第1回目はアイルトンセナについて書きたいと思います。
今から10年前の1994年5月1日。音速の貴公子と呼ばれるF1界最速のドライバー・アイルトンセナが亡くなりました。僕は当時小学4年生で、深夜のF1中継を見るのが辛かったため布団にはいって寝ていました。しかし、両親が騒々しく何かを話しているので、目が覚めてしまいました。すると、「セナ死んだって…」という声が聞こえてきました。僕は「えっ…!?」っと思い、とてもその事実を受け止めることができませんでした。翌日は朝からセナの事故死のニュースでいっぱいでした。
僕がセナに興味を持ったのはその事故の後からでした。セナのことをどんどん調べていくうちに、彼の人間性だとか、レースに賭ける情熱、そういうものに惹かれていきました。モータージャーナリストたちは、セナこそF1史上最高のドライバーだと、口々に言っています。僕は、時々、なんでこんなにセナは英雄になったんだろうって思います。死んでしまったからなのか?今生きてたら英雄にはなってなかったのか?そんなことも思ってしまいます。英雄の条件とは、最後にかっこいいまま死んで行くことなんでしょうか?
2000年イタリアGPで、セナの持つ優勝回数41回に並んだシューマッハは記者会見で涙しました。‘ターミネーター’や‘冷血人間’などと言われていたシューマッハの涙だっただけに僕はちょっと驚きました。彼はもうすぐセナの持つポールポジション65回という記録にあと一歩のところまで来ています。シューマッハが65回のポールポジションを手に入れたとき、彼は我々にどんな言葉を発してくれるのでしょうか…。