ある女の子が言いました。
「ねえ 何考えてるの?」
男は言いました
「えっ 別に何も考えてないよ」
「嘘、何か考えてたでしょ。正直に言って」
「嘘って、何も考えてなかったんだから、言いようがないだろ」
「正直に言ってよ!なにか隠してるんでしょ!」
「隠してるにもなにも、なにもないもの隠せないだろ!」
女性には理解し難いと思いますが、男という生き物は「何も考えない」ということができるのです。
「何も考えない」「何も無い」ということは即ち「無」ということですね。何も存在しないということです。
なのでいくら「何も考えてない」と言っても「存在しないものが存在している」と言っているので信じてもらえないのでしょう。
「無」は道元の正法眼蔵や般若心経などでも重要な要素として出てきます。
世の中には色々な「何も無い」という「無」が存在します。
今の日本で内戦や他の国との戦争が無いのも、国営がしっかりとして、外務省が他の国と話し合っているからです (最近の国営はどうかと思いますが・・・)。
私達が病気やケガなどが無く生活できるのも、身体の機能がしっかりと働いているからです。
けれど私達が病気やケガをした場合、例えば「急に腰が痛くなった」場合。その「何も無いという」が無くなるです。
「何も無い」とういうのが無くなるということは「無」が存在していたということですね。
腰痛で悩んでいるという人はその「無」を失ったわけです。
そこで私達、治療家と呼ばれる者達の仕事はなんなのか?
勿論その痛みなどの症状を緩和させ、回復を助けるということです。
しかし、それだけではなく実は私達の仕事はその人達が失ってしまった「無」を与えているのかもしれません。
これを英語でいうとちょっとしたJokeになります。
Patient:
“What kind of treatment are you giving me today?”
Therapist:
“I will give you nothing”
湘南茅ヶ崎の理学療法士
ちょっと偏屈な理学療法士 2nd edition です。今までの過去のブログを再度検討していきます。