1992年1月8日に始まった、韓国のおばあちゃんたちの

「水曜デモ」ってご存知でしたか?


毎週水曜の正午、戦時中日本軍の慰安婦(性奴隷)として

つらい経験を沢山したおばあちゃんたちが、日本政府に

謝罪と賠償を訴え、韓国ソウルの日本大使館の前で、

雨の日も風の日も続けているデモのことです。


今日12月14日(水)は、これが始まって、ちょうど100回目の日でした。


この日に、日本全国、世界各地で、おばあちゃんたちに賛同する

アクションが繰り広げられ、福岡でも、12時半~1時半まで、

天神でアピール活動が行われ、昼休みを利用して

参加してきました。


私は、韓国で、一番初めに慰安婦として名乗りを上げた金学順さんという

おばあちゃんの写真を持たせてもらいました。


韓国のおばあちゃんたちが、フィリピンで話を聞かせてくれた

ロラ(おばあちゃん)たちとだぶります。


おばあちゃんたちが、老齢の体をおして、時にひどい批判を受けながらも

100回も活動を続ける理由は何だと思いますか?


性奴隷であったという事実を公にし、政府に対し、謝罪と補償を

求め続けるのは、これまで相当の覚悟と、エネルギーが必要だったはず。

もう80、90代になって、なおそれを続けるその背景には、何があるのか

ただただ、自分たちへの補償を求めてのことでしょうか?


そう思っている人も多いかもしれませんね。

また昔の問題をぶり返して・・・と。


おばあちゃんたちがこれを続けるのは、正義のため。

そして、もう一つ、今の私たちのため、後世のためでもあります。

フィリピンで、泣きながら辛い過去の体験談を聞かせてくれたロラたちも

そう言っていました。


軍による慰安婦の問題は、過去の話ではありません。

この問題が解決されていないために、世界各地の戦火のもとでは、今も多くの

女性たちが性暴力の犠牲になっています。そして、基地周辺でも、被害が

絶えません。次に犠牲になるのは、若い人たち、子どもたちかもしれません。


こんなことも起こっています。


1997年は、中学校の社会の教科書すべてに慰安婦について触れられていました。

だから、公教育を通じて、子どもたちはこの問題を知り、そこから戦争のむごさ

平和の尊さを学ぶことができました。

2006年以降、慰安婦という言葉が教科書から消され、たった2社が関連記述を

残すのみになっているそうです。(日本書籍新社、帝国書院)


歴史から、過ちを学べなくなるのは、危険なことのような気がします。


「だからと言って、今仮に自分が何かやって、それで何かが変わるの?」


という声が聞こえてきそうですが、もしそう聞かれたら・・・


1分でもいいので、ちょっと心を静かにして、

韓国、フィリピン、その他各地の慰安婦だった方たちの痛みを、

自分だったら、自分の子どもだったら、愛する人だったらと、目を閉じて

想像してみるのはどうでしょう。


まだ10代前半だったおばあちゃんたちが、当時受けた痛みを、

静かに受け止めてみる、

そして、もっとできそうだったら、その痛みについて、まだ知らない人が

いたら、一人にそれを伝えていく。


私は、そういうささやかなことが、今私たちができる、とても大事なことだと

思います。

同じことが繰り返されたり、そのようなことに、自分自身も知らぬ間に加担してしまわぬように。



はるまち通信

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