日尾御前の由来
日尾御前とは
八尾町大長谷地区にある
知る人ぞ知る名所
この記録を見ると
昭和50年に
当時67歳の著者が書き記したものです。
おそらく
記録を残さねば
という使命感
からお作りになったものでしょう。
中身は、壮大な風景や神秘的な言い伝えが
美しい直筆で記されています。
[一部記録を抜粋しておきます]
県道より、日尾の谷川を三粁ほど上がると、日尾谷が開け、広い盆地となっています。
その正面を仰ぐと、何百米も続く広い岩壁が立ちはだかっています。
そこには、高さ四十五米で胴回り三十米ほどの雄大な岩が天に聳えています。これをむかしから日尾の御前さまといっております。
この春、必ず行ってみたい場所の一つです。
<参考URL>
http://www.fitweb.or.jp/~ike/nissi2008/hiogozenyama080628/080628.html<ダウンロードはこちら>
http://www.yy-toyama.jp/img/hionogozen.pdfぽっちんお願いします

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<編集後記>
どこの地でも
知られざる名所
というものはあるものです。
「なぜ、知られざる なのか?」
それは、地元の方々が
大切にしたいという思いであったり、
地元では「当たり前」の光景のため
宣伝するに値しないと思われていたりするためです。
これまでは、それでもよかったのです。
なぜなら、地元の方々が次世代に語り継ぎ、
脈々と守ってきたからです。
ところが、時代が変わってきました。
山間部は超・超・超過疎化が進み、
知られざる名所を語り継ぎ、
守っていく世代が消滅しつつあります。
知られている名所
であれば、情報開示も進み
インターネット上でもたくさん検索できますが、
知られざる名所
となると、そうはいきません。
つまり、人がいなくなると同時に
知られざる名所
の存在・価値も
忘れされてしまうのです。
これはあまりにも寂しいことです。
そうさせないためにも、
今を生きる世代は
自分たちの出来る範囲で
伝承させなければなりません。
伝承の方法論の一つが、
歴史書を作ることです。
歴史書というと大げさですが、
要は記録を残すということです。
その記録こそが、将来の歴史書になるのです。
先人たちは、和紙と墨を使って記録を残しました。
数百年前に記された記録は
今でも読めるレベルで保存されています。
現代のように、デジタルデータという概念がなかったため
きっと、保存性を重要視して、
和紙と墨を用いたに違いありません。
そのような記録の積み重ねがあるからこそ、
歴史があり、現代もあり、かつ将来も創造できるのでしょう。
今回、私に出来ることは非常に小さく
○記録をPDFにして開示する
○日尾御前の存在をお伝えする
ことくらいです。
しかし、こういうひとつひとつの積み重ねで
素晴らしい名所が忘れ去られないように
出来ると信じています。
