昔働いてた病院は、色んな科の患者さんがいました真顔


色んな癌のターミナルの患者さんも何人もいました。


たくさんの患者さんをお見送りしました。



看護師になって初めて、見送った患者さんは、卵巣癌の患者さんでした。



その患者さんは無症状のまま、腹部膨満感で受診。気付いた時にはステージ4でした。



術後数年間、ケモに通い、仲良くなり、旦那さんや娘さんとも仲良くなりました。



再発してからは、ホントに転がり落ちていくように悪化していきました。



身体以上に心が苦しくて、何度も何度も呼吸苦を訴えました。でも酸素の値は悪くない。自分の置かれている状況や これからの事を考えると、心が苦しくて辛くて仕方なかったと思います。



安定剤で心の安定を図りつつ、経過を見ていく毎日。
元気な時に言っていた旦那さんへの苦言も、段々話すことがなくなり、やがて意識は薄れていきました。



いよいよな状況になり、奇跡的に家族みんなが面会できて、私が夜勤の日に、モニターのアラームが鳴り止まなくなりました。


家族に連絡し、部屋へ行き、手を握って『まだみんな到着してないよ。もう少し、もう少し!』と声をかけ続けましたが、やがてモニターがフラットになりつつありました。



でもね、私達が手を強く握ったりすると、微妙に波形がでるんです。


もう、なくなってしまった事は頭では理解出来てるんだけど、波形が出る。何とか、早く家族さんに来て欲しいと手を握り続けていました。



人生で3度目の知り合いの旅立ち。


なぜだか、今までの別れよりとても現実的で、もうダメなんだ…と実感しました。



そうこうしている内に、家族さんが到着。



一緒に死後の処置、着替えやお化粧して。



私は家族さんと一緒に、涙が止められませんでした。







その日から、私は死が怖くなりました。



看護師になって、死を本当の意味で理解したんだと思います。


若い頃の私は、それはそれは無鉄砲で、行き当たりばったりな生き方をしていました。



もっと自分を、家族を大切にしないといけない。


そう思わせてくれた、人生の大大先輩です。