久茂地公民館(旧沖縄少年会館)について | 少年会館に行こうよ!

久茂地公民館(旧沖縄少年会館)について

  那覇市の中心部、久茂地にある久茂地公民館ビルは、かつて沖縄少年会館(以下、少年会館)と呼ばれる建物でした。1966年に完成した少年会館は、プラネタリウム、天体観測室、科学展示室など科学館に類する施設や、主に修学旅行生を対象とした宿泊室、食堂なども備えた、復帰前の沖縄における唯一の子ども向けの総合的な教育施設でした。しかし運営母体である沖縄子どもを守る会は、経営的な問題によって1979年那覇市に財産を移管し、以後は公民館、図書館、児童館として利用され、現在に至っています。(下の写真は現在の久茂地公民館)
 skk 戦後の沖縄の子ども達は、米軍基地から派生する犯罪や事故の犠牲になることが多く、また貧しさから非行に走る子どもも少なくありませんでした。こうした荒んだ環境の中から、子ども達を守る目的で、1953年12月、沖縄教職員会、沖縄PTA連合会、沖縄婦人連合会、沖縄県青年団協議会、沖縄校長協会の5団体を母体とする「沖縄子どもを守る会」が結成されました。
沖縄少年会館(以下「少年会館」という)は、青少年の健全育成の場として「沖縄子どもを守る会」(初代会長:屋良朝苗)が計画し、沖縄をはじめ全国からの寄付による資金で建設されたものです。
少年会館は、子どもの健やかな成長を願う大人たちの温かい目と心を形にした施設でした。
rasen 少年会館はプラネタリウムや科学室、映写室があり、また宿泊室を備えた施設でした。1966年の開館から1979年に閉館するまでの13年間、多くの子ども達の健やかな成長を助けてきました。
現在は、開館(1966年)から40年が経過し、建物の古さを隠すことはできませんが、7階建てのコンクリ-ト打ちっ放しのモダンな外観やらせん階段は、今でも訪れる人に新鮮な感激を与えます。(上の写真は会館内のらせん階段)
boshizou 会館の正面玄関には、山梨県から贈られた「母子の像」が設置されています。
現在は安全防止のためのフェンスに囲まれていますが、今も昔と変わらない温かい目が子ども達を見守っています。
(上の写真は山梨県から贈られた「母子の像」)