心理学の世界_06「自分の行動と考えが食い違うとき」
~「自分の行動と考えが食い違うとき」~■ はじめにあなたは「健康のために運動しよう」と決めました。ところが、その日の夜。「今日は疲れたから、明日からでいいや」と言って、運動をしませんでした。次の日になると、「昨日は忙しかったから仕方ない」と考えます。そして、しばらくするとまた、「やっぱり運動したほうがいい」と思います。……こんな経験、ありませんか?人間は、「こうしたい」「こうするべきだ」と思っていることと、実際の行動が一致しないことがあります。今回は、この「心のズレ」を入口にしてみましょう。■1.考えと行動が違うたとえば、「無駄遣いはやめよう」と思っている人が、欲しかった商品を見つけて買ってしまったとします。買った直後は、「本当に必要だったから」「今買わないと損だったから」と、自分に説明するかもしれません。もちろん、本当に必要だった可能性もあります。しかし、ここで面白いのは、人間が自分の行動について、後から理由を考えることがあるという点です。■2.「分かっているのに、やってしまう」健康に悪いと知りながら、夜更かしをしてしまう。勉強したほうがいいと分かっているのに、スマートフォンを見てしまう。節約しようと思っていたのに、予定外の買い物をしてしまう。こうした場面では、「自分が考えていること」と「自分が実際にしたこと」の間にズレが生まれます。もちろん、一度くらいなら誰にでもあります。問題は、そのズレが生まれたとき、私たちの心がどう反応するのかということです。■3.ズレがあると、気になる人間は、自分の考えと行動が大きく食い違った状態を、そのままにしておくとは限りません。そこで、「まあ、今日は特別だから」「今回は仕方がない」「実はこっちのほうが良い選択だった」など、さまざまな理由をつけて、自分の中でつじつまを合わせようとすることがあります。この「心のズレ」に注目した有名な考え方が、「認知的不協和」です。ここで、少し難しい言葉が登場しました。■4.認知的不協和とは?「認知」は、ここでは自分が持っている考えや認識などを指します。「不協和」は、うまく一致していない状態を表す言葉です。つまり、とても簡単に言えば、「自分の考えと、現実の行動などが食い違っていて、なんとなく落ち着かない状態」とイメージすると分かりやすいでしょう。たとえば、「節約しなければ」と思っているのに、高価な商品を買ってしまった。このとき、「節約したい自分」と「買ってしまった自分」が、ちょっとした衝突を起こします。■5.身近な例あなたは、ずっと欲しかった高価な商品を買いました。ところが家に帰ってから、「ちょっと高すぎたかな……」と思いました。すると、「でも長く使えるから」「品質がいいから」「前から欲しかったから」「安いものを何度も買うより、こっちのほうがいい」など、買ったことを納得できる理由が次々に浮かんでくるかもしれません。これは、自分の選択に対して意味を与えようとする一例として考えることができます。■6.これは「言い訳」と同じ?ここは少し注意が必要です。認知的不協和は、単純に、「人間は言い訳をする」という話ではありません。自分の考えと行動などの間にズレが生じたとき、そのズレを小さくしようとする心の働きを考えるものです。しかも、本人が意識して、「今から言い訳を作ろう!」と思っているとは限りません。本人としては、本当にそう思っていることもあります。ここが、この心理現象の面白いところです。■7.ちょっとした心理クイズあなたは、「毎日勉強する」と決めました。ところが三日目。友人から、「今日は遊びに行こうよ!」と誘われました。あなたは誘いを断れず、遊びに行ってしまいました。帰宅してから、「今日は友人との約束だったから仕方ない」「明日からまた頑張ればいい」と思いました。さて、この場面を「認知的不協和」の考え方から見ると、最も近いものはどれでしょう?A.考えと行動のズレを小さくしようとしている可能性があるB.勉強するという考えを完全に忘れたC.友人との約束は必ず悪いことだD.人間は決めたことを必ず守る■答え正解は「A」です。「毎日勉強する」と決めた自分と、実際には遊びに行った自分。この二つの間にズレがあります。そこで、「今日は仕方なかった」「明日から頑張ればいい」と考えることで、「自分の中のズレを小さくしようとしている」と考えることができます。もちろん、本当に「今日は仕方がなかった」という事情があったのかもしれません。ここでは、その考え方そのものが、心のズレを整理する働きの一例として考えられるということです。■8.面白いところこの仕組みを知ると、「……あれ? 自分も似たことをしているかも」と思う場面が出てきます。高い買い物をした後。計画を変更した後。誰かとケンカした後。自分の判断に迷いが出たとき。そんなとき、私たちは自分の行動を、「自分なりに納得できる形」に整理しようとすることがあります。■9.もう一歩だけここまで来ると、心理学が単なる「面白い雑学」ではなく、「人間の行動を考えるための道具」だということが、少し見えてきます。「なぜこの人は、こんな行動をしたのだろう?」という疑問だけではありません。そこから一歩進んで、「自分はなぜ、こう考えたのだろう?」と、自分自身にも目を向けられるようになります。これは心理学を学ぶうえで、とても面白いところです。■10.心の中では何が起きている?もう一つ、こんな場面を考えてみましょう。あなたは友人に、「この映画、絶対に面白いよ!」と強く勧めました。ところが、実際に見てみると、あまり面白くありませんでした。すると、「いや、今日は疲れていたから、面白く感じなかっただけだ」「途中までは良かったんだけどな」「たぶん字幕版だったからだ」など、いろいろな理由を考えるかもしれません。これは、「自分が強く勧めた映画は面白いはずだ」という考えと、「実際には面白くなかった」という経験の間にズレが生じた場面です。人間は、こうしたズレをどうにか整理しようとすることがあります。■11.だからといって、悪いことではないここも大切です。認知的不協和が起こること自体が、「悪いこと」というわけではありません。人間が自分の経験を整理し、納得しながら生活していくための心の働きの一つとして見ることができます。むしろ、「自分の考えと現実が違った」という経験をきっかけに、「もしかすると、自分の考えのほうを見直したほうがいいかもしれない」と考えることもできます。つまり、心のズレは、「自分の考え方を見直すきっかけ」にもなり得るのです。■おわりに第1弾では「耳」。第2弾では「第一印象」。第3弾では「記憶」。第4弾では「判断」。第5弾では「周囲の人からの影響」。そして第6弾では、「自分の考えと行動のズレ」を取り上げました。今回は「認知的不協和」という、少し専門的な言葉も登場しました。しかし、難しい言葉を覚えることが目的ではありません。大切なのは、「あれ? これって自分にもあるかもしれない」と感じることです。心理学は、遠い世界の話ではありません。私たちが買い物をしたとき。誰かと話したとき。失敗したとき。何かを決断したとき。その瞬間にも、心の中ではさまざまな働きが起きています。