2022年6月8日 認知機能障害発症 → 緊急入院後
右顔面 部分痙攣多発
先生方の早急の対応で、
6月13日から3日間 定位放射線 照射
この写真は放射線2日目 6月14日の夜
入院中で一番元気だった瞬間
Fitbitで一日の歩数を測るのが好きだった夫。
「歩数稼がないと」なんて言って、病室を数分間うろうろ歩いていました。
(写真はFitbitはつけていないことに気が付いた瞬間の顔。おちゃめなところが可愛い人です。)
この直後はお腹が痛いと呻き、ベッドに突っ伏していました。
内科医の先生にバトンタッチ、CTなど撮ってもらいましたが原因がいまいちハッキリせず。
ガスが溜まっているのかも?なんて言われて痛み止めをいただきました。
この翌日だったかな。
放射線も終わって、しばらくして。
右手・右腕が動かない。
18日に退院する頃には、右脚も動かなくなりました。
みるみる右半身不随が進行して、退院時には車いすが手配されました。
脳で大きくなった腫瘍からの出血が原因とのこと。
主治医は、「免疫療法(オプジーボ&ヤーボイ)はもう効かないだろうし、
この体の状態では薬は耐えられない。
本人のために、緩和ケアへ移行になる」
と説明を受けました。
「ホスピス」というワードも聞きました。
現実を受け入れられませんでした。
納得できませんでした。
夫は「家に帰りたい」と。
私もホスピスに行かせるつもりは到底なく、
帰宅の準備。
「Support crew」の4人とそのうちの一人の奥さんが、退院の手伝いに来てくれました。
みんなで動かない夫の体を支え車に乗せ、自宅まで運転して連れて帰ってくれました。
ここから要介護レベル5になった夫の自宅介護生活が始まりました。