
主演の僕が受からなくて、僕の役は……あのマネージャーの役は、他の劇団の新人のヤツに決まった。
裏切られたんだ。僕は。親友に。
確かに『誰かが見てる』はあいつが書いた脚本かもしれないけれど、あの作品は、あいつひとりだけのものじゃない。あいつと僕らで作り上げたんだ。房総ヤンキースみんなで。なのに全部あいつの手柄になっていて……。
しかも裏切られた。
そんなあいつが、「話題の新人監督」とか言われたり、「将来世界で活躍しそうな新人クリエーター10人」とかに選ばれたりして。納得できると思いますか??
できないですよ。
そんな映画見れると思いますか??
あのオーディションに落ちてから、全てが上手くいかなくなった気がします。
よりネガティブな性格になった気がします。
これが僕という人間です。
こんな僕はみじめなヤツですか? 悲しいヤツですか?


3月21日 黒田君へ
ごめんね。何も知らずに……。
でもね。
こんなこと書いたら怒るかもしれないけれど、白井監督だって、黒田君のことを合格させたかったはずだよ。でも、そうはできなかった事情があったんだと思う。


3月22日 宇田川さんへ
どんな事情があっても、僕を使うって言うべきだったと思いませんか??
もしくは、僕でできないなら作るべきじゃなかった。
あんな映画……。
なのにあいつは作ることを選んだ。僕を切って。自分が上に行くことだけを選んだんだ。


3月23日 黒田君へ
仕方なかったんだよ。
きっとそうするしかなかったんだよ。


3月24日 宇田川さんへ
何が仕方ないんですか!? もう日記、やめにしましょう。本当に。
こんなの勝手に始めてごめんなさい。
もうここのバイトも辞めるんで、勘弁してください。


3月25日 黒田君へ
1ヵ月くらい前、休憩室のテーブルの下にこのノートが落ちてた時、「なんだろう?」と思ったよ。
開いたら私の名前が書いてあって……。
拾ったのが私でよかった。
私、前から黒田君のこと、気になってたんだ。
全然人の目見ないし、なんか自信ない感じだし。
私の彼氏もね……なんか黒田君に似てたっていうか。自信ない感じでね。前にうちのお店で働いてたんだよ。
だから、勝手だけど、黒田君のことを他人って思えないというか。
私の彼はね、芸人さんなんだ。
黒田君と同じで、夢に向かって必死にもがいて、もがいて……。
それで、「いつか自分の番組を持つ」っていう夢が、いよいよ来月、実現するんだ。
だけど今、すごく辛そうで。
彼、売れる前にね、長い間ずっと一緒にやってきた友達とコンビを解散したんだ。10年一緒にやってて、あと一歩で売れるところまできていたのに。その後、ライバルだった人と新しいコンビを組むことになって。
そうしたら、売れた。
本当は解散したくなかった。だけど、その時はそうせざるを得なかった。
それ以外に道はなかった。
彼ね、芸人としてブレイクすることがあれだけ夢だったのに、大きなチャンスをつかみ始めた今も、辛そうなんだ。
だからね、分からないけど……白井監督だって、辛い気持ちあると思う。


3月26日 宇田川さんへ
あなたに何が分かるんですか!?
僕の何が分かるんですか!!
宇田川さんの彼も冷たい人ですね!
勝ったヤツに負けたヤツの気持ちなんか分かるわけないんですよ!
もうやめます、この日記。本当に。
さよなら。
この日記、燃えるゴミに出してください。


3月27日 黒田君へ
イヤな気持ちにさせてごめんなさい。
だけどね、黒田君、自分でも分かってるはず。
黒田君が怒ってるのは白井監督にじゃないでしょ??
自分自身に腹が立ってるんでしょ?
オーディションに落ちたのは自分の力不足が原因だって分かってるんだよ!
分かってるから腹が立つんでしょ?
もしも白井監督が、情けで映画に使ってくれたらそれで嬉しかったのかな?
白井監督が、黒田君のために『誰かが見てる』を撮るのをやめてたら、それで嬉しかった? 友達が成功できずに自分と一緒のステージにいたら、本当に嬉しかった?
嬉しくないでしょ?? そんなことを一瞬でも考えてる自分に腹が立つんでしょ??
親友が成功を掴みかけているのに、自分が同じステージに上がれないことが恥ずかしくて辛くて、親友の成功をねたんでいる自分に腹が立つんでしょ!?
勝ったヤツに負けたヤツの気持ちなんか分からないって書いてあったけど……そんなことない。
勝ったらね、次も勝たなきゃいけない。負けられない。
負けた人の思いも背負って勝ち続けなきゃいけない。
勝つことのほうが辛い時もある。勝つことで辛くなる人だっているんだよ。
黒田君。
私なんかに言われたくないのは分かってる。でもね。
もし黒田君が次に進みたいのなら、『誰かが見てる』見たほうがいいと思う。


3月29日 宇田川さんへ
見ました。『誰かが見てる』。
全然おもしろくなかった。つまんなかった。
……って言いたかったけど、おもしろかった。最高だった。
主演のヤツの演技、すごく良かった。
僕より全然いいじゃねえかよ。
僕より全然うまいじゃねえかよ。
僕より全然おもしろいじゃねえかよ。
認めたくない。認めたくない。認めたくない。
でも、あいつのほうが良かったんだ。
あんなにおもしろい映画なのに、なんか悔しさと悲しさも混じって、笑いながら泣いちゃって……。
映画の最後のセリフ、あれは劇団の芝居にはなかったものです。
最後に主人公が、夢破れたイケメン俳優に言うセリフ。
──いつかあなたと一緒に、最高のものが作れる日が来ますように!!──
あいつが……白井が僕に言ってくれてるような気がして。
涙が止まらなかった。
一体僕は何をしていたんだろう? って思った。
その思いに応えなきゃいけないって思った。

実はね。こないだ受かった再現番組。何の再現かも分からずに引き受けたんだけど、それ、日本の若いクリエーターの人生を再現する番組だったんだ。まさかと思った。
出演者の一人に白井がいる。その白井の人生の再現、僕が受かってしまった。もちろんスタッフは僕と白井のことなんかまったく知らない。白井だって分かった瞬間、ふざけるな! って思った。こんなもん出来るかって! 二度とこの業界で仕事が出来なくなっても、これだけは出来ないって思った。
だけど。宇田川さんに言われて、映画見て。
やってやろうって思った! やらなきゃいけないって思った!!
あいつの人生を再現してやろう。あいつの人生を噛みしめてやろうって!
これはただの再現じゃない! 現場のディレクターに「そんな芝居いらない」って言われても、僕はあいつの人生を演じてやる! そして噛みしめてやる!
白井の人生を僕が生きることによって、あいつの気持ちがもっと分かるはずだから!
これはもう再現じゃないから! スタジオで僕の芝居見たあいつが、次の映画で僕を使いたくなるような芝居見せてやる!
宇田川さんのおかげで、次に進めます!
本当にありがとう! この日記、やって良かった。
それと最後に一つ。宇田川さんのことずっと好きでした。
あ、もう一個!
今日、卵割ったら、双子の黄身でした!


3月31日 黒田君へ
今日……やっと桜咲いたね。
平年よりも少し遅い開花だったけど、その分、すごくきれいに咲いてた。
努力すれば、絶対、……「誰かが見てる」。