子どもの性の健康に関する様々な問題や悩みに答えてくれる、とても読みやすい、使いやすい教材がありますので、ご紹介します。

・性被害や加害の予防、子どもにどうやって伝えよう…
・被害を受けたり加害行為をしてしまった子に、どう接したらいいんだろう…
・支援したいけど、どう進めたら…
・自分の周りにも気になる子がいる。何か特別なことはできないけど、知っておくだけでも…

性は、命の源。

 

自分の性が粗末に扱われたり、逆に、他の人の性を身勝手に粗雑に扱ってしまったりすると、あるいは、それを聞くだけでも、どこか寂しく空しい、命が泣いているような気がします。


性にまつわる心のケガは、たとえそれが過去の一瞬の体験であっても、長く心に残って心身両面に影響を与え続けるとか。

 

なんとなく不快な気持ち、身体の感覚、罪悪感、恥ずかしさ、人に言えないことを抱えてしまった苦しさ…本当に複雑な言葉にしにくい思い。


子どもに限らず、子どもだった頃の自分にも、何か気がつくことがあるかもしれません。

気になるなと思った方、ぜひ覗いてみてください。

 

子どもの性 心理教育用教材

セーフガーディングとは、役職員や関係者が、日々の事業や運営において、子どもや弱い立場の人々の尊厳を傷つけたり、危険にさらしたりすることのないように、組織として取り組むべき責任。

 

守るべき対象としては、子どもだけでなく、若者、おとなの事業受益者や、弱い立場にある人を広く含めるべきなど、様々な議論が展開されています。


自分はするわけがない、自分の組織で起きているわけがない、起きていたら絶対許さない・・・と、思う、あるいは、思いたいと思いますが、実は支援しているつもりが、実際は傷つける側にいたとか、支援していた自分が、実は傷を受けていた、ということは、ときたま支援の現場でみられる現象です。
 

無自覚に、無頓着に、ときには、感覚が麻痺して。

 

当たり前と思うことほど、第三者から話を聞いてみると、新鮮な気づきがあっていいことがありますよね。

9/7、いっしょに参加しませんか?

子どもと若者のセーフガーディング 最低基準のためのガイド
 

JANIC 子どもと若者のセーフガーディング ワーキンググループ

 

お声がけいただき、このワーキンググループに参加させていただくことになりました。

私の主たる関心は、援助職のセーフガーディング。

微力ですが、力を尽くしたいと思います。

 

教育経済学者の中室牧子先生のインタビュー。

 

首を縦にブルンブルンとふりたくなることがたくさん紹介されています。

 

”平等”にこだわり放置される教育格差

 

様々な関係者の間に入って、利害調整するのがうまいことも、文句を言わず雑務をこなす忍耐力があることも大事だけれど…、格差ができ、階層ができ、まるで身分社会のようになってしまっている今の現実を直視し、問題に対応する情熱を持った教育実践者、役所の人、政治家が重用されるようになってほしい。


現状を”ありのまま”、”正確に”把握して

外部から知と経験のある人の目と力を積極的に取り入れて

問題解消の目的に合った、妥当な施策を計画して

実施は小さく実験的に始めて

経過も、良い結果も悪い結果も、記録して残して

結果のよいものを、公共財産として広げていく

 

そんなリーダーを求め・・・・る前に

そんなリーダーを選ぶわたしたちになろう。

 

「教育格差」を出された松岡亮二先生

「日本の分断」の吉川徹先生

そして、「「学力」の経済学」の中室牧子先生

 

発信してらっしゃる先生たちの地道な研究と言葉に、感謝。

 

 

今日と明日は、一般社団法人もふもふネット

さん主催のこちらの専門研修に参加しています。

もふもふネットと、いかにも、ふんわり癒し

系を想像させるネーミングですが、

活動の目的は、

人々が非行・犯罪・暴力の悪影響を受ける

ことを低減させること。

と、扱う内容はなかなかハードです。

今回の研修のテーマは、

治療教育の実践②(WEB版)
~被害体験と被害者の理解、感情発達の促進と安全な環境、
特別なニーズに応える(知的障がい・発達障がい)

精神科クリニックや、児童相談所、学校など

にお勤めの医師、心理士、ソーシャルワー

カーなどの実践家の方たちに交じって

教わりました。

今日は、半日だけだったのですが、

感じること、考えさせられることが盛り

だくさんで、昨年まで働いていた施設での

経験もいろいろ思い出され、頭がしびれる

ぐらい疲れました。

頭と胸の両方で、しっかり記憶しておこう

と思ったこと、二つ紹介します。

★支援していてもなかなか思ったとおりに

いかないもの。うまく行かない時ほど、

協力しあおう。

⇒ うまくいかないと、内に内に目が向い

て、自分の力量不足のせいと思いこんで

抱え込んだり、思考が停止したりしがち。
目を周りに向けて、同僚や先輩や

当人や家族、他の関係者と協力しあう

心持ちで眺め、取り組もう。

でも、これができるのは、お互い安心して
話し合える関係性があればこそ。
関係性は大事大事。


★支援者は、時々「直したい」「正したい」
「支えたい」病にかかる。
本人の主体性よりも、自分の聞きたいことを

聞き、支援したい方向に導こうとしすぎて

しまうこと、そして、それを合理化しようと

してしまうことがある。

⇒ 本人よりも、周りの人間の思考の歪みの

方が大きな問題だったりすることがある

ことを、肝に銘じておこう。

明日は朝から1日研修。
しっかり脳を休めて、明日に備えます。

もふもふネットさんに興味を持たれた方は、こちらをご覧下さい。

もふもふネットって?
https://mofumofunet.jimdo.com/

もふもふネットは、人々が非行・犯罪・暴力の悪影響を受けることを低減させることを活動の目標にしています。その目標達成のために、非行・犯罪・暴力に関する理解と対応を促進するための活動と調査研究、被害者・加害者およびその家族に対するケアとサポート、加害行動変化に働きかける治療教育プログラムの実施を行います。

家族へのサポート、加害行動変化のためのプログラムとして、以下のものがあります。

1 個別の治療教育プログラム(性加害および性被害:担当者は異なります)
2 小グループによる治療教育プログラム(もふもふ道場)
3 家族教室(もふもふ牧場) 
4 家族支援グループ(もふもふ広場)
5 性犯罪被害者の支援グループ(たぬきの会)
6 性犯罪被害者の母の会(ひまわり)
7 ケース・コンサルテーション(家族、教員、支援者等からの対応相談)
8 ケース・スーパーヴィジョン(専門家対象のスーパービジョン)
9 各種研修
10 裁判等への意見書の作成、アセスメントの実施など「入口支援」
11 施設から社会へ戻る際の「出口支援」

 

九州大学の法科大学院が、少年院で法律を伝える活動をしているそうです。

少年院で法律を伝える活動

 

 



非行に至る子どもたちの中には、本来は守ってくれるはずの大人から、暴力を受けたり、安心できない状況に置かれたりして、自分を守るために必死で、間違った方向に居場所を求めてしまったケースも多いとか。

少年院を出てから、その先もいろんな形でやってくる社会の暴力から身を守り、闘う術として、法の知識を使ってほしいと伝える活動。これはとても尊い活動だなと思います。

法律があっても、人権がうたわれてても、違法なことがまかり通ってしまっている大人社会の矛盾や闇を、身に染みて分かっているだろうけれど、大人の中には、それでも、それをあたり前にしたくないと思って働いてる人もいて、そういう人と、ひとりでも多くふれ合える機会としても、こういう取り組みは尊い意味があるような気がします。少年たちが真にエンパワーされるような形で、広がっていってほしいです。

私は、何かを教える人にはなれないけれど、せめて、しんどいけど、お互いくさらず頑張ろうねと、話せるような大人のひとりになれたらいいなと思います。

内閣官房、消費者庁、厚生労働省、金融庁の連名で、「ギャンブル依存症」の注意喚起が来ました。
お困りの方の目に留まりますように。


https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/caution/caution_012/

依存のサイン(LOST)

●Limitless…ギャンブル等をするときには予算や時間の制限を決めない、決めても守れない。
●Once Again…ギャンブル等に勝ったときに、「次のギャンブル等に使おう」と考える。
●Secret…ギャンブル等をしたことを誰かに隠す。
●Take Money Back…ギャンブル等に負けたときに、すぐに取り返したいと思う。

ご本人、身近な方へ:

生活が乱れ、対人関係や仕事、勉強に支障が出るまでのめりこんできた、このまま止められなかったらどうしようと不安になっていませんか?
その前にやめられるといいですけど、楽に変えられたら、最初から困っていませんよね。
もしこのことで、不安や心配があったら、まずは、あなたのその「困っている気持ち」を分かってくれそうな、周りにいる依存症に詳しい人、かつて依存症で悩んだり苦しんだ経験のある人(自助グループ)、医療機関を探してみてください。

ご本人、身近な人の周りにいる人へ:

助けてあげたい気持ちが強くても、その気持ちが強いあまり、本人の気持ちを置き去りにして、「こうしたらいいよ」と本人より先回りをしてアドバイスしたり、行動を決めたりしてしまいがち。悪気はなくて、なんとか力になりたいとそうしてしまうのですよね。それに自分も迷惑をかけられたりするし。
でも、よかれと思ってやることが、うまく作用すればいいのですが、逆に病や症状を悪化させてしまうことがあります。どんなにいいことでも、本人や家族のストレスや変わろうという気持ちや力をそいでしまうことがあるからです。

全ての病には原因があります。依存症という病もそう。「意志が弱いからだ」という責めの気持ちを一瞬脇にやって病をみましょう。


もしかしたら、表に出てきた「病」や「問題」や「やっかいなこと」は、私たちに大切なことに気付かせてくれる、チャンスかもしれません。
 

感染や経済危機のニュースを聞くたび、今、困難の真っただ中にいる人は、どんなに大変だろうと思うのですが、ただ、ニュースを聞くだけの自分でも、自覚できない程、少しずつ心の負荷を受け続けているような気がします。

 

あなたはどうですか?

 

生活の制約もあって、いろんな不自由を感じ、ストレスを感じているかもしれませんね。

 

寂しさ、悲しみ、怒り、不安、疲れ。

自分でも気付かないほど少しずつ溜まっていくと、対処しなきゃとも思わず、どう対処したらいいのかを考えないまま、爆発して初めて気付くということがあるかもしれません。

目の前の困難に理由や出口が見えないと、誰か、何かを激しく責めたくなります。

 

身体を動かしてみる、笑う、日常のリズムを保つ…知恵や工夫を取り入れて、それぞれ自分を助けていると思いますが、分かっているんだけど、できない時もありますよね。

 

イライラや不安を感じて、なかなかそれが収まらない、SNSばかり見てしまう、眠れない、食べ方や量が変わってどうも身体の調子がよくない…とか。自分は困ってないけど、もしかしたら、周りに気になる人がいるかもしれません。

 

私の場合、そういう時に、他の人はそれなりにうまく対処しているのに、自分だけができていないという、いらない「オマケの感情」までついてきます。そのオマケ、不安を感じた自分が勝手に作り出す、オマケの妄想不安です。

 

寂しい、悲しい、腹が立つ、出口が見えない。どう解消したらいいか分からずもんもんとする…

 

今は、そう感じるのが普通、そう感じて当然な時だと思います。

 

生き物の特性、脳や神経系の作りとして、私たちは、周りの人の感情を感じ取って、影響を受けるようにできています。他者の感情を察知し危険があればすぐ生き残るための行動がとれるように、集団や社会の中で育ってきた能力です。これだけ世界が凄まじいペースで変わり大勢の人が不安や悲しみや怒りの体験をし、それがメディアやSNSで絶えず報じられ、浴び続けている中で、自分ひとりだけ平静さを保つことは、生物学的、脳科学的、心理学的に見て、とっても難しいことです。

 

すごく、すごく、意識して、心がけていないとできないこと、簡単で当たり前のことではありません。

 

簡単に、いきいきニコニコはつらつとできない自分も

いつでも人にやさしくできるわけではない自分も

責めずにいましょう。

 

実は、無理にそうしないことが、自分のその時の気持ちによりそった、自分に合った正しい方法かもしれません。

 

もし、何かすごく小さなことでも、自分を助けることを思いついたり、やってみたりした自分がいたら、拍手。

 

もし、そのきっかけがあったとしたら、きっかけをくれた偶然の何かに、誰かに、ありがとうと、つぶやいてみる。

 

負の感情に乗っ取られそうになる時は、そこからです。

 

「自分に拍手」、「感謝できるもの探し」、上の二つをすると、ふっと呼吸が楽になるような、肩や胸のあたりが、ゆるんだり、あたたかくなるような身体の感覚を感じます。

 

不思議なもので、身体の中の変化が感じられると、気持ちに影響します。

身体がゆるんだり、あたたかくなったりすると、そのことで、ほっとする気持ちがまた一段進んで、落ち着いてきます。

身体と心は、ばらばらのものではなく連携し合っているんですね。

 

私は、寝る前とか、今やるといいかなと思った時にやっているのですが、たった数分やるだけで、やる前と後の、自分の身体の感じが違っているのに、驚きます。

 

「できた自分」だけを認めるのではなく、「しようとしている自分」を認めること。

 

これは、ある美術の先生が教えてくださったことをヒントにしています。

 

…子どもの力が伸びるのはね、取り組もうとしている「気持ち」や、その子がやろうとしている「こと」や「工夫」に気付いてもらえたときだよ。成果だけを取り上げて評価したり、「うまいね~」と漠然と伝えられるより、自分がやっている工夫や努力の事実を、具体的に、認められることが効くんだ…

 

フィリピンで、子ども達のライフスキルを伸ばすのは何かを調べる支援+研究の事業で、教えてもらいました。

 

心が揺れて、「やばい、どうしよ!」となった時、そこから回復する力、大丈夫だと感じられる状態を取り戻す力が働けば、続いて起こるかもしれない問題を回避できます。

 

脳神経の電気信号は、使えば使うほど早く伝わり、信号が通る神経回路を太くし、生まれつきそうだったように自然に機能してくれるようになるそうなので、繰り返し練習すれば、力は伸びます。

 

いろんなことが次々と起こり、半年前には想像もしていなかった毎日になっていますね。

揺れる心を眺めつつ、揺れながら、それでも落ち着いて対処する自分を作れるように、自分を助ける自分を、作っていきましょう。

 

参考

 

・神経生理学に基づいたレジリエンス・トレーニング

コミュニティ・レジリエンシー・モデル(コレモ)

 

・ポジティブ心理学の挑戦 -幸福から持続的幸福へ マーティン・セリグマン

Flourish A Visionary New Understanding of Happiness and Well-being 2014

Martin F.,P. Seligman, PhD 

 

・「おえかき」から学力を伸ばす ~フィリピン貧困地域カシグラハン調査報告:第2回~ 奥村高明教授

学び!と美術 <Vol.53> 2017.01.10

 

・コンパッション(思いやり)

 

トラウマ臨床では、相手のことも自分のことも、トラウマのメガネで見ながら「なにが起きているのか」を理解するのが基本となる。

 

支援者は「自分になにが起きているのか」を認識しなければならない。自分だけでは気づきにくいため、チームでフラットに話せることが大切である。支援者も同僚からどのようにみられているかを気にして、自分の思いや悩みを言えないことがある。周囲の目を意識して、SOSを出せずにがんばっている子どもと同じように。どちらも孤立してしまいやすい。

 

「自分はがんばって困難を乗り越えてきた」という真面目なタイプの支援者は、それが強みでもある反面、最大の弱みにもなりうる。支援者が他者に甘えられない、助けを求められない、自分のことよりも他人を優先させるというのは、立派かもしれないが、自分へのコンパッション(思いやり)が足りない。自分よりも他者のためにがんばってきたという人は、他者にも同じことを求めてしまいやすい。

 

しかし、自分へのコンパッション(セルフコンパッション)は、トラウマからの回復に不可欠である。自責感から自己肯定へ。自分を許し、自分を愛すること。支援者のセルフコンパッションは、支援者の燃え尽き(バーンアウト)を防ぐだけではなく、子どもの回復にとってよいモデルになる。

 

がんばることは悪いことではないが、「がんばりすぎる病」から降りる勇気も必要である。

 

 

・トラウマ臨床における並行プロセス

 

虐待への介入やトラウマによる過覚醒で暴れる子どもに対応するなかで、組織全体も過覚醒状態になる。職場全体の雰囲気も、とげとげしいものになったり、危機時にもかかわらず淡々としたものになったりする。こうした職場の状態も、組織がトラウマの影響を受けていることを示すサインである。組織全体が、感情的になったり、解離して現実感がなかったりしているのだ。まさに、支援の対象者と同じような反応が支援者や組織にみられるようになる。トラウマの臨床現場で起こりやすい「並行プロセス」と呼ばれる現象である。

 

並行プロセスが起きると、組織全体が「どうせできない」「新しいことなんてやっても無駄」という無力感と諦めの雰囲気に包まれる。自分が変わろうとせずに、子どもの行動だけを変えようとする。そうなると、支配されたと感じた子どもは無力感に陥るか、おとなに反抗するようになるだろう。なにより希望が感じられない組織のなかでは、やる気のある職員が次々に離職し、職場の士気(モラール)も低下していく。

 

まずは、支援者である私たちが変わることが大切である。ひとりでやるのではなく、チームを作り、組織全体で取り組んでいく必要がある。みんなが安全感を持ち、対話ができるフラットな組織づくりをめざすことで、だれにとっても安心で、回復しやすく、働きやすい場をつくっていくことができるだろう。

・トラウマインフォームドケアの実践

 

「こんなふうになる子が多いんだって。あなたは?」「こうした反応がでるのは、おかしなことではありません」といった心理教育によって、自分だけではないと安心する子どもは多い。とはいえ、心理教育そのものがトラウマ体験のリマインダーになるため、こうした話を支援者がしようとするだけで嫌がったり、逃げ出したりすることがある。その場合も、「こういう話が嫌なのは当然だよね」と心理教育をする。

 

心理教育とは、トラウマやそれによって起こりうる反応を説明することである。支援者は落ち着いて「嫌な気持ちになるんだね」と、子どもに共感を示していく。

 

子どもが自分の気持ちをうまく表現できないのも、子どもの育ちから考えれば当然である。「話すとスッキリするよね」というのは健康的に育った人の感覚であって、子どもは気持ちを感じるのが怖いし、話すのもつらい。

 

とくに、トラウマについて語ることは、スッキリどころか苦痛を伴うものだ。思い出すだけで怖いし、話をしても今さらどうにもならないことが多いのも事実である。そうした子どものやりきれなさを理解しながら、話を聴くことが大切である。

 

暴れてしまう子どもには、落ち着いているときに「暴れたくなったらどうするか?」を話し合って、「どうやって手助けしたらいい?」と決めておく。避難訓練と同じで、地震や火事の最中に対処法を考えるのではなく、平時に「こうしよう」と決めて、練習しておく必要がある。

 

また、他者の境界線を破ってしまったり、自分の境界線が守れない子どもには「境界線を引きなさい」と指導するだけでは難しい。まず、おとなが境界線を守るモデルを示すべきである。子どもの持ち物や体に触れるときはきちんと断りを入れるなど。おとなは無意識のうちに子どもの境界線を破ってしまいやすい。おとなが意識して境界線を守っていくしかない。

 

 

・トラウマの現実に直面する

 

トラウマのある子どもや親にかかわる支援者は、話を聴いたり、トラウマ症状を目のあたりにしたりして、間接的にトラウマにさらされている。暴言や暴力など直接的なトラウマを受けることもある。こうした支援者に及ぶ影響を二次的外傷性ストレス(STS)という。子どもの凄惨な生い立ちを知るだけでも、相当影響を受けるものである。

 

対人援助のなかでも、子どもへの支援はSTSを受けるリスクが高く、DVの支援はもっともリスクが高いことが研究から明らかにされている。DVは、重層的な加害と被害があり、被害者をケアしてもまた加害者のもとに戻ってしまうことが多く、支援者は報われなさを感じやすい。さらに、常に死の危険についてアセスメントしなければならないという高い専門性も求められる。対人援助職はメンタルヘルスにとって「危険職場」であることを自覚しておく必要がある。

 

 

・孤立し揺れる支援者

 

児童虐待にかかわる支援者の業務はとても過酷で、しばしば「仕事中は気持ちのスイッチをオフにしている」という話を聞く。現場は、感情を麻痺させないとやっていけないほどの状況に置かれている。しかし、「気持ちのスイッチをオフに」するというのは、対人援助職にとって魂を失うようなものである。

 

教育や保育の世界では「子どもを悪く言ってはいけない」という価値観もある。トラウマインフォームドケアも、子どもを悪く捉えるのではなく、子どもの行動の背景を理解することをめざしている。しかし、子どもに対する率直な感情に蓋をするという意味ではない。支援者自身のネガティブな感情や負担感を自覚しておかないと、ひとりですべて引き受けようとしたり、無理をしすぎて自分が潰れてしまいかねない。

 

支援者自身が無理をすると「何度言ったらわかるの!」と子どもを責めてしまう。人は無力さを感じると、無意識のうちに相手をコントロールして力を取り戻そうとするからだ。「ダメでしょう。こうしなさい」と相手を正そうとしたり、言いなりにさせようとしたりする。ちょっとした行動も許せなくなり、感情的に「なんなの、あの親は!」と腹をたてたり、ときには支援者同士で「あの人さえいなければ」とスケープゴート(標的)にしたりすることもある。

 

 

・支援者と当事者のパワーゲーム

 

こうした支援者の怒りや敵意、他者非難も、トラウマティックな関係性の再演といえる。

 

子どもの行動化が激しい施設において、力のある職員、いわば「声の大きい」職員頼みになってしまうことがある。力によって子どもの行動を抑えようとするのだ。そうした力に頼った指導の下では、子どもはますます「先生の目を盗んで悪いことをしてやる」とやっきになり、職員は「見逃すまい」と必死になり、支援者と子どものパワーゲームが起こりやすい。

 

そうなると、だれにとっても安全な場ではなくなり、規制するためのルールばかりが増えていく。施設全体が「力の強い人に従っていれば安全」という心理に陥り、まさにDV家庭と同じ状況になる。危機的な状態では、こうした「力のある人に依存する」というコミュニティが作られやすい。そこでは「どっちが上か」ということばかりが重視され、トラウマティックな関係性の再演があちこちで起こる。

 

トラウマの影響を受けた子どもたちとかかわると、「私がなんとかしてあげる」という心理も生じやすい。援助職はとくに注意が必要である。熱心な支援者にみえるが、その背景には無力感がある。仕事を抱え込んでしまう人は、だれにも頼れない、だれも助けてくれないと思っている。夫の支えがなく、孤立して育児をしている母親が、子どもに依存し、過干渉になるようなトラウマティックな関係性とも似ている。

 

トラウマティックな関係性とは、殴ることだけではなく、こうしたパワーの乱用も含まれる。

 

⑪に続く