6冊目

3月29日 甲本へ
久しぶりです。本当に。
あなたの娘さんから渡された日記、読ませてもらいました。
じっくりと。
感想を言わせていただきます。
ムカつきました。腹が立ちました。
怒りが込み上げてきました。
あなたの娘さんが良かれと思って僕に渡したことは十分理解できています。
あなたが5冊目を、僕が読まないと思って書いたことも分かります。
だけど、それを読み、あなたの気持ちを知って、余計に怒りが込み上げてきました。
僕はあなたと違うので、これを娘さんに渡したり、あなたの病院に持って行くこともしません。
いまさら、病気で死にそうですとか言われても、会いに行く気もしません。
葬式も行きません。
だから、この日記をあなたが読むことはないと思いますが、腹の虫が治まらないので、ここに書きます。
そして、あなたが死んだら、墓を調べて、そこにこの日記を叩きつけに行ってやります。

今、僕はタナフクとして、かなり売れています。
知っていると思いますが、ゴールデンで3本の冠番組と、深夜に1本番組をやってて、これからもう1本新しいトーク番組が始まります。
年収もあなたが想像するより、ずっとずっと高いです。
本気で思います。福田と組んでよかったと。
あのままあなたと組んでいたら、いつかどこかでふたりして芸人をやめていただろうし、そこから仕事を探したとしても、貧乏暮らしの、しがないおっさんだったでしょう。哀しい人生を送ってたことでしょう。あなたみたいに。
あなたの人生はどうだか分かりませんが、僕は幸せだと言い切れます。
だってそうでしょ? 仕事もプライベートも上手くいってるんだから。
あなたも知ってる麻衣子(宇田川さんのことです)と結婚して、13年目。目黒に家があります。でかいでかい家です。キャッシュで買いました。
自慢して申し訳ありませんが、本当にあなたと解散してよかった。
あなたが解散を切り出してくれたおかげで、今の僕がここにある。
でもお礼は言いませんよ。
言いたくもありません。
分かるでしょう??
この日記を読んで、あなたの本当の思いを知りました。へ~、そうだったんだと思いました。
僕のために夢を諦めた??
海外に行った?
上手くいかないこともなんとなく分かってた??
ふざけんなよ!!

お前から一方的に解散切り出されて、俺がどれだけしんどい思いをしたか分かってるのか!?
お前だって辛かったかもしれない。
世間的に見たら、俺は勝者、お前は敗者。
だけどな、ハッキリ言える。俺のほうが辛かったし、必死にがんばった。
「海外ロケが決まったから解散する」って言われてな、ライバルだった福田とコンビ組まされて、どんだけ辛かったか分かってるか?? 10年以上やったコンビ解散して、自分より年下で才能あって、しかもライバルだったやつと組まされて人を笑わせる辛さ、お前にだって分かるだろ!? ふざけんなよ!
だけどな、福田でよかったよ。
福田でよかった。
お前と解散してから何日かあと、川野さんに呼び出されて、「福田と組んでやり直さないか?」って言われてさ。俺は「少し時間をください」って答えたんだ。
断るつもりだった。
でも、その日の夜、福田が突然俺の部屋へ来たんだよ。そんでな、いきなり土下座したんだ。泣きながら。「僕と組んでください」って。「お願いします」って。その時には一言も答えられなかったけど、心動くよな。あれは。
だから、とりあえず、やってみようと思えた。
お前に逃げられてやることもないし、1年だけチャレンジしてみようと思った。
タナフクとして。
やると決めてからは、今までのイエローハーツの漫才のネタもパターンも全部捨てたよ。
またゼロから始めたんだ。
毎日ふたりで集まってネタを考えた。あいつ俺より年下だけどな、普段はお互い敬語で話してる。お前とはいつどこで会っても緊張感なかったけど、福田とは違う。会った瞬間、仕事のスイッチが入る。緊張感がある。
あの頃の俺と福田にはあとがなかった。だから必死にネタ考えたし、川野さんの番組でも、どうやってふたりで喋ろうか何通りもシミュレーションして臨んだ。
辛かったよ。年の差があるからコンビネーションもすぐにできるわけない。
だけど、番組に出て最初に漫才やった時、ウケたんだよ。
次もウケた。
その次もウケた。
ネタ以外の時もどんどんふたりで喋れるようになってきた。
タナフクでいることがだんだん楽しくなってきた。
お前は海外でどんどん辛い思いになっていったかもしんないけど、俺はどんどん楽しくなってったんだよ、タナフクが。皮肉だよね、今考えると。
半年が経つ頃には違和感も無くなってた。っていうか、最初から福田と組んでたらもっと楽に早く売れたのにって本気で思ったよ。あんな侘しい思い、しなくて済んだのにって。

福田はいいよ。
絶対漫才でも噛まない。
顔はカッコいいのに、おもしろい顔もできる。
声もお前より全然通りがいい。
運動神経よくて動き笑いも取れる。
ネタ合わせ、サボらない。
ネタをすぐに覚えてくれる。
ネタも一緒に作ってくれる。
そして何より漫才をして毎回ウケる。
お前とやってた時とは全然違う。
本当にタナフクになってよかった。

俺の中ではお前とのコンビ……ここに書くのも嫌なんだけど、イエローハーツは無かったことにしてる。だから、俺の過去をイジる番組とかでもイエローハーツの過去は出さないようにしてもらってる。
なぜなら、お前に腹が立ってるからだ。
だって、そうだろ? なんで福田とコンビ組んでがんばってこれたか?
お前への怒りだよ。
いきなり解散告げられて、自分は番組が決まったとか言って海外行っちゃって、そんなお前への怒りでやってきたからだ。
でも、その怒りはもっとでかくなった。お前の書いたこの日記読んで。
なんでか分かるか??
結局この日記全部読んだらさ、お前の行動が正義みたいになってるからだよ。
第三者が読んだら、お前の美談みたいになってるからだよ。
お前は正しくなんかないよ!
ひとつも正しくないし、カッコよくもない。
お前はそうやって自分のみじめさを打ち消すために、自分の取った行動に意味を付けて、自分のおかげで俺が売れたってことで自分の人生にも意味があったって、決着しようとしてるんだ。何が俺の出てるテレビを全部見てるだよ。見て欲しくもないよ。
読まなきゃよかった、これ。
娘の名前が黄色く染めて「きいろ」って、いつまで引きずってんだよ。
今を生きるよ、俺は。
リストバンドとか、ここに書いてあったの思い出して、本当に嫌な気持ちになった。

よかったな。癌になって。
ここらで幕引きするほうがいいだろ。
この先、生きてても辛いだけだろうしな。
さよなら。
終わり。
さよなら。
本当に終わり。

タナフク 田中 


3月30日 甲本へ
……終われないよ。
やっぱ終われない。
終われるわけない。
ごめんね、甲本。
別に甲本が生きてる間に読むわけでもないのに、ああやって書かないと自分が崩れちゃいそうだったからさ。
耐えられなくなっちゃいそうだったからさ。
ごめん、あんなこと書いて本当にごめん。

娘の黄染ちゃん。
甲本に似なくてよかったね。
かわいいよ。すごくかわいい。久美さんに似てる。
でも、ちょっとだけ、目もとが甲本に似てるね。
甲本、僕ね、知ってたよ。
甲本がここに書いてくれたこと。
やめた理由、知ってた。
解散する時までは知らなかったよ。
だけど解散決めたあとにさ、中山社長が全部僕に教えてくれたんだ。
甲本の気持ち。どんな気持ちで解散しようって僕に言ったか。
……なんか変だな。甲本に本音で書こうとすると、「僕」ってなっちゃうな。40過ぎてるのに。でも、いいよね?

喫茶店だよ。甲本が中山社長に呼び出されたあの喫茶店に、僕も社長と川野さんに呼ばれて話したんだ。社長が教えてくれた。甲本が自分の力に限界感じてるのも事実だけど、それだけじゃないって。
僕のために解散をするんだって。
それを分かってやれって。そして、福田と組んでもう一度やり直そうって。
……そんなこと言われても納得できるわけなかった。
甲本が本当に僕のためにと思ってくれてるんだったら、甲本の海外ロケが終わるまで待ってようと思った。本気で僕のためにと思ってくれてるんだったら、僕が待ってたらまた組んでくれるはずだって。
だけど、社長に言われたんだ。
「あいつには家族ができるんだ」って。
お金の話も聞いた。
その時、なんか初めての感情だったよ。そうか、甲本には僕以上に大切なパートナー、家族ができるんだよなって。それを一番に守らなきゃいけないんだよなって。
だから納得するしかなかった。
社長も川野さんも僕に言ったよ。
──甲本のために福田と組むんだ──
どうしていいか分からなかった。だから僕ね、芸人やめようって思った。やめてもう1度コック目指して働こうって。
けど、あいつがその日の夜いきなり部屋に来て、土下座されて、心が動いた。
1年だけやってみよう、1年やってダメだったらやめようって。
でも、福田と初めてマイクの前に立った日に、やっぱ思った。
僕は漫才やりたいんだなって。
芸人好きなんだなって……。

福田とタナフク組んで、なんかどんどん状況が変わってきた。タナフクとして、引き下がれないところまできてた。
甲本が出てる番組は見なかったよ。っていうか、見れなかった。番組が打ち切りになるって話は、川野さんから説明を受けた。
川野さんも、甲本をフォローするための番組を探すって言ってくれた。
でもその後、中山社長から甲本は芸人をやめて働くって話を聞いた。

甲本が芸人をやめる。
僕は甲本の性格を知ってるつもりだった。
甲本は芸人としてしか生きれない人間だって。
だけど、なんだろう。社長から甲本が芸人をやめるって聞いた時、なんかホっとした自分がいた。
僕はズルい。
僕にはすでにタナフクとして引き下がれない状況ができちゃって、タナフクとして夢が叶い始めてて、もし、ここで甲本がもう1回僕の前に現われて、イエローハーツ組もうって言ってきたらどうしようって思っていたんだ。
最低だよね。甲本は僕の夢のために自分の夢を諦めたのに。
もし、甲本が日本に帰ってきて、僕のところに来て「もう1回イエローハーツやろう!」って言ったらどうしてたのか? たまに考えるんだ。
たまに考える。
考えてみた結果、たぶん、僕はイエローハーツをやらなかったと思う。

僕はずっと自分に言い聞かせてきた。
甲本も芸人やめて辛いかもしれないけど、僕だって辛かったって。
僕のほうが辛かったって。
今は売れて冠番組もある。CMだってあって、DVDも出せば売れる。
でかい家もある。たぶん、今仕事がなくなっても一生食べていける貯金もある。
だけどさ、こうなって初めて気付いたよ。
売れるって辛いんだね。
仕事がどんどん入ってきて、レギュラー番組が増えていってさ、そうするとさ、自分らは番組に出てるけど、何年か前まで仕事が多かった芸人さんの仕事が減っていったりさ。
こないだまで大人気だったはずのテレビ番組が急に視聴率悪くなって、一気に番組が終わっていった先輩もいた。
毎日怖くて仕方ない。おもしろければいいじゃん! って思うのに、テレビだと視聴率で評価が決まる。顔には出さないけど、胃が痛む。
寝れなくてここ何年かずっと薬を飲んでる。
半年後には番組の視聴率が下がって、全部終わったらどうしようって毎日思ってる。
人気が無くなって、自分たちが出て行って喋ってもウケなくなったらどうしようって思う。
焦って、焦って、焦ってる。
いつからだろう。おもしろい若手が出てくると心からほめられない自分がいる。
……甲本、僕はダメだ。
どうしようもなくセコい人間になっちゃった。
毎日、焦る。
毎日が怖い。
そんで辛い。あれほど欲しかったものを手に入れたはずなのに。

だけど。
だけどね、甲本。
僕、間違ってた。
僕は辛いなんて言ってちゃいけないんだ。
この日記、頭っから読んで、思った。
僕の100倍、1万倍、1億倍、甲本のほうが辛いよね。
辛かったよね。
僕の辛さは、夢に向かっている辛さだった。
甲本は夢を諦めたんだもんね。その辛さ。
だから僕は辛いなんて言ったらダメなんだね。
ごめんね甲本。
本当にごめん。
甲本があの時、夢を諦めてくれたから、僕は今、芸人やれてる。
僕よりも甲本のほうが芸人でいたかったはずなのに。
なのに、ごめん。僕、辛いなんて言ってごめん。
たまにさ、ひとりで世田谷公園へ行っちゃうんだ。
甲本とネタ合わせした場所。
最後に漫才やった場所。
なんにも無かったけど、あの時のほうが楽しかったかもなんて思ってる自分がいる。
ごめん。
そんな風に傷ついてる自分を癒してくれた場所だなんて思えるのは、自分がまだ芸人をやれていて、仕事があるからなんだよね。
そんなことにも気付けなかった。

甲本……会いたいよ。話したいよ。
昔みたいに。
この日記にお互いの気持ちをぶつけ合って、腹立てて、悲しんで、笑い飛ばしたいよ。
もしイエローハーツのまま売れてたら、この日記続けてたかな?
続けてたら、今頃何冊目だったかな……。
黄色のリストバンド、まだちゃんと取ってあるよ。ずっと家にある。
タナフクとして売れて冠番組ができた時、1度だけ捨てようと思ったんだ。それが福田に対しての礼儀でもあるかなって思って。
そしたら麻衣子がさ、捨てちゃダメだって。「これは甲本さんが諦めた夢のかけらだよ」って。
だからずっと家に飾ってある。家にはイエローハーツがいるんだ。
あ、そうだ。僕がイエローハーツだったことを番組とかでイジらせないのは理由があるんだ。イエローハーツだったことを思い出したくないからじゃない。甲本がケジメつけて、芸人やめてがんばってるのに、それがテレビに出たら、甲本に悪いかなって。そう思ったから。
僕はイエローハーツだったことを今も誇りに思ってる。
本当だよ。

甲本、僕をこの世界に誘ってくれてありがとう。
人前で漫才をやる楽しさを教えてくれてありがとう。
笑いを取る快感を教えてくれてありがとう。
ネチネチした性格の僕とずっと組んでくれてありがとう。
僕のために夢を諦めてくれてありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
本当は今すぐにでも会いに行きたい。
行きたいけど、行けないよ。
甲本に会って、どんな顔していいか分からない。甲本だって僕が見るつもりで日記の続き、書いてないもんね。
甲本の中では決着してるもんね。僕とのこと。
だから会わないほうがいいんだよ。
葬式には行くから。
葬式には行って、この日記、棺に入れるからさ。
それじゃないと我慢できないよ。全部が。
生きてる甲本に会ったらさ。
会ったらさ、自分の人生を後悔しそうでさ……。
あの時、甲本のこと、引き止めればよかったって。解散しなきゃよかったって。
甲本だって、僕のために夢を諦めてくれたのにさ。
誰かのために自分の夢を諦めるってすごいよ。
すごい。
親でも兄弟でもないのに……。
甲本と漫才がしたい。
漫才がしたいよ……甲本とさ。

こんなこと書いてて、福田には申し訳ないと思う。
だけど、甲本と漫才がしたい。
福田と違って、甲本は本当によく噛むよ。
おもしろい顔は福田のほうが上手い。
声も福田のほうがいい声してる。
動き笑いも福田のほうがよくできる。
甲本はネタ合わせ、よくサボるけど、福田はサボらない。
福田はネタをすぐに覚えてくれる。
福田は甲本と違って、ネタも一緒に作ってくれる。
そして甲本とやってた時と一番違うのは、毎回ウケる。
超ウケる。

だけどさ。
だけど。
なんだろう。
楽しかった。
甲本とやってた時が一番楽しかった。
ストリップ小屋で誰もうちらの漫才なんか見てくれてなくても、パチンコ屋でうちらの声が誰にも聞こえてなくても、でもさ、楽しかったんだ。

ごめん……。
でも、こらえきれなかった。

また会えるかな?
甲本が死んで、僕も何十年後かに死んでさ、そしたら会えるかな。
甲本、天国に行ってよね。地獄行かないでよ。
僕は天国行くから、甲本が地獄に行っちゃったら会えないでしょ。
でも、甲本が地獄にいるって分かったら、地獄に行くかもね。
一緒に漫才するために。
僕が死んだら、会おうね。
また。


3月30日 甲本へ
ごめん。
さっき、ひとつ嘘をついた。
もしあの時会ってたら。
甲本が日本に帰って来て、僕のところに来て、イエローハーツをもう1度やろうって言ってたら。
僕は……イエローハーツ、やったと思う。
絶対に。
だけど、このことを甲本に伝えても、甲本ならきっと後悔しないよね。
やっぱり会いたい。会わなきゃいけない。
今からこの日記を渡しに行く。


3月31日 田中へ
ありがとうな。
またやろうな。
イエローハーツ。
天国で。






「天国漫才」

甲本 はい、どうもー、イエローハーツです!
田中 いやー、まさかこうやってまたあなたと漫才できるとは思いませんでしたね。
甲本 僕も嬉しいですよ。天国で漫才してるわけですから。
田中 え? 僕、死んだの??
甲本 気付いてないの!? ガッツリ死んだでしょ!
田中 あ~、死んだんだ~。あなたも?
甲本 あなたより何十年も先に死んでますよ! 死ぬ時看取ってくれたでしょ!
田中 で、あなたは娘に刺されて死んだんだっけ??
甲本 刺されてませんよ! うちの娘はそんなことしません!
田中 そうだよね。かわいいもんね、お前の娘は。
甲本 嫁に似てかわいいんですよ。
田中 名前もかわいいもんね。黄色く染めると書いて「パンツのシミ」だっけ?
甲本 おかしいだろ! 名前がパンツのシミって。
田中 いいじゃない。卒業式で名前呼ばれて目立つよ。「甲本パンツのシミ!」
甲本 「はい!」……って泣けねえよ、その卒業式! みんなクスクスだよ!
田中 ここの客はみんなクスリともしないけどね!
甲本 そんなことない! みんな笑顔でしょ!
田中 死んでるのになんで笑顔でいられるんですかね?
甲本 死んだから笑顔なんですよ! ここ、天国ですからね!
田中 みなさんテンション高いですね。死んでるのに!
甲本 死んだんだからいいだろ! テンション高くても。
田中 みんなー、夢はあるかーい??
甲本 そういうこと聞かないの!
田中 いやー、今日は久々にお前との漫才だから燃えるよね! 燃えまくり!
甲本 ここであんまそういう言葉使うのやめとこうか?
田中 なんでよ! いいじゃない! 燃えるよね! っていうか焼けたよね?
甲本 焼けたとか言わない!
田中 みんなホネがあるやつばっかだね!
甲本 はい、わざとだね!
田中 でもこうやって死んだ側になると、自分の葬式見てて笑っちゃいますよね。
甲本 なんでですか? 不謹慎でしょ、葬式で!
田中 いるんですよね~。焼香の時悩んでる人いるでしょ? 1回か3回かって。
甲本 まあまあ、確かにいますね。あれ前の人見てチェックしたりね!
田中 僕もたまに分からなくなっちゃうんですけどね。
甲本 焼香ですか?
田中 僕の昔の彼女、翔子っていうんですけど、名前が焼香だったか翔子だったか。
甲本 翔子に決まってんだろ!
田中 翔子とは3回ヤッたか1回ヤッたか悩むんですよね!
甲本 どっちでもいいよ! つうか、3回か1回かだったら彼女じゃねえだろ!
田中 そんなにカッカしないで! 死んじゃいますよ!
甲本 死んでる! ここ、天国!
田中 ちょっと甲本君、いいですか?
甲本 なんでしょう?
田中 せっかくこうやって久々に漫才できてるわけだけど、イマイチ笑いが来ない。
甲本 そうですかね? 笑ってるでしょ?
田中 いやいや、もっと笑わせないと! でも、それは僕らに問題があるんです!
甲本 どんなところに?
田中 天国ともなれば、ここはここでおもしろい漫才師沢山いるわけですから。
甲本 まあ、そりゃそうですけど。
田中 僕らみたいなキャラ無しコンビじゃ、天国で笑い取れないよ。
甲本 天国は天国で大変なんだね! じゃあ、どうしたらいい?
田中 外見だけでももうちょいインパクト与えるキャラじゃないとね!
甲本 まあ、僕ら結構普通ですからね。
田中 どっちかがデブってよくいるじゃないですか。
甲本 よくいます。
田中 うちらは両方太ろう!
甲本 暑苦しいわ!
田中 じゃあ、Wでメガネは?
甲本 もういますよ!
田中 Wでサングラスは?
甲本 あぶない刑事になっちゃうでしょ。
田中 じゃあ、Wでリーゼント。
甲本 それじゃあ、ビーバップ! ヒロシとトオル。
田中 じゃあ、Wでハゲ。
甲本 ただの冴えないサラリーマンのふたり組でしょ。
田中 俺、上司ね!
甲本 どっちでもいいわ! ハゲは嫌です!
田中 え? スキンヘッドなのに!?
甲本 もっと嫌だわ!! スキンは嫌だ!!
田中 あ、瀬戸内寂聴にチクろう。
甲本 なぜチクる? ってか、そんなルートあんの!?
田中 じゃあ、衣装を変えようか! Wでオーバーオール。
甲本 オーバーオールだったら、他にもいそうですよ!
田中 え? Wでヒゲだよ?
甲本 マリオとルイージになっちゃうでしょ!!
田中 ふたりとも緑色だよ。
甲本 Wでルイージ!? せめてどっちかマリオにして!
田中 本当、お前はどうしようもないアイディアばっかり言うな!
甲本 お前だろ!!
田中 僕ら死んでるわけですから、もうちょっとそういう雰囲気出していこう。
甲本 たとえば?
田中 ふたりとも、三角の形の布で──。
甲本 はいはい、なるほど。
田中 乳首を隠す!
甲本 着エロアイドルじゃねえかよ!
田中 違いますよ! でも、水に濡れて透けてもいいよ!
甲本 だから着エロだろ! おっさんふたりが布で乳首隠して気持ち悪いだろ!
田中 その後はAV転向ね!
甲本 やっぱ着エロだろ!
田中 じゃあ、こうしよう。天国ですから死人らしいコスチュームでいこう。
甲本 どんなんですか?
田中 やっぱ白でしょう! 顔に白い仮面!
甲本 ジェイソンだろ! ここ、天国ですよ!
田中 ふたりとも仮面ですよ!
甲本 Wでジェイソン?
田中 薄い白がボケで濃い白がツッコミ!
甲本 分かりにくいわ!
田中 仮面が嫌なら、全身白塗りでいこう! 白塗りで白い海パン。
甲本 呪怨の子供だろ! 気持ち悪いわ! 天国だって言ってんだろ!
田中 だったら、顔はアゴのあたりに青い色を入れてもいいけど。
甲本 デーモンになっちゃうだろ! 天国に悪魔、おかしいだろ!
田中 そんなに白塗りが嫌なら、白塗りやめて海パンだけにしようか?
甲本 白い海パン履くのは、海辺で張り切ってる男だけ! ここ、天国ですよ!
田中 じゃあ、白い服着て、長い髪して、テレビから出てくる!
甲本 リングになっちゃうだろ!
田中 知ってる? ヨシ子?
甲本 貞子だよ!
田中 俺の元カノ翔子だって!
甲本 元カノの話してねえだろ!!
田中 翔子とは3回か1回か教えて!
甲本 知らねえよ!!
田中 まったく、こういうやつをアホって言うんですよ。
甲本 お前だろ!
田中 じゃあ、お前はバカだ。
甲本 バカじゃないよ!
田中 じゃあ、大バカです。
甲本 大バカってなんだよ!
田中 だって友達のために夢を諦めちゃうんだから。
甲本 天国に来てまで言うことじゃないでしょ!
田中 本当、こいつには感謝してること沢山あるんです。
甲本 恥ずかしいから言わなくていいですよ。
田中 もともと高校卒業して、こいつに誘ってもらって芸人になったんですよ。
甲本 僕が誘ったんです。
田中 だけど、全然売れない!
甲本 運も大事ですからね。
田中 売れなかったのは、僕のせいです!
甲本 いやー、お前のせいじゃないよ。
田中 いや、僕のせいですよ! だって、ツッコミ変わったら、僕売れたんだから。
甲本 俺のせいって言ってるようなもんじゃねえかよ!!
田中 こいつと別れた後に、福田ってカッコいいやつとコンビ組んでたんですけどね。
甲本 タナフクってコンビで、ドカーンと売れちゃってね!
田中 でも、福田よりお前のほうがいいところ一杯あるよ!
甲本 そんなことないですよ!
田中 ありますって!
甲本 じゃあ、せっかくだから教えてもらっていいですか?
田中 漫才中によく噛む!
甲本 田中君? いいところって言ったでしょ?
田中 すいません! 漫才中の大事なところでよく噛む!
甲本 田中君!?
田中 漫才のネタのスピード上げようって自分で言って噛む!
甲本 嫌味か!!
田中 そのくせ、責任とって舌は噛まない!!
甲本 死ねってこと!?
田中 でも、そのくらい人間っぽい人のほうが漫才やってて楽しいんです!
甲本 全然嬉しくないんですけど!?
田中 でも、ここから本当にいいところ! 昔こいつと交換日記やってたんですよ!
甲本 お互いの言いにくいところを言い合うためにね。
田中 そのおかげで、ずいぶん色んな思いを伝えられました。
甲本 僕も死ぬ何時間か前に、こいつに最後の日記書いたんですよ!
田中 あ~、あれは胸が熱くなりました! なんて書いたか教えてあげて!
甲本 「またやろうなイエローハーツ」
田中 「地獄で」
甲本 天国だろ!
田中 地獄でも、お前と漫才できたら、そこは天国でしょ!
甲本 天国漫才!!
田中・甲本 どうも、ありがとうございました!
(END)



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