４冊目
１月14日 田中へ
ＢＢの話、聞いたか？ ここまで相当ウケてるらしいぞ。
かなりテンポを上げた漫才をしてるらしい。
あいつらなりにめちゃめちゃ稽古したんだろうな。認めたくないけど認めるしかない。
しかも福田のツッコミもかなり冴えてると聞いた。こうなると「俺のツッコミをパクりやがったな！」とか怒っていられない。
どうだ？ 俺も大人になっただろう。
そして、ボケの橋本だ。あいつもただのイケメンかと思ったら、あのカッコいい顔を壊してオモシロ顔でボケてるらしい。
ってことで、お前もオモシロ顔を入れてくれ!! ……なんてことは言わない！
カッコいいやつが変な顔したほうがギャップがあるからな。
まあ、お前には顔ボケとか似合わないし。
些細だが、ツッコむ時に俺も表情作ってみようと思ってる！
そんで、今日のネタ合わせを受けて、１個提案がある。
スピードをもうちょい上げてみないか？
ボケ数を限界まで増やしたい。
とりあえず、明日のネタ合わせからやってみよう!!
１月14日 甲本へ
スピードを上げてボケを足すのもいいけど、まずは確実に笑いが取れるようにしよう。
とりあえず明日のネタ合わせで１度やってみるのはいいけど。
１月15日 田中へ
やっぱりスピード、まだ上げられると思う。
スピードを上げた途端に俺が噛みだしたから不安に思ったんだろ？
大丈夫だ。前のＭ－１の予選みたいなミスはしない。
あの時とは稽古量が違う。まだ時間もある。
スピードを上げれば、ボケが２個は足せることが分かったから、整形のくだりで、ホクロとタトゥーのボケを足そう。
あそこで２個ボケが増えると、その後のボケが更に大きくウケる気がする。
笑いの数が２個多くなれば、印象も全然違うだろ。
絶対に勝ちにいくには、それしかないと思う！
１月16日 甲本へ
今日のネタ合わせ。50回以上合わせて、すんなりできたのが10回。
危険だと思います。
やっぱりスピードが早すぎて、全体が伝わりづらくなるんじゃないかなって不安です。
それと、もしあのボケ増やしたところで噛んだりしたら、ネタがあそこで途切れた印象が大きくなって、終わりまで引きずると思います。
甲本だけのことじゃなくて、僕もあのスピードでちゃんと言えるか怖いです。
足さないやつでネタを固めて練習したほうがいいと思います。
１月16日 田中へ
今日も家に帰ってからめっちゃ自主練してるし。
大丈夫。っていうか、大丈Ｖ（懐かしいだろ。シュワちゃん）。
とりあえず明日の『恋Ｑ』の前説で、今日の足したパターンでやってみて決めよう。
１月17日 甲本へ
やっぱりボケを足さないやつにしよう。
甲本は完璧だったけど、僕、２回噛んだし……。
自信なし。
１月17日 田中へ
大丈夫だよ！ 今日のお客のウケ具合見てたら、かなりいいと思う。
お前が噛んだことにも、誰も気付いてなかったでしょ。
足したパターンでいこう。
１月17日 甲本へ
確かに今日はウケてたけど、コンテストでは、噛むとお客さんにその緊張感とミスした感じが伝わって笑いが減るから危ないと思う。
アンパイを取っていこうよ。
１月17日 田中へ
明日の営業で足したパターンをもう１回やってみて、それで決めよう。
お前は大丈夫！ 才能あんだから。できるよ!!
１月18日 甲本へ
甲本の言うとおりでした。
今日の営業のネタ終わりのお客さんの拍手。あんなの営業で見たことない。
ボケ数２個足して今日みたいに上手くいくと、あそこからスピード感と爆発力が一気に足された感じがした。
漫才終わった瞬間、正直、鳥肌が立った。
甲本のツッコミ、完璧だった。すごかった。
あのスピードで噛まないどころか、顔までおもしろく作ってたし。
僕も不思議と落ち着いてできた……。
足したパターンでいこう。っていうか、あれでやらせてください！
１月19日 田中へ
すごかったな。今日は１００回合わせて、90回以上、上手くいったな。
公園のベンチでいちゃいちゃしてたカップルも、途中から本気で俺らの漫才見て笑ってたもんな。
イケる！ 絶対イケる！
さっき紺野さんに呼ばれてバーに行ったら、明日の夜、決勝進出のお祝いパーティーのために店を押さえておくからって！
あと、竹山さんに幸運のベッキーの話が伝わってて、同じ事務所だからって、わざわざベッキーの写真撮ってきてくれて、紺野さんに渡しといてくれたんだ。
ありがて～な！
ちなみに今日の夕飯は久美が作ってくれたトンカツ。そう、「勝つ」からトンカツ。
あまりにもベタすぎるだろと思ったけど、やっぱ嬉しいもんだな。
食べたらすげーパワー出てきた。
勝つ!! 絶対勝つ!! 勝って決勝出て、売れて有名になりて～～～～～～～！
借金を全部返して、久美の仕事もやめさせて、万全の体制で安心して子供を産ませてやりて～～！
だから勝つ!!
神様は俺たちに勝たせてくれるよな??
１月19日 甲本へ
絶対勝てる!!
なぜならＢＢより、イエローハーツのほうが絶対おもしろいから！
明日はユーチューブでデーブ・スペクターの映像を見てから行きます。
明日、勝つ!!
１月20日 田中へ
ごめん。
１月20日 甲本へ
甲本のせいじゃない。
なんで謝るの。謝らないでよ。
１月21日 田中へ
ごめん。俺のせいだ。
俺が２回も噛んだから。
俺がスピード上げようって言って、ボケ足して、そんで自分で噛んでしまった。
あそこまで完璧だったのに。
噛んだ瞬間、空気が止まったのが分かった。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
ごめん。
本当にごめん。
すいませんでした。
俺が噛まなければ絶対勝ってた。
１月21日 甲本へ
甲本のせいじゃない。
あそこに行くまでに、僕もカツゼツ怪しかったし、僕のその崩れかけたテンポに甲本を引っ張り込んじゃった感じになったから。
甲本はまったく悪くないよ。
僕のほうこそ、ごめん。
１月22日 田中へ
謝るなよ！ お前が謝るなよ。
誰がどう見たって俺のミスだ。
なんだろう。
笑軍の予選が始まってから……芸人になってこんなにテンション上がったの初めてだった。
勝ち進んでいくうちに、これまでの10年間がウソみたいに自信が湧いてきた。
俺、才能あるんじゃないかって思った。
俺は才能がないんじゃなくて、チャンスがなかっただけなんだって思った。
でも、違ったみたいだ。
バカだな、俺。
決勝の10組に残ったら、仕事増えて、金も稼げるだろうって考えて、欲しいものを紙に書き出したりしてた。アナログのテレビ買い換えて、古い洗濯機も買い換えて、久美の腹がもっと大きくなったら掃除しなくてもいいように、勝手に掃除してくれる機械みたいなのも買おうとか色々考えてた。
引っ越す家も探したりしてた。
結婚式も派手にやってやろうと思ってた。
赤ちゃんの服はもらいものじゃなくて、全部買ってやるって久美にカッコつけて言ってた。
でも、全部単なる妄想で終わっちゃった。バカだな。俺。
久美の言葉が辛かった。「ここまでこれたってことは、才能があるってことじゃない」
本当にそうなのかな??
思うんだ。この数週間、神様のサービスだったんじゃないかって。
とりあえず10年間芸人やってきたご褒美に、ちょっとだけいい気持ちにさせてやろうと思ったのかもって。いい気持ちにさせてくれた代わりに、最後に、「お前、才能ないの気付けよ！」って現実を見せたのかもって。
最後のサービスタイムだったのかも。
ごめんな、田中。
あんなにいいネタ書いてくれたのに。
俺と組まなきゃお前はもっと早く売れてたんだよ、きっと。
俺はバカだ。クズだ。誰も幸せにできない。
１月22日 甲本へ
なんで神様がそんな回りくどいことするんですか!?
久美さんの言うとおりだよ。気付かせてくれたんだよ。才能があるって。
こないだの準決勝、ネットで中継されてるわけだし、仕事も増えるはずだよ。
また来年の笑軍に出ればいいでしょ？
今年見つけたパターン、もっと磨いていけるよ。
芸歴が12年目に入ったら今のネタ、もっとおもしろくなる。12年売れないっておもしろすぎだよね。いいフリになるよね。
「干支ひと回り分売れてない」ってボケも足せそうだし。
あとね、このネタは僕が書いたわけじゃない。ふたりで作ったんだ。
とにかく、またがんばろう。
営業でもウケ方、絶対変わるはずだから。
１月23日 田中へ
現実に引き戻された感じだった。またパチンコ屋の営業。
誰も聞いてくれてなかったな。
笑軍出てる時は、みんなが俺らの漫才に集中してくれたのに。あんな場に立てることがどんなに幸せなことかを、一瞬忘れてた。
中山社長に聞いたら、ぶっちゃけ、仕事のオファーはあんま変わってないって。
増えてるわけじゃないって。
Ｍ－１もそうだけど、ファイナリストにならないと意味がないんだよ。準決勝進出じゃダメなんだよ。最後の10組に残らないと意味ないんだ……。
ごめん……。
１月23日 甲本へ
謝らないでって。甲本が悪いわけじゃないって言ってるでしょ。
笑軍で、イエローハーツの知名度は確実に上がったわけだし、他事務所の色んなライブに出してもらえるチャンスも増えるよ。
１月24日 田中へ
今日の営業、すっぽかしてごめん。
昨日の夜、紺野さんのバーで飲みすぎて起きれなかった。
申し訳ない……。
やっぱり、俺はお前の足を引っ張ってる……。
１月24日 甲本へ
大丈夫だよ！ 井口に電話したら、あいつが代わりに来てくれて、なんとかなったから。
仕方ないって。飲みたい日もあるよ。
１月25日 田中へ
俺、バイトしようと思う。
久美が昼の仕事以外にもバイトするって言うけど、さすがにそれはさせられないから。
井口の口利きで、引っ越し屋を始めようと思ってる。日当８千円くれるらしい。
紺野さんのバーでバイトさせてくれるって言われたんだけど、なんか、よくないかなと思ってさ。
バイトすること、あんなに文句言ってたのにな。でも、とにかく借金だけでも返さないとな。子供のために。
お前はバイト、大丈夫か??
１月26日 甲本へ
バイト、いいと思う！ そこでネタも見つけられるから！
今日、麻衣子が仕切って残念会を開いてくれた。そこに店長が来て、「今週からシフト空けてあるから」って。ありがたい。
でも、前よりも回数減らして、甲本とネタ合わせする時間を増やそうと思います。
１月27日 田中へ
前にここに書いたよな。
「俺たちには華がない。運がない。キャラがない」
あれは間違ってた。
俺たちじゃなくて……俺には……だった。
しかも、「華がない。運がない。キャラがない」だけじゃない。俺には勇気がない。度胸がない。若さがない。実力がない。貯金がない。ない、ない、ない……。
ごめん。俺には何もない。
１月27日 甲本へ
まったく、どんだけヘコむの!?
ヘコんだって仕方ないでしょ！
それに、何もないわけじゃない。僕らには力があるんだって。
粘る力がある。
続ける力がある。
続けることが一番難しいんだから……。
１月28日 田中へ
今日、すごいことが分かった。本屋で占いの本を見て分かった。
俺は大殺界だった。
やっぱ俺のせいだ。ごめん。
１月28日 甲本へ
大殺界とかよく分からないけど、先月くらいに麻衣子が占いの本を持ってて、僕のことを見たら、「大殺界だから気をつけて」って言ってた。僕だってそうなんだって！
甲本のせいじゃないです。
１月28日 田中へ
田中は12月で抜け出したんだよ。
俺は今年が大殺界。
俺のせいだ。ごめん……。
１月28日 甲本へ
もう謝るのいいから！
でも、今年が大殺界なら、来年はチャンスでしょ！
１月28日 田中へ
大殺界は３年あるんだよ！
だから俺はこれから３年間、大殺界。
田中は去年抜けて、今年が種をまく年……。新しいことを始めるのがいい年。
１月29日 甲本へ
分かった。こうしよう。
待つから。甲本が大殺界抜けるまで、運勢がよくなるまで何年でもがんばろう!!
明日、笑軍の決勝だね。
見たくないけど、見ようと思う。
なんか、見ることが大事というか……見ないと負けた気がするっていうか。負けたんだけどね。
どうせなら僕らを負かしたＢＢに優勝してもらいたいな……。
１月30日 田中へ
なんかさ……よりによって俺の誕生日が決勝の日なんてさ……。
意地悪だよな、神様。
生放送では見れなかった。久美も気を遣って、笑軍のこと全然言わなくて……。
ケーキ買って来てくれて、料理作って誕生会してくれてさ。お腹の子供のためにＤＶＤを見ようって、ディズニーのアニメ見てさ……。
気が早いだろ？ でも、腹に耳当てたら動いてるんだ。本当に動くんだな……。
めっちゃ嬉しかった……。最高の誕生日プレゼントだと思った。
笑軍は見ないことにしようと思った。でも気になって仕方なかった。
久美、寝てからさ……久美のパソコンでユーチューブで見たんだ。
ＢＢ惜しかったな。
橋本が噛んでなきゃ優勝してたな。
福田、泣いてたな……。
悔しかったんだろうな。
なんか、それ見てたら俺も泣けてきた。
福田はどんな気持ちで泣いてんだろうって思ったら。橋本が噛んだせいだと思いたくないけど、本当は心のどっかで思ってる気持ちがあるんだろうなって。
田中、お前も本当は泣きたかったんだろう？
俺、準決勝終わった夜、紺野さんのバーでずっと泣いてた。
だけど、ごめんな。
一番泣きたいのはお前だったよな……。申し訳ない。
大殺界がどうだとか言ってるけど関係ない。
俺は芸人に向いてないのかもしれない……。
１月31日 甲本へ
正直、勝ちたかった。
死ぬほど負けて悔しかった。
でも、泣いてなんかいません。
スッキリしてる自分がいた。なんだか分からないんだけど。
笑軍に出るまでは、ずっと真っ暗な森の中をさまよってる感じがして不安だった。
だけど、あそこのステージに立ったことによって、光の方角が分かったって言うか、森の中からの出口が分かった気がしたんだ。
僕らみたいな売れてない芸人は、出口が分からない人がほとんどだと思う。
でも、出口が見えたんだ。
がんばり方が分かるってすごいことだと思う。
あと、甲本ほど芸人に向いてる人、いないと思います！
臆病で、ヘコみやすくて、繊細で……おもしろいから！
２月３日 田中へ
ＢＢの橋本……なんで飛んだのかな……。
事務所に宛てた手紙には、「自分は芸人に向いてないです」とだけ書いてあったらしいけど。まだ連絡もつかないって……。
相当なプレッシャーで円形ハゲまでできてたって。
どうすんだろうな……ＢＢ。
２月４日 甲本へ
ＢＢ、解散だってね。
橋本、ちょっと病気気味になっていたんだって……。弱かったんだね。
でも、福田だったらひとりでやっていけるかもね……。なんか残念だけど。うちらを負かしたＢＢがいなくなるって。
それと、来月、出させてもらえるライブが３つ決まったから。
やっぱ笑軍準決勝進出の看板は強いよ!!
僕らは笑軍に出て、ただ負けたわけじゃない。
負けたけど、次につながるチャンスは掴んだんだよ。
ただの負けじゃない。っていうか、「負け」って言葉がよくないのかもね。
勝負したら、勝ちと負けのふたつに分かれるけど、世の中には単純に２種類に分けられることなんかないって思う。
男と女。でも、色んな男がいて色んな女がいるように、勝ちと負けでも、色んな勝ちがあって、色んな負けがある。
だから負けの中にも色んな色の負けがある。
イエローハーツの負け方は、なんか黄色っていうか、「先が明るい」っていうかね。
次勝てば、今の負けが、勝つための準備になるっていうか……。そんな気がするんだ。
言いたいことがよく分からなくなった。
ごめん……。
２月５日 田中へ
なんか変わったな、田中。
前のお前はそんなに熱くなかったのにな。
なんだろう？ 年取ると熱くなるのかな。
確かにお前の言うとおりかもな。ただの負けじゃないな。
準備なのかもな。準備！
２月６日 甲本へ
遅くなったけど、誕生日プレゼントと入籍記念のプレゼント、入れておきます。
おめでとう!! 本当におめでとう。
たいしたもんじゃなくてごめん。
売れたら、今度はちゃんとしたもの渡すから！
２月13日 田中へ
今日は言っておきたいことがふたつある。
ひとつはお礼。
プレゼント、ありがとうな。
ありがとう。嬉しい。
名前辞典……使わせてもらうわ。
久美、ずっと読んでる。なんか俺、名前辞典を見てる久美の顔を見てるだけで、幸せ感じちゃってんだよね。
もうひとつ、言っておきたいこと。
解散しよう。
もうイエローハーツでやれることはやったと思う。分かるだろ？
だから解散しよう。
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