wonderful!牛頭天王
何百年ぶり現る!
今まで誰も見たことがない!牛頭天王様(ごずてんのう)
八坂神社は麻生地区の八坂神社の総本山です。2024年お出ましになられました
茨城県行方市麻生の八坂神社の本殿の右側の柱が虫食いのため、工事の際に、天井から牛頭天王様がお出ましになられました!牛頭天王は、疫病や災難、病気平癒などのご利益がある神様として知られています
この八坂神社は麻生地区の八坂神社の総本山です
土地の人々は、天王様と言う場所は天王崎と呼ばれます
天王様祭と呼ばれた祭礼から、明治4年5月神社社格を定めた時、八幡宮を村社にし、天王社は無格社となったが、大正3年7月八幡社を八坂神社に合祀して、八坂神社が村社となった!麻生町八坂神社に八幡、諏訪両社を遷祀!
神仏習合は、明治政府が神道を“国教”とすべく「神仏分離令」を1868年に発令するまで続きました。現在では「神道」も「仏教」も独立した異なる宗教として信仰されていますが、全国に神仏習合のなごりを残す寺院や神社は少なくありません。
修繕が完了し、牛頭天王様は、本殿に鎮座しておられますありがとうございます
麻生祇園馬出し祭は、茨城県行方市麻生420
天王崎公園にある八坂神社で開催されます
壮絶な馬と神輿の戦いです
麻生祇園馬出し祭とは・・・・・現代も続いている
慶長五年(一六〇〇年)、関ヶ原の戦いでは西軍に与し、戦後処理にて改易となり、近江の国の新庄父子の身柄は蒲生秀行の預かりとなった。
慶長九年(一六〇四年)家康に召されて駿府に入り、赦免を受け、江戸の徳川秀忠に拝謁して、常陸国行方郡・河内郡・新治郡・真壁郡・那珂郡、下野国芳賀郡・都賀郡・河内郡の八郡において、三万三百石を与えられ、後に行方郡麻生に立藩した。故郷である近江の国の琵琶湖によく
似ている霞ケ浦の景色にきっと安堵感も覚えたことでしょう。
琵琶湖から霞ケ浦へやってきた新庄様は、明治維新まで、この麻生の地を護り続けてくれました