歴史的名作「ローマの休日」をつくったのは、ソ連だった!? その前夜 | お酒、グルメ、ときどき健康と雑学

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第二次世界大戦が終わり、
荒廃したヨーロッパと違い、国土が無傷だったアメリカは、
豊富な資源を活用して、工業生産力が飛躍的に上がり、
豊かさに向かって突き進んでいきました。

同じ戦勝国でも、多くの国民を失い、国が戦場になっていたにもかかわらず、
スターリンという異形の指導者を抱くソ連は、
強権と恐怖で国の再建にまい進し、
衛星国を次々と共産化し、肥大化して行きました。

ナチスという共通の敵がいなくなれば、
本来の敵対関係が、むき出しになって、復活します。

NHKBS『世界サブカルチャー史 欲望の系譜「アメリカ 理想の50s」』は、
徐々に無視できない存在になっていくソ連が、
アメリカを脅かし始めていく様を、記録映像で見せてくれています。

1947年、トルーマン大統領は共産主義者の封じ込め政策、
トルーマンドクトリンを発表します。

冷戦の始まりです。

アメリカの国内では、共産主義者の摘発“赤狩り”が始まりました。

その急先鋒となったのが、非米活動委員会で、
国民に強い影響力を持つハリウッの多くの映画人をターゲットに定め、ワシントンで開いた公聴会に召喚しては、カメラの前で詰問責めにして、証言を強要しました。

番組で、ボストン大学のブルース シャルマン教授はこういっています。

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非米活動委員会の公聴会は、一種の道徳劇のようなもので、
共産主義者が過去の失敗を認め、いかに愛国的になったかを語るという形で行われた。
そして、忠誠心を証明するために、かつての仲間の名前を言わなければならなかった。
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仲間を密告せよ、という付帯義務がある、現代の魔女裁判です。

「ローマの休日」のシナリオ作家、ドルトン トランボが召喚されたときの様子を記録しているフィルムが残っていています。

公聴会の委員長が質問すると、トランボが質問で返します。

すると、あなたは質問する立場にないと一蹴され、
結果は、ハリウッドからの追放と、1年の服役でした。


ろーまの
 

大戦中、トランボは共産主義に共鳴し、党に所属していました。
政治的信条を隠したまま仕事をしていましたが、
公聴会で共産党員かと訊(き)かれ、認めれば密告しなければなりません。
踏み絵のような状況下で、トランボは証言を拒否しました。

しかし、トランボは例外だったそうです。
多くのハリウッドの著名人が、そうした密告を行ったと番組はいいます。

中には積極的に協力するものもいました。

当時、まったく芽のでない役者だったロナルド レーガンや、
従業員のストに手を焼いていたウォルト ディズニーは、反共主義者として鳴らしていた人物でした。

ちなみに、
真偽のほどはわかりませんが、
ウォルト ディズニーは、FBIのエージェント(スパイ)だったという話があります。
ハリウッドの共産主義者と思しき人の動向を、長年にわたってFBIに報告していたらしいというのです。

子どもに夢を売る商売をしていた人が、
FBIに同業者を売っていた。
それが事実なら、なんとも笑えない話ですが…

パッとしない役者だったレーガンは、
俳優業に見切りをつけ、政治家に転身しました。
そして数十年後、大統領にまで上り詰めました。

ホンマ、
世の中、どうなるか、ワカリまヘ~ン。にやり