アラフィフ独女ブログ| Lagom LIFE SHIFT
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バラはバラ

強要されると
いずれ人は潰れる。





ありのままで











心理学の世界では
人間には「自律性の欲求」が
あることがわかっている。



自分のことを自分で決めたい
自分らしくいたい
という根本的な欲求だ。



それが長期間にわたって妨げられると
意欲が失われ心身のバランスが崩れていく。
(私も経験した)



強要は
その欲求を真正面から潰しにくる。







バラには、棘がある。

棘がイヤだ!痛い!といって

「ガーベラになれ」
「コスモスになれ」

と言っても、なれない。

なれないのに、なろうとする。



そのひずみが、本人を苦しくする。
そして周りも、苦しくなる。

誰も幸せにならない。




組織やコミュニティの中には、

まだまだ、同調圧力が強い場所
が、あるんじゃないだろうか?


「みんなと同じようにして」
「前例に合わせて」
「方針だから」

そういう言葉が
気づかないうちに積み重なっていく。


一つ一つは小さい。


でも、積み重なったとき
「自分の場所はここじゃない」
という感覚も積み重なる。


そして、窮屈になる。


それは
バラにガーベラになれと
言い続けているのと
同じことだ。(例えです!笑)




大切にしてみてほしい、二つのこと。


一つは
自分が誰かに強要していないか、を時々確認すること。

リーダーという立場にいると
無意識に「こうあるべき」を
押しつけてしまうことがある。


「良かれと思って」が
相手を苦しくしていることがある。

その人がどんな花として咲くのが
一番美しいか?

それを見つける手伝いをするのが
リーダーシップではないだろうか。





もう一つは
自分が強要されていると感じたとき 
それに合わせようとしすぎないこと。

強要に合わせようとすると
心が苦しくなる。

それは当然の反応だ。

苦しいということは
自分の中の何かが
「これは違う」と
言っているサインだから。



自律性の欲求が
満たされている人は
意欲が高く
心身が安定しやすいことが
研究でわかっている。


逆に、自律性が脅かされ続けると
バーンアウトのリスクが高まる。
(私もそうかも。笑)




でも、その原因を
「仕事がきつい」だけで
片付けてしまうのは
少し違うと思っている。



「自分らしくいられない」
という慢性的なストレスが
じわじわと心を削っていることがある。



あなたはあなたのままでいい。

バラはバラとして
どんな咲き方が
一番美しいかを見つけることが
その人らしく生きるということ
だと思っている。


誰かに強要しない。


強要されたときは
合わせすぎない。


それを自分で選ぶことが
心身の健康を守ることにつながる。




あなたが選んだ咲き方が
あなたの「ちょうど良い」になっていく。





あなたは今、自分らしく咲けていますか?









では、また♡

Lagom 

〜どんな貴方もちょうど良い〜

人は学んでいる

なるほど!














最近、ウォーキングしながら

Audibleで斎藤一人さんの本を聞いている。




「あ、なるほどな」って

思わず立ち止まりそうになった話があった。






人って、全部が学びなんだそうです。


自己研鑽する人も、しない人も。

行動する人も、しない人も。

優しい人も、優しくない人も。


どっちが正しい

どっちが間違ってるじゃなくて。

 




それぞれが、それぞれの選択から学んでいる。





例えば

自己研鑽している人は

学びを通して

「学ぶことの先にあるもの」を学んでいる。


自己研鑽しない人は

「学ばないとどうなるか」を学んでいる。



行動する人は

行動すると世界が広がって

ステージが上がっていくことを学んでいる。


行動しない人は

「行動しないと、こうなる」

ということを

ちゃんと学んでいる。



優しい人は

優しくすると人が喜んでくれて

いい関係が築けることを学んでいる。


優しくない人は

優しくしないとこうなる

ということを学んでいる。




「なるほど!」




さすが一人さん👏




人を

「行動しない人」「優しくない人」

って評価したり

否定したりするんじゃなくて。




その人は、その選択を通して、

その人なりの学びを得ている。


それだけのこと。






「だから、周りがとやかく言うことではない」

ということ。




その人がどう生きるか

何を選ぶか

それを通して何を学ぶか。

それは

その人自身の人生の中で起きていること。



外側から

「それは違う」「こうすべき」

って口を出すことじゃない。




自分で選んで、自分で学んでいく。

それでいいんだなと。






これ、私自身にも当てはまるなと思った。


独身でいることも、子どもを持たなかったことも、今の生活も。




全部、私が選んだこと。

そしてその選択を通して

私は学び続けてる。





誰かに「それでよかったの?」

って聞かれても

それは私の人生の学びのプロセス。


自分で選んだことは、全部正解。

そこから、ちゃんと学んでいるから。






人はみんな、自分の選択を通して学んでいる。







あなたは選択を通して、何を学んでいますか?








では、また♡


Lagom 

〜どんな貴方もちょうど良い〜

不安

なんでだろう







今朝空









昨日まで、絶好調だった。




穏やかで、清々しくて

「いつも幸せやな」って思ってた。



なのに今日、急に不安になってる。




しかも

何が不安かわからない。





理由が言語化できない不安って

ちょっとやっかいで。

「これが怖い」って

はっきりしてたら

対処のしようがある。

でも正体不明の不安って

どこにも矛先が向けられなくて

ただじわじわ居座ってくる。



更年期か?!





そういう時に限って

誰かの一挙手一投足が気になる。



パートナーとのコミュニケーションが

いつもと違うと感じる。


それだけで「何かあったかな」

って思ったりする。





いや、向こうが忙しいだけかもしれない。

気持ちが落ちてる日かもしれない。

自分に全く関係ない理由かもしれない。


そもそも私の気にし過ぎだろう。



頭ではわかってる。




でも不安な日って

全部ネガティブに変換されてしまう。





正直に書くと

こういう自分が嫌だ。





「他者に振り回されない自分でいたい」

と思ってるのに

誰かのちょっとした変化でこんなに揺れる。




でもこれ

弱さじゃないのかもな

とも思う。




誰かのことを気にかけるから

気にかけてもらえてるか

どうかが気になる。

つながりを大切にしてるから

そのつながりの変化に敏感になる。




感じやすいことと 

振り回されることは

紙一重だったりするから。





でもやっぱり、こう思う。



すべては捉え方。




相手が連絡をくれないのは

「私のことを気にかけていない」

じゃなくて

「相手にも相手の事情がある」



誰かの一挙手一投足は

たいてい私と関係ない理由で起きてる。






他者に関係なく

どんなときも

自分は自分で過ごせるようになりたい。

そうできていると思っていた。




自分の心を、誰かに預けなくていい




誰かが気にかけてくれるから嬉しいは良い。

でも気にかけてくれないから

不安になるとしんどい。




自分の安心の土台を

自分の中につくる。

そうなると

誰かに何かを求めすぎることも

誰かから何かを奪うこともなくなる気がする。





不安な日は、あっていい。



絶好調の翌日に急に沈んでも、それも自分。




そんな日も、自分で選んで良い…

とまでは言えないけど

そんな日も「あるよな」

って受け取れる自分でいたい。








あなたは、何が不安かわからない日、ありますか?










では、また♡


Lagom 

〜どんな貴方もちょうど良い〜

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