弔意
インターネット記事の内容に目を疑ったが、
元日本代表選手の松田直樹選手が8月2日の練習中に突然意識不明になり、
病院で搬送されて懸命の治療を受けるも、意識が回復せず、8月4日に亡くなった。
まだ34歳。
自分よりも3歳上で、マリノスに若くしてデビューして以来彼のプレーはよく見ていた。
中田英寿や宮本と同じ世代で、1996年アトランタオリンピック、2002年日韓ワールドカップで
中心選手だった。
当時は全ての代表戦を生中継で見て、全てのJリーグ番組も見ていたので、思い出せば思い出すほど、様々なプレーが思い起こされる。
恵まれた体格に加えて身体能力が高く、とにかく人に対して強い選手だった。
DFの選手だがタイミングよくボールを奪った後には、どんどん前線に上がったり
積極的に攻撃的なロングパスを出すこともあった。
プレーに気持ちがよく現れる選手で、チームがちょっと落ち込んだり流されそうになったときに
一つのプレーでチームに「気合い」を入れなおすような、そんなことが出来る稀有な選手だった。
16年間横浜マリノス一筋だったが、2010年末にチームから世代交代の為に
戦力外通告を受けて退団をした後は、Jリーグの一つ下のセミプロリーグに相当する
JFL(Japan Football League)のチームに移籍した。
移籍当時に記者会見の内容をインターネット記事で読んだが、「カズさんがやめない限りやめたくない」
と言っていたのが、カズってやっぱり皆に尊敬されているんだな、ということと
マツってサッカーが本当に好きなんだなぁ、という両方の意味で、印象的だった。
松田直樹「カズさんがやめない限りやめたくない」 松本山雅FC入団会見 2011年1月11日(火)
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/jleague/2010/text/201101110006-spnavi.html
とここまで書いていたら、やはり涙が出てきました。
マツがプレーを通じて幾度となく見せてくれたその「日本の魂」、忘れません。
ご冥福をお祈り致します。
翻訳・通訳の進化
大学で第2外国語として勉強したフランス語や、
会社で内定者時代から強制的に2年間勉強させられた中国語が身についていないことから、
恐らく語学は得意ではない。
いや、その場の授業中では完全に理解するのだが、勉強の動機・気合に持続性がなく、
授業以外の場で勉強を全くしないという、超怠け者の性格のせいかもしれない。
当時フランス人や中国人に熱烈に Fall in Loveしたら、あっという間に覚えたんだろう。
結局、語学はやるかやらないか、だし。
よくある話で、海外出張者や駐在員はその国の女の子がいる夜のお店にハマり、通い詰めるうちに
語学を覚えていくというパターンがあるようだが、幸運にも自分は今まで女性に苦労してこなかったし、
社会人になる前に夜のお店の世界は十分に満喫・卒業したので、そのようなモチベーションもゼロ。
一方、幼少期・大学(1年間)の海外生活と、真面目な受験勉強(高校・大学)のお蔭で英語は多少得意である。
100人超の同期入社の平均TOEICスコアは確か800点を越えていたけど(やはり総合商社)、
その中でも新入社員研修で英語は10段階の一番上のクラスだったし、
今の職場でもスピーチ原稿や株主間交渉レター作成の他、メディア向けの新商品発表会や
インタビュー等で通訳を任せられる機会がよくある。(勿論、プロ水準ではないですが 汗)
言葉をそのまま訳すことは簡単だけど、やはり肝心なのは
背景事情や人間関係、押し引きの交渉を踏まえた、言葉・表現の選び方。
いわゆる目的に沿った表現=意訳。
10年以上前から様々な翻訳ソフトがあるけど、あまり使い物にならなかった。
言葉面だけを変換出来ても、文法的に間違っていたり、ましてや意訳は到底出来ない。
そんな中、先日地方の重要な取引先(小売店、所謂ディーラー)を訪問した。
(http://ameblo.jp/shorepo/entry-10822954545.html
に書いたマレーシアの酒豪の元へ)
先月の業績がよかったことから、次に訪問したらとことん飲もう!!と約束してしまっていた。
夕方4時半からビールで4,5人で乾杯が始まってからは、急ピッチで飲み始めたが、
そのときに1人が差し出した携帯電話(スマートフォン)の画面を見て、くっそ驚いた!
何やら翻訳アプリケーションで変換したらしいが、とにかく今の状況を的確に表現していた!!!
完璧な意訳!!
(シンプルな状況だからシンプルの表現出来ただけ、というツッコミはこの際受け付けません)
何やら余計楽しくなって盛り上がってしまった。
最近の翻訳ソフト、あなどれねー!!!と思った瞬間だった。
これは5年後までにほんやくコンニャクが完成するかもしれない。
成長
いつまでも成長出来る。はず。
そして幾つになろうとも、
成長をし続けないとならない。
というのも、恐らく人間の成長には広義に二つの意味があって、
ひとつには、その人が生まれてからその貴重な寿命を全うするまでの間に、
成人•自立して、社会の一部として人間の営みに貢献出来る存在になること。
もうひとつには、ヒトが動物•生物として進化する為に、
ほんの少しずつでもDNAを優れたモノに進化させていくこと。
ダーウィンさんによれば後者の成長(進化)は結果論だそうだが、
人間一人一人のの努力は、多分もっと積極的に
人類の成長(進化)に寄与している。
成長を妨げるものは、外的要因もあれど、最終的には自分自身。
「障害」や「困難」、「それが出来ない理由」が分かったところで、
「じゃあそれらをひっくるめてどうすれば出来るのか」
を考えられなければ、もったいない。
そしてそれを遂行出来なければ、意味がない。
『目の前のこと、好きなこと、譲れないこと、
と真剣に向き合って取り組む』
ことが何故カッコイイのかと言うと、
それが人•ヒトとして成長し続けている状態だからだと思う。
先日の東日本大震災への日本サッカー•チャリティーマッチにて
老練のKing Kazuがゴールを決めたシーンを見て、
そんなことを思った。

