こんばんは「ようよう坂町」
今日も雨です。昨日は、雨の中での月イチ「第117回
ようようウオーキング」は広島文化学園大学が担当です。
雨のためか参加者は7人と最少でした。でも今まで中止
したことはありません。
今回は「坂町歴史探訪ウオーク」で、まず、先週秋祭りが
行われ、多くの人でにぎわった八幡山八幡神社です。
1260年鎮座。1558年頃現在地に遷座、1652年社殿再建
以来変遷を経て明治13年拝殿が再建され、平成元年修復
されています。
塔の岡にお堂を建て塔半寺と号し、真言宗を伝えたと言わ
れています。その後浄土真宗に改宗、僧道明の時、森山の
用材を使って仏堂を移転改築し、西林寺と改め、1688年に
現在地に移り、東岸山西林寺と名づけられました。昭和30年
本堂を焼失、昭和34年に再建されました。
坂町出身の金田邦夫氏が自転車部品の会社を創業。昭和
21年にサンスターは歯磨き製造開始しました。
現在、サンスターホールの命名権を年間500万円で買って
いただいています。
あります。
畝為吉翁は、明治22年生まれで、少年時代生まれた上条地区
から山を越え、植田地区へ畑に使い走りに出かけていました。
今のトンネルの上の急勾配の山を越えることは住民にとって、
不便極まりない難所でした。そんな時、呉線のトンネルが開通
したのを初めて見て驚嘆し、この山にトンネルを掘れば、村の
人も(その当時坂村)楽になるだろうと、秘めた決意を胸に、
わずか16才の時、単身でハワイに渡りました。
以来40年余り、汗と油の辛苦の結果、マットレス工場を経営、
巨万の富を築き上げ、「少年時代の夢」の実現をしようと、
昭和24年8月に帰国、準備を始め12月半ばに着工、工事費
全額を畝翁が個人で出資し、地区単独工事として、起工以来
1年4ヶ月で全通完成を見ました。トンネルは幅4m、高さ4.5m、
長さ110mで、道路延長は1,400m、上条地区から植田地区を
経て、国道31号まで車の通行が可能になりました。
トンネルの両入口には上条側に「協力一致」、植田側に
「共存共栄」という文字が刻まれています。
きれいになっています。
坂町にも誇れる歴史がありますね。