人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

なぜベストを尽くさないのか。



昨年度絶賛したキャラクターデュアスロン。

通称キャラスロン。
キャラクターデュアスロン2025 アウトサイドの世界から行く末を見つめる | 人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。


今年はどんなドラマが生まれるのか。

 

どんな新しい趣向や発展が見られるのか。

 

そんな期待を胸に会場へ足を運んだ。

エントリー数は昨年の約2倍。

 

そして昨年は0人だった女子選手が今年は複数人参加していた。

選手同士の会話からもたびたび聞こえてきたが、昨年の大会の反響を受け自分も出てみたいと思った人がほとんど。

選手たちが楽しそうにレースをこなし、思い出を共有している姿を見て安心した。

 

 

 

キャラスロンはキャラクターになりきって走るイベントだ。

せっかく参加するのなら、会場で自分の存在をアピールしたいと思う人もいるだろう。

そこで意識してほしいのが衣装の色使いだ。

個人的に感じたのは黒や白の面積が多い衣装は目立ちにくいということ。

 

特に黒を基調とした衣装は周囲の景色になじみやすく、意外かもしれないが白も目立ちにくい。

一方アニメのキャラクターによく見られるような、鮮やかで発色のよい色は目を引きやすい。

例えば、赤、水色、黄色、ピンク、黄緑など。

もし好きなキャラクターが黒を基調としているなら、赤などの鮮やかな色を使った大きめの装飾品を取り入れてみるがいいと思う。

もちろんキャラクターの再現度を優先するのも楽しみ方の一つ。

 

無理に衣装を変える必要はない。

より多くの人に気づいてもらいたい、応援してもらいたいと思うなら色の使い方を工夫してみる価値はあるだろう。

もう一つ気になったのが選手同士の言葉遣い。

仲間内での応援であっても、罵倒するような言葉を使う場面が目についた。

本人たちにとっては親しい間柄だからこそ成立する冗談や仲間同士のノリなのかもしれない。

しかし、キャラスロンは身内だけで集まるイベントではない。

 

周囲にいる一般の来場者や事情を知らない人がそのやり取りを聞けば、不快に感じることもある。

そしてもう一つ考えてほしいことがある。

自分が身につけているキャラクターのイメージを、自分自身の言動で損なっていないだろうか。

キャラクターが好きだからこそ、その姿を借りて参加しているはずだ。

 

それなのに周囲に不快感を与えるような言動をしてしまえば、キャラクターに対してもマイナスな印象を与えかねない。

キャラクターの性格や作品の世界観によっては強い言葉遣いが似合う場合もある。

 

しかしキャラクターを演じることと周囲への配慮を忘れることは全く別の話。

せっかく好きなキャラクターになりきって参加するのなら、衣装や見た目だけでなく言動も含めてそのキャラクターの魅力を伝えられる参加者であってほしいと思う。

 

 

 

 

というのが、表向きの感想だ。

ここからは、本音で感想を述べていきたい。

大会全体の評価は、

 

100点満点中・・・

 

5点。

なぜその点数なのか。

①女子選手が増えたのに・・・

昨年は0人だった女子選手が今年は4人に増えた。

しかし表彰部門に女性を対象としたものはなかった。

具体的には
・総合:3枠
・初出場総合:3枠
・ファステストバイク:1枠
・ファステストラン:1枠
・オーディエンス賞(会場投票):3枠


これだけの表彰枠がありながら、女性選手が表彰台に上がれたのはオーディエンス賞の1人だけだった。

またかと思った。


いわゆる女性選手の置いてきぼり問題である。

9割の自転車競技者に関係のない話 | 人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

ゲストライダーを除き女子選手のエントリーが複数あったのなら、女性選手だけの表彰の仕組みを検討するのが一般的。

もちろん男女別の表彰を設ければすべて解決するわけではない。

 

それでも参加者が変化したのなら、それに合わせて表彰制度を見直す余地はあったはず。

それすら検討されなかったのだとすれば、問題として認識されていなかったのではないか。

 

そう感じてしまう。

参加者の変化に応じて制度を柔軟に見直す姿勢が運営側には足りなかったように思う。

②クラスの選択肢が少なすぎる

キャラスロンにはクラスの細分化がない。

そのため男子選手を基準とした距離設定に女子選手も挑戦することになる。

もちろん同じ距離に挑戦したい選手もいるだろう。

 

それ自体を否定するつもりはない。

しかし、全員が同じ距離を走ることだけが参加のあり方とは思えない。

去年こんなことを言っていた。



これは業界特有のズレた考えだと思う。

 

最期まで力を使い果たすことが楽しさに繋がるわけではない。

 

むしろ参加のハードルを著しく上げ、参加継続を途切れさせる可能性の方が大きい。

 

だからこそショートの初心者クラスを設けるのが良いと思う。

これは女性選手に限った話ではない。

フルの距離を走り切るのは厳しそうだけれど、短い距離なら挑戦してみたいと思う男性選手も一定数いるのではないだろうか。

初心者向けの選択肢があれば、参加への圧倒的なまでの心理的なハードルを下げられる。

 

さらにショートクラスのエントリー費を抑えられれば、高額な参加費を理由にエントリーを断念していた層の参加も期待できる。

つまり単に競技の難易度を分けるだけではなく、参加できる人を増やすことにもつながるはずだ。

またキャラスロンにはコスプレをして参加する特性上、ウィッグを着用して走る選手が多くいる。

今回のような炎天下では、本人が気づかないうちに無理をしてしまう可能性もある。

 

レース中に問題がなくても、帰路や帰宅後に熱中症の症状が現れることも考えられる。

もちろんショートクラスを設けるだけで熱中症を防げるわけではない。

 

それでも走行時間や身体への負担を抑えられる選択肢を用意することは、安全対策の一つになり得るのではないか。

③競技性に振り切った表彰設計

先ほど挙げた表彰枠のうち、タイムに関するものは8枠。

さらに特別企画として鬼から逃げた選手に副賞が贈られる企画もあった。

 

これも実質的にはタイムや走力、いわゆる縦軸評価のひとつだ。

こうした内容を見て、今年のキャラスロンはかなり競技性に振り切った大会だったという印象を受けた。

もちろん競技性を重視すること自体が悪いわけではない。

タイムを縮めたい。

 

順位を上げたい。

 

そうした目標を持って参加する選手がいることも理解できる。

ただ直感的にそれを望んでいる人は多くないんじゃないかと思った。

コスプレを楽しむこと。

 

好きなキャラクターになりきって走ること。

 

普段は競技に参加しない人が挑戦すること。

 

初対面の選手同士で交流し、思い出を作ること。

そうした魅力がこの大会の根幹なのではないだろうか。

だからこそ表彰制度が競技成績に偏っていることには違和感が残った。

④海外選手の参加

今回は海外の選手がエントリーしたことが事前に告知されていた。

どんな選手なのか。

 

どんな経緯で参加したのか。

 

気になっていた人は私を含め多かったのではないだろうか。

しかし当日の紹介はわずか10秒ほど。

 

その後特段のフォローはなかった。

 

マジかと思った。

以前、国際大会にしていきたいという話を聞いていただけに、圧倒的な虚無を感じた。

せっかく海外から選手が参加してくれたのなら、もう少し紹介の時間を設けてもよかったのではないか。

例えば参加のきっかけやキャラスロンの印象を紹介したり、千葉テレビのインタビューを勧めたり。

仮にその選手が日本在住だったとしても、海外にルーツを持つ選手の参加をきっかけに、世界との接点を広げることはできたのではないだろうか。

⑤選手と一般来場者の導線

例年よりエントリー数が増えたことで、表彰エリア付近では選手と横断する人がぶつかりそうになったり、実際に接触したりしている場面を何度か見かけた。

参加者が増えたことで、それまで問題にならなかった場所でも混雑や接触のリスクが高まる。

なので立体的な動線の確保。

 

渡り階段の設置なども検討したほうがいいのでないか。

もちろんコスト面の心配はあるが、スタッフを雇うより渡り階段を設置する方が選手と来場者が安全に移動できる環境になると思った。

人の流れを妨げられ足を止めざるを得なかった選手の姿を見て、本当に気の毒に感じた。

★なぜ、評価は5点なのか

評価を0点にはしなかった。

大会を終えた選手たちが無事にレースを走り切り、写真撮影の場で笑顔を見せていたから。

本当にそこだけ。

選手たちが楽しそうに過ごし、仲間と一緒に思い出を作っている姿。

 

それはキャラスロンというイベントが持つ魅力だと思う。

だからこそ運営にはその魅力をもっと生かしてほしかった。

私が運営する立場なら、実際に走った選手たちにアンケートを取る。

なぜエントリーしようと思ったのか。

 

距離は適切だったのか。

 

参加費をどう感じたのか。

 

表彰制度に満足しているのか。

 

どんな企画があれば、もっと楽しめるのか。

そうした声を集め、分析し、次回に反映させていく。

もちろん選手の希望をすべて実現することは不可能。

 

それでも参加者の層や時代の流れによって、参加者が何を望んでいるのかは瞬く間に変化していく。

だからこそ定期的に参加者の声に耳を傾け、ニーズをつかんでいくことが重要だと思う。


そうした多様な参加者がそれぞれの楽しみ方で参加できる大会になってほしいし、そこを汲み取ってあげられる運営でいてほしい。

そんなイベントだった。

 

千葉シティトライアスロン

人間は正しい方向を選択し続ける必要があると思うことがある。

 

こうしたほうがいい。


こちらを選んだほうがいい。


経験者がそう言っているのだから、きっとそれが正解なのだろう。

 

特に自分より経験のある人や、何かで結果を出している人の言葉には説得力がある。

 

自分では知らないことを知っていて、自分では見えていないものが見えている。

 

その人たちの言葉を聞いているうちに、自分もそうすれば同じ結果を得られるのではないかと思ってしまう。

 

もちろん人の意見を聞くことは大切だ。


自分では気づけないことを教えてもらえるし、失敗を避けるための知恵を得ることもできる。

 

さらに今はネット社会。

 

先人たちの知恵はネットの海にごまんと転がっている。

 

成功体験をインプットすることなど造作もない。

 

ただ、そこで一つ忘れてはいけないことがある。

 

その人にとっての正解が、自分にとっての正解とは限らない。

 

そして人生において最初から正解を選ぶことほど意味のないことは無いということだ。

 

私は、失敗することを悪いことだとは思わない。

 

むしろ、失敗には失敗した人にしか得られないものがあると思っている。

 

やってみたけれど駄目だった。


思っていたものと違った。


この方法は自分には合わなかった。


あの人の言う通りにしてみたけれど違った。

 

実際に経験して初めて分かることがある。

 

失敗したからこそ、次は別の方法を試せる。


遠回りしたからこそ、途中で見つけられるものがある。


一度立ち止まったからこそ、真にやりたかったことに気づくこともある。

 

初めから正解してしまっては、なぜ正解したのかも分からずに進んでしまう。

 

それは「理解」や「成長」とは言わない。

 

だから人生をまっすぐに進む必要はないと思っている。

 

右往左往して迷っていい。


途中で目標を変えてもいい。


やめてもいい。


やっぱりやりたいと思ったら、また始めてもいい。

 

昨日と言っていることが違うと思われるかもしれない。

 

でも、昨日の自分と今日の自分では全く異なるものを内包している。

 

新しいことを経験すれば、考えが変わるのは当然。


知らなかったことを知れば、判断が変わるのも当然。

 

自分で選び、自分で歩いてみて、違うと思ったら修正する。

 

その繰り返し。

 

一度口にした目標だからといって、それに縛られる必要もない。

 

やってみた結果、違うと思ったなら変えればいい。

 

失敗したなら、方法を変えればいい。

 

自分で考えて、自分で試して、自分で修正していれば、なぜそれがダメだったのか正解へたどり着けるから。

 

人生は、最短距離を走った人が勝つ競争ではない。

 

遠回りしたからこそ見える景色がある。

 

道を間違えたからこそ出会える人がいる。

 

失敗したからこそ身につく考え方がある。

 

振り返ったとき、その一見無駄だったように思える寄り道が、自分の人生を豊かにしてくれていたと気づくのである。

 

数年ぶりにマジカルミライに参加してきました。

と言っても、今回はライブではなく企画展です。

初めてマジカルミライに参加したのは、何年か前の大阪でした。

初めてのマジカルミライということで楽しみにしていたのですが、夏の大阪が思っていた以上に暑く、会場へ向かう途中で見事に熱中症になりました。

それでもなんとか会場に到着。

ライブ会場では座席が用意されていたので、座って観ることにしました。

周りは当然のように立っています。

そして、当然のようにペンライトを振っています。

私は座っている。

周りは立っている。

まあ、ライブなのでこれは仕方ありません。

ただ、そのうち後ろからペンライトが私の頭に当たるようになりました。

最初は仕方ないと思いました。

みなさん激しく動いていますから、多少当たることもあるでしょう。

ところが何度も当たります。

しかも、だんだん強くなっているような気がします。

さすがにこれは偶然ではないなと思いました。

体調が悪い中、なぜ私はライブを観に来てペンライトで頭を叩かれているのだろう。

結果的にたんこぶがいくつかできていました。

この時点で、自分はライブに向いていないのではないかと思いました。

そもそも私はみんなで盛り上がるよりも、座ってじっくり音楽を聴いて感傷に耽るタイプ。

なのでもうライブには行かなくていいかなと思い、それからしばらくマジカルミライから離れていました。

(周りの人は二度と来るなと思っていたことでしょう)

そして今日。

久しぶりにマジカルミライTOKYO(実際千葉)へ行ってきました。

ただし今回は企画展。

企画展なら大丈夫でしょう。

ペンライトも振りません。

頭も叩かれません。

平和なはずです。

会場にはボーカロイド関連のグッズや企業ブース、体験コーナーなど、いろいろなものがありました。

グッズを見て回っている人や、コスプレをして楽しそうに話している人など、会場はかなり賑わっていました。

その中で今回、一番楽しみにしていたのが、初音ミクコラボストリートピアノでした。

 


「初音ミク」をデザインしたストリートピアノ 「LovePiano feat. HATSUNE MIKU」が登場! – 初音ミク公式ブログ


ところが最初に並んだとき、午前の部は私の目の前の人で終了ですと言われました。

なるほど、それなら午後の部に行けばいいか。

そう思って、その場でいろいろな方の演奏を聴いていました。

ストリートピアノなので、演奏を聴く人もかなりいます。

そんな中、締め切りの最後尾にいた方がメドレーを演奏し、演奏が終わると拍手が起こります。

そして次の演奏者がピアノの前に立ちます。

私は、「??????」となりました。

スタッフさんなのかなと思ったのですが、普通に一般の参加者でした。

しかも、その後ろにも人が並び始めました。

さらに並んで行列になっています。

悲しかったです。

正直、少し腹も立ちました。

気を紛らわせるために会場内を一通り見て回っている途中、ふと思い出しました。

大阪のライブのことを。

熱中症になりながら会場に行って、座っているだけでペンライトを何度も頭にぶつけられ、たんこぶまで作ったあの日のことを。

それに比べたら、今回のことなんて大したことではない。

そう思うと、急に冷静になりました。

過去の嫌な経験が、まさかこんなところで役に立つとは思いませんでした。

 

しばらくしてからピアノブースに戻ってみると、人が少なくなっていました。

スタッフの方たちが集まって何か話しています。

何人か並び始めました。

どうやら、まだ演奏可能時間が残っているので並んで大丈夫とのことでした。

先ほど時間を間違えて案内してしまったと、スタッフの方から謝っていただきました。

ペンライト事件を経験した私にとってはもはやノーダメージ。

人は逆境の中で成長する。

たんこぶの数だけ強くなる。

 

全然大丈夫です、と並ばせてもらいました。

そして自分の番がきた。

ピアノの前に座って演奏を始めると、音を聴きつけた方たちが集まってきました。

今回は、これまで弾いたことのあるボカロ曲をメドレーにして演奏しました。

時間の都合があるので、40曲のショートメドレー。

通常75曲あるので半分くらいの尺です。

以前はYouTube用にストリートピアノの動画を撮っていましたが、最近はめっきり。

なので正直なところ、以前ほど弾けるかがとても不安でした。

それでも弾き始めてみると、思った以上に弾けました。

というか、我ながら結構弾けるじゃないかと思いました。

結果的に今できるすべてを出し切ることができました。

そして演奏が終わると、たくさんの拍手をいただきました。

嬉しかったです。

数年前はライブ会場でペンライトで頭を叩かれてたんこぶをもらってきたのに、今日は企画展でピアノを弾いて拍手をもらって帰ってきました。

もしかするとライブに向いていなかったというより、弾く側のほうが向いていたのかもしれません。

そんなことを考えながら帰宅しました。

今日はかなり満足です。

そして今、もう一回ボカロメドレーの動画を撮ってみようかななどと考えています。

数年前には二度とライブには行かないと思っていたのに。

人生、何が起こるかわかりません。

ありがとう、マジカルミライ。

そして、ありがとう、あの日の忌々しいペンライト。

君に頭を叩かれたおかげで、私は少しだけ打たれ強くなりました。


でも、もう二度と頭は叩かないでください。

あんまり可愛くないピカ◯ュウ

 

弾いた曲40曲

グリーンライツ・セレナーデ/Omoi
白い雪のプリンセスは / のぼる↑
ODDS & ENDS/ryo
ブラック★ロックシューター / ryo
R-18 / cosMo@暴走P
初めての恋が終わる時 / ryo 
StargazeR / 骨盤P
カゲロウデイズ/ じん 
ダンシング☆サムライ /かにみそP
深海少女 / ゆうゆ
裏表ラバーズ / wowaka
サンドリヨン/ シグナルP 
パラメタ/ 40mP
永久に続く五線譜/ デッドボールP 
パラジクロロベンゼン / オワタP
えれくとりっく・えんじぇぅ / ヤスオ 
千本桜/ 黒うさP
メランコリック / Junky
ハッピーシンセサイザ / EasyPop
HAKUMEI / 鬼ヶ島 
モザイクロール/ DECO*27 
Soar / 流星P 
Dear/ スイーツ(笑)P 
貴方に花を 私に唄を/ Re:nG 
天ノ弱/ 164
メルト/ ryo
Fire◎Flower/ halyosy 
ぼくらの16bit戦争/ sasakure.UK
ワンダーラスト/ sasakure.UK 
初音ミクの消失-DEAD END-/ cosMo@暴走P
ロミオとシンデレラ/ doriko
みくみくにしてあげる♪【してやんよ】/ ika
ミキミキ★ロマンティックナイト/ samfree
ルカルカ★ナイトフィーバー/ samfree 
ワールドイズマイン/ ryo
神曲/ おにゅうP
モノクロアクト/ doriko
paranoia/めざめP
*ハロー、プラネット。 / sasakure.UK
ハジメテノオト/ malo

この記事は、おそらく多くの自転車競技者には関係のない話である。

男性選手にはほとんど関係がないし、女性選手であっても気にならない人はいると思う。

だからこそ読んで欲しい。

先日、朝日峠ヒルクライム大会の要項を見ていたところ、金のガマ 銀のガマ 銅のガマという認定制度が設けられていた。

これは富士ヒルを模した順位だけではなく、一定のタイムを達成した選手を評価する仕組みで、非常に良い取り組みだと思った。

しかし、その認定タイムは男子を基準にした男女共通。

ヒルクライム競技だけでなくスポーツにおいて男女で差が生じることは当たり前。

年代別表彰は男女別になっているにもかかわらず、認定制度だけが共通基準になっていることに強い違和感を感じた。

そこで運営に問い合わせをした。


朝日峠ヒルクライム大会 事務局 御中
大会の様子を楽しく見させていただきました。
富士ヒルクライムのような「金のガマ」「銀のガマ」「銅のガマ」という認定制度は、順位だけでなく自分なりの目標を持って挑戦できる面白い企画だと思います。
そこで一点気になったことがあります。
表彰は男女別になっていますが、ガマ認定のタイム設定は男性を基準とした男女共通になってしまっているように見受けられました。
スポーツ競技では男女でタイム差が生じることが一般的ですので、女性版の金・銀・銅のガマの基準があれば、順位とは別に達成感やモチベーションにつながるように感じました。
すでに検討済みでしたら申し訳ありません。
今後の大会運営の参考になればと思い、ご連絡させていただきました。
今後の発展を祈ってます。


運営からの返信



この返信を見て、最初は前向きな印象を受けた。

しかし時間が経つにつれ、一つの疑問が残った。

この大会では、認定のガマは後日発送されていた。

さらに運営の返信によれば、私以外にも同様の意見が寄せられていたとのこと。

それなら、今年参加した女性選手のリザルトを基に女性基準を設定し、反映後に発送することは検討しなかったのだろうか?

もちろん運営上の事情はある程度理解しているつもりだ。

なので確認の意味も込めて追加で質問を送った。

朝日峠ヒルクライム大会 事務局 御中
ご丁寧なご返信をいただき、ありがとうございました。
また、女性向けの認定基準について前向きにご検討いただけるとのこと、大変嬉しく思います。
一点だけ気になったことがあり、ご連絡させていただきました。
ご返信の中で「同様のご意見を頂いております」とありましたが、もしそうした意見が寄せられていた場合、今年参加された女子選手のリザルトを基に、認定基準を見直したあと、後日ガマの発送を検討はされなかったのでしょうか。
もちろん運営上のご事情や準備スケジュールもあると思いますので、簡単なことではないとは思います。
ただ、私自身は来年以降の制度改善もさることながら、今回参加された女子選手の皆さんにフォローがあってもいいのかなと思いました。
今回の判断に至った経緯やお考えがありましたら、お聞かせいただけますと幸いです。
お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いいたします。


しかし、一週間以上経過した現在も返信はない。

(後日、「今回に関しては変更無とさせて頂きます」と返信あり)


実はこのような出来事は今回が初めてではない。

以前、富士ヒルクライムでも似たような問い合わせをしたことがある。

男子選手には完走タイム別のフィニッシャーリングが用意されている一方、女子選手は女子専用リングのみ。(翌年以降は男子選手と同じ基準のフィニッシャーリング)

また、今年話題になったSUB55企画も男子基準。


富士ヒルクライム大会 事務局 御中
突然のご連絡失礼いたします。
毎年開催されている Mt.富士ヒルクライム大会を、参加者・観戦者の一人として楽しみにしています。
まず、今年の「SUB55」企画や、過去大会における完走タイムに応じたフィニッシャーリングの取り組みについて、参加者の挑戦意欲を高める素晴らしい企画だと思います。
その一方で、女子選手に対する扱いについて、少し気になる点があり、ご連絡差し上げました。
SUB55企画は男子選手の基準タイムのみが示されており、女子選手については挑戦目標としての指標が用意されていないように見受けられます。また、過去大会のフィニッシャーリングにおいても、男子は完走タイム別に段階が設けられていた一方で、女子は完走リングのみであったと記憶しております。
男女で身体的条件に差がある競技において、同一基準のみを設けることは、結果として女子選手の努力や達成度が可視化されにくい制度設計になってしまっているのではないでしょうか。
女子選手にも、女子としての最速目標タイムの設定が用意されることで、より多くの参加者が目標を持って挑戦でき、大会全体の価値や成熟度もさらに高まるのではないかと思います。
素晴らしい大会だからこそ、今後の発展の一助としてご検討いただけましたら幸いです。
お忙しいところ長文失礼いたしました。
何卒よろしくお願いいたします。


こちらも返信はなし。

正直またかと思った。

なぜ女性選手の目標や達成は、いつも後から考えられるか。

女子カテゴリーは存在し、女子表彰も存在する。


しかし目標タイムや認定制度になると、男子基準が作られるだけで、女子はその基準の延長として扱われる。


女子選手の対応については無視され議論にすらならない。


仮にもし認定制度に重大な見落としがあり、多くの男子選手が本来受け取れるはずの認定を受け取れなかったとしたらどうだろうか。

おそらく運営は、来年ではなく今年の対象者にどう対応するかをまず考えるのではないだろうか。

もちろんこれは証明できる話ではないが、これまでの対応を見て、参加者数が少なく声も上がりにくい女子選手だからこそ後回しになったように感じた。

これまで安全面や制度設計について提案をしてきたが、正直に言えばこの業界が大きく変わるとは思えない。

なぜなら、この問題は9割の自転車競技者にとって関係のない話だからだ。

男子選手には見えない問題。

女子選手でなければ気付きにくい問題。
 

主催者も選手もそれが問題だと認識していないから。

 

だから議論にもなりにくい。

だから変わりにくい。

もし、この記事を読んだ9割の関係ない人が、女性選手の目標や評価について少しでも考えるきっかけになったなら、それだけでこの記事を書いた意味はあったのかもしれない。

 

 

現状のキャラスロン

最近の発信を見ていると、運営側には世界を目指したいという意志が感じられる。

 

 

そこで今回は、さらに工夫できるであろう部分をピックアップした。

 

現在の発信は大会報告や参加募集が中心であり、海外展開の前段階に見える。

 

今後はより対象を絞った発信も有効になってくるのかもしれない。

 

そのためには日本のアニメ文化を世界へ発信するイベントという視点も重要になってくるのではないだろうか。

 

キャラスロンの魅力は競技だけではない。

 

日本のアニメ文化

コスプレ文化

痛車文化

 

これらを同時に楽しめることこが、他のイベントにはない大きな強みである。

 

スポーツとしての側面も重要であるが、海外展開という視点では、アニメオタクイベントとしての側面が大きな鍵になると思う。

インフルエンサー戦略

現在は国内インフルエンサーとの連携が中心。

 

もちろん認知拡大という意味では効果があると思われる。

 

しかし、海外参加者を増やすという目的で考えると、海外コスプレイヤーやアニメ系インフルエンサーとの連携にも可能性がある。

 

インフルエンサー選定において重要なのは、どれだけ数字を持っているのかではなく、その人の発信・行動によって実際に人が動くか。

 

有名な人を呼ぶことと参加者が増えることは必ずしも同じではない。

 

過去の様々なイベントを見ても、話題にはなったが参加者数には大きな変化がなかったというケースが多い。

 

そのためインフルエンサーの条件としては、参加者を連れて来られる人だったりコミュニティ形成力のある人。

 

さらにはファンとの距離が近い人。

 

Vlog文化を持ち、来日前から帰国後まで継続して発信できる人。

 

特に台湾は日本文化との親和性も高く、最初の展開先として相性が良い可能性がある(と思っている)。

 

台湾のコミケイベント「Fancy Frontier」⇒イベント紹介| フロンティア - フロンティアアニメ

海外参加者戦略

世界大会を目指すのであれば、海外参加者の存在がかなり重要になってくる。

 

運営が世界大会を目指していると発信するのと同時に、「台湾から参加しました」「また来年も参加したい」という実際の参加者の言葉には説得力が乗る。

 

たった一人の生の声が、大きな資産になっていく。

 

理想的なのは、海外参加者が海外参加者を呼ぶ状態。

 

今、日本国内のような参加者自身が魅力を伝える循環が海外で生まれれば、世界大会への道も見えてくる。

海外参加者向けガイド

そこで問題点がある。

 

海外の人が興味を持ったとしても、エントリー方法が分からない。

 

自転車をどう準備するのか分からない。

 

どこのホテルを予約すればよいか分からない。

 

英語だけで参加できるのか分からない、などといったケースにどう対応していくか。

 

例えば、エントリー方法や各国からのアクセス情報、宿泊案内、レンタサイクル情報。

 

コスプレ規定、大会当日の流れ、過去参加者の体験談などがその国の言語で整理されていれば、不安の解消につながる。

 

場合によっては、空港で自転車を預け大会側の送迎によりホテルやイベント会場へ移動できるなど、手厚いサポートのキャラスロンプラン(仮)も必要とされるかもしれない。

 

とはいえ、参加が出来ない一番の障壁はやはり言語の壁だと思う。

イベント独立化

現在は千葉シティトライアスロンの中の一コンテンツという位置付けになっている。

 

しかし将来的に運営が可能であれば、キャラスロンだけで独立したほうが好都合だと思った。

 

そうすればレースの他にコスプレコンテスト、痛チャリ展示会、撮影会、アニソンライブ、ステージイベントなどを組み合わせた総合アニメオタクイベントにできる。

 

 

イメージはコミケである。

 

現状はトライアスロン大会の一企画であるため、コスプレ文化をさらに前面に出したい参加者もいるかもしれない。

 

さらに海外から見た場合、トライアスロン大会の中のコスプレ企画よりも、日本独自のアニメスポーツの世界的フェスという方が伝わりやすい可能性もある。

 

今はまだ早いだろうが、将来的に海外選手の訴求においてはそちらの方が圧倒的に刺さりやすいと思う。

メディア戦略

キャラスロンの大きな強みの一つは、メディア体制にある。

 

特に千葉テレビである。

 

取材企画力、編集力、発信スピードという面で非常に強みを持っている。

 

 

 

これは他イベントにはない武器だ。

 

例えば海外コスプレイヤーを招待した場合でも、来日前~大会後まで継続的に密着することで、一つの物語として発信することができる。

 

なぜ参加したのか。

 

何を感じたのか。

 

メディア×インフルエンサーこそが次の参加者を呼び込む力を持つのではないだろうか。

結論

世界を見渡しても、コスプレ×スポーツの国際イベントはほとんど存在しない。

コスプレの世界大会はある。

スポーツの世界大会もある。

しかし、その両方を組み合わせたイベントは極めて珍しい。

今後、海外参加者が増え、世界各国から参加者が集まるようになれば、コスプレ×デュアスロンの世界選手権的な存在になっていく可能性は十分あると思う。

 

さらには競技イベントとしてだけでなく、世界中のアニメファンが集まる最高のオフ会イベントとして成長していく可能性にも期待したい。

 

HP⇒千葉シティトライアスロン

 

キャラスロン記事

キャラクターデュアスロン2025 アウトサイドの世界から行く末を見つめる | 人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

「コスプレ×自転車」イベントが抱える根本的な課題 | 人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

キャラクターデュアスロンの横軸評価がもたらすコスプレクラスの新たな形 | 人に備わった力 理解の範疇を超えてゆけ。

人は人生の意味を知りたがる。

 

何のために生きるのか。


何を成し遂げるべきなのか。


どのような人生が正解なのか。

 

しかし、その問いに生きている途中で答えを出そうとしても意味はないと思う。

 

未完成であることが人生そのものだからだ。

 

人は未来を見通せるほど万能ではない。

 

数年先の計画を立てることはできても、数十年先までを描くことはできない。

 

ひとつの選択がどのような結果を生み、出会いや別れ、どのような価値観の変化をもたらすのかは誰にも分からない。

 

人生の途中で振り返ることはできる。

 

反省し、軌道修正し、新たな目標を立てることもできる。

 

しかしそれは人生の意味を決定付けることにはならない。

 

あくまで現在地の確認に過ぎない。

 

人はそれぞれ何かを問いながら生きている。

 

しかしその問いに対する答えを見つけることはできない。

 

なぜなら人はその一生を終えるとき人生に答えを出すからだ。

 

日々の選択

 

積み重ねた行動

 

守り続けた価値観

 

人生の終わりに至ったとき、その人の生涯は初めて完成する。

 

だから人生に意味を見出すことは意味が無いのである。

 

目の前の課題に向き合い、考え、迷い、修正しながら生きる。

 

その積み重ねの先で、人生は一つの物語として完結する。

 

人生の意味とは、生き終えた結果として後から確定するものなのである。

 

 

前回記事

 

従来インクルーシブ自転車レースの弱点

従来のレースの明確な弱点として、ふたつあると思う。

 

ひとつは打ち出しの弱さ。

 

オールインクルーシブという言葉は聞こえが良い。

 

誰でも歓迎。


初心者も、上級者も、コスプレも、パラ選手も。

 

しかし全部を扱おうとすると、点が分散し、なんでもあるからこそ故に何も刺さらないという状態になりやすい。

 

だから必要なのは、誰でも来ていいだけではなく、このイベントだから参加したいと思わせる尖り方だと思う。

 

もうひとつ。

 

TTで生まれた順位が、その後のレース構造にも引き継がれている点にあると思う。

 

さらに参加人数によってこの傾向はより強くなる。

 

参加者数が多ければ、同レベルの選手層が厚くなり、接戦が生まれやすくなる

 

しかし人数が少ない場合、1位と2位、2位と3位のタイム差が大きくなりやすい。

 

クラス分けしたにも関わらず、結局は脚力差がそのまま第2ヒートの結果へ反映されてしまう。

 

「ハンマーシリーズ」

そこで参考になると思ったのが、海外の「ハンマーシリーズ」のようなチーム制レース。

 

簡潔に言えばチーム全体で戦う設計だ。

 

これを日本向けにアレンジし、前回提案した「紅白戦形式のインクルーシブ自転車レース」にしてみたらどうだろうか。

 
第1ヒートの結果で参加者を、紅組白組の2チームに分ける。
 

重要なのはここから。

 

スタッフ、DJ、ブースまで含めて会場全体を紅白に分ける。

 

すると運営側と参加者側、初心者と上級者という境界がぼやける。

 

従来のイベントは、どうしても見ている人と走る選手。

 

さらには選手同士ですら分離しやすい。

 

しかしチーム戦にすると、初心者でも貢献できるし、得点に関われることでチームの一員として役割を持つことが出来る。

 

インクルーシブ自転車レースとの相性が非常に良いと思う。

 

ゼッケン交換ではなく腕章

例えば2ヒート制にすると、毎回ゼッケンの変更は選手にとって負担になる。

 

そこで、朝受付で配られたゼッケンを一日中つけっぱなしにする。

 

第1ヒートの結果をもとに、紅組 → 赤腕章 白組 → 白腕章を両肩につける方式にする。

 

※色は何色でもよい。腕章は紙テープでコスト軽減。

 

これなら視認性も高く、運営負担も少なくなる。

 

「日本初のハンマーシリーズ」という打ち出し方

単にゆるいイベントではなく、日本初のハンマーシリーズとして打ち出せば、競技経験者にも刺さるだろう。

 

初心者向けや福祉要素を前面に出すと、競技性の見え方が弱くなる。

 

しかし、チーム戦の戦略性やポイント制、一体感を組み込むことで、見る側も走る側も面白くなる。

 
さらに面白くするために配点の設計を工夫する。
 

例えば、女子選手 → 得点2倍 小・中学生選手→得点3倍 異種車種・パラ選手 → 得点4倍 コスプレ参加 → 特別ポイントなど、このイベントだからこそ自分の特性を最大の強みに出来る構造を作る。

 

この配点をなるべくリアルタイムに表示することで、全員に臨場感を持たせることで一体感を出していく工夫も必要だろう。

会場について

会場はこの場所で良いのだろうか。

 

下総運動公園の最大規模のイベント「しもふさクリテリウム2026」を参考にすると参加者数は369人。

 

 

つまり、このインクルーシブ自転車レースをどれだけ魅力的なイベントにしたとしても、その規模にしかならないことを表している。

 

確かに魅力的な施設ではあるが、アクセスがあまり良くない点や、会場が広すぎて一体感が薄れるという課題を(私個人が勝手に)感じている。

 
会場については費用面との兼ね合いもあるため、すぐの変更は難しいだろう。

ただ、今後収支面に余裕が出てきた場合、アクセスがより良く、より一体感を作りやすい会場への変更を検討しても良いのではないだろうか。
 

まとめ

良いイベントの最低条件とは、競技として面白いことと走る人だけではなく、会場にいる全員が盛り上がれる空気感があること。

 

初心者、上級者、コスプレ参加、パラ選手、応援者、DJ、スタッフ、ブース。

 

どんな立場の人でも、自分なりの役割を持てることではないだろうか。

 

誰でも歓迎、初心者歓迎と掲げるだけではなく、その人たちが参加したい!次も参加したい!誰かに勧めたい!と思える仕掛けがきちんと設計されているか。

 

さらに、選手からイベントへの評価だけではなく、イベント側もまた、価値を生んだ行動を正しく評価し、形にできるかどうかだと思う。

 

そこまで設計できて初めて、参加したくなるイベントになるのではないだろうか。

 

あとがき

今回の考え方に見落としは無いだろうか。

そう思い、改めてイベントHPを見返してみた。

そこには、
インクルーシブとは、「特別扱い」という意味ではなく、全員が参加しやすい環境づくりのことであり「特定の人を優遇する」という意味でもありません。

環境や制度、仕組みを整えることで、誰もが自然に参加できる状態をつくることが本質です。
と書かれていた。

今回考えた提案とは、全くの逆だった。

小・中学生、女子選手、パラ選手、コスプレ参加者。

そういった人たちこそ、このイベントで輝ける仕組みを作れないかと考えた。

 

しかし、それは本来のインクルーシブの考え方とは違っていた。

もしかするとインクルーシブ自転車レースとしては、ふさわしくなかったのかもしれない。

そんなことを考えた。

 

イベントHP⇒インクルーシブ自転車レース公式ホームページ

人生で初めてマラソンレースに参加。

 

HP⇒にしごうRUNフェス2026 – 村外からの交流人口拡大と村民の健康増進を目指す、ランニングと「食」のフェスティバル


エントリーした理由は、仮装の部エントリー費無料という参加しやすさに魅力を感じたから。

さらにすべてのクラスが男女別でそれぞれ3位まで表彰される点も魅力的に感じた。


自転車系のコスプレイベントでは部門総合上位3名という形式が多く、男女別で評価されることはあまり無い。

 

非常に良い仕組みだと感じた。

 

そして何より、好きなキャラの衣装に身を包み、沿道から多くの声援をもらえたことは非常に嬉しかった。

 

 

ただ参加したではなく、大会を盛り上げることに少しでも貢献できた感覚があった。

 

実際に参加して見えてきた課題も何点かある。

 

まず感じたのは、仮装の部がロングコース限定のためハードルが高い点。

 

初心者の自分にはかなり厳しく、実際ほとんど歩く形になった。


完走した達成感はある。

 

しかし途中からは楽しいより苦しいで一杯だった。

 

仮装の部というのは、タイムを競うことを重視する人ももちろんいるが、好きなキャラクターを表現したい人や、イベントを盛り上げたい・楽しく参加し、色んな人と思いを共有したいという目的で参加する人が多くいると思う。

 

私もその一人だ。

 

だからこそショートコースにも仮装の部を設けた方が、そういった初心者やライト層も参加しやすくなり、イベントをより盛り上げることが出来ると感じた。

 

もう一つ気になったのは交通規制について。

 

警備員の方にかなり強い口調で詰め寄っている運転手を何人か見かけた。


最後尾を走っている(歩いている)私が規制を長引かせてしまっている原因なので、申し訳ない気持ちでその様子を見ていた。

 

もちろん運営側も相当努力してイベントにこぎつけたと思う。

 

しかし現実として、住民全員の理解を完全に得るというのはかなり難しいとも感じた。

 

そこで思ったのが、東京マラソンなどの大規模イベントでなければ、必ずしもラインレース形式にこだわる必要はないのではないかということ。

 

例えば会場周辺を使った周回コース形式にすれば、観客は同じ場所で何度も応援できるし、万が一の救護も迅速に行うことができる。

 

参加者はリタイアを選択しやすくなり、必要以上の無理を防ぐことが出来る。

 

更に、交通規制範囲を小さくすることで警備誘導の負担を減らせる。

 

それにより住民側の負担もかなり軽減できるなど、かなり多くのメリットがある。

 

仮に周回形式にすると、今何周目か分からなくなるのでは?という意見に関しては電光掲示板などを使い、現在周回数を表示するシステムを導入すれば十分対応可能だと考えている。

 

イメージとしては弱虫ペダルの合宿で使われていた周回カウントシステムに近いものである。

現在の技術なら、そこまで難しい仕組みではないように思う。

もう一つ気になったのは、給水所で飲み終わったカップをそのまま道端へ投げ捨てる形になっており、レース終了後にスタッフの方々が一つ一つ手作業で回収していた。


さらに、かなり離れた場所にカップが投棄されているのも見かけた。


それが文化と言ってしまえばそれまでではあるが、スタッフの負担を考えると改善の余地は十分にある。

例えば、給水ポイント付近に簡易的な段ボール製でも良いのでゴミ箱を設置した方が良いのではないかと感じた。

それだけでスタッフの回収負担軽減や地域住民への負担軽減など、かなり効果があるように思う。

小規模大会だからこそ、こうした小さな負担の積み重ねが、住民の理解をより遠ざけていくのだろう。

 

今後は、どうすれば参加者・住民・運営すべての負担を減らしながら継続できるかという方向へシフトしていった方が、それが結果的に長く愛され、規模の大きいイベントに成長していくのではないかと思った。

 

 

 

 

今回紹介するのは、稲盛和夫さんの著書

「心を高める、経営を伸ばす」

この本と出会ったのは、地元企業に入社後、思いがけず管理職に就いたことがきっかけだった。

 

右も左も分からない中で受けた管理者研修の教材の一つが、この一冊だった。

 

正直、最初は「経営者向けの本」ということで少し構えた。


しかし読み進めていくうちに、自分がこれまで趣味に真剣に向き合い、限界までやり続ける中で培ってきた考え方と、この本で語られている人生観に多くの共通点があったため、内容が驚くほど自然に頭に入ってきた。

 

本書は一章ごとに短くまとめられており、私のような普段読書をしない人でも読みやすい構成になっているのがポイント。

 

それでいて、仕事だけでなく人生全体に通じる本質的な考え方が詰まっている。

 

仕事だけではなく新たな分野に挑戦したい人や、自分自身との向き合い方を見直したい人にとっては、このマインドセット本が救いになるだろう。

最近、自転車業界の選手たちをみていると、レース後のコメントで気になることがある。

 

「~すれば優勝できたかもしれない」
「調子が悪く全くダメだった」
「〇位なんて雑魚すぎる順位でしたwww」

 

こうした言葉を、公の場で発信している選手がいる。


競技者である以上、そうした思いを持つことや分析をすることは否定しない。

 

自分の弱さを認める事は、成長に繋がるプロセスだから。

 

問題は、それを公の場で平然と発信してしまうという点である。

 

レースの結果には様々な要素が絡み合う。

 

展開

駆け引き

運

練習の量と質


結局はどれだけそのレースに懸けてきたのか。

 

それが公平に形を成したものがリザルトである。

 

その想いの強さで勝利を掴んだ選手がいるにもかかわらず、

「調子が悪かった」

「~すれば優勝できたかも」

と平気で口にしてしまう。

 

それは勝者の価値を下げる行為だ。

 

それと同時にレースそのものの価値にも傷が付き、真剣に走ったすべての選手に対して、敬意を欠いた態度だということになぜ気付かないのか。

 

 

近年のトップアスリートの発言は対照的である。

 

彼らは敗れたときほど、相手を評価する。

 

「全力を尽くしたけど相手はもっと強かった」
「今日は完全に上回られた」

 

そう語ることで、勝者の価値を正当に認める。


そしてその勝者と戦った自分自身の価値も相対的に上がることに繋がる。

 

 

競技は、結果がすべてでは無い。

 

リザルトには見えないその過程や様々な評価によって価値が生まれるものだと信じている。

 

同じ熱量で練習に同じ時間を費やし、同じ場所で競い合う。

 

だからこそ、選手達のレース後の一言には重みが加わる。

 

残念なことに、それを理解せず迂闊な発言をする人間が、自転車競技で特に多く見受けられる。

 

はっきり言って、勝者を軽んじる言葉を発する人はアスリートの器ではない。

 

ただアスリートの真似事をしているだけで、辛い現実から逃げるだけの心の弱い人間。

 

順位という理解りやすい指標でしか自分自身の価値を肯定できず、中身のない空虚な人間。

 

私はそんな人間のことを蔑除する。(藍染惣◯介)