『鳥の涙』 津島 佑子著
近現代作家集 III/日本文学全集28
子どものころ寝る前にふとんの中で母や祖母が話してくれる昔話。
家族との思い出として心に強く残っているものです。
母の声、母のぬくもりを感じながら聞く昔話は
何度聞いても心が躍らせるものもありました。
今回の渋幕で出題された素材文は、アイヌの民話(伝承によるもの)を元に展開していく短編小説です。他国で強制労働を強いられた父が、首のない鳥として舞い戻ってくるというものです。短いひとつのストーリが、語る人によって、民話に馳せる思いやイメージを変えていく。筆者の才能を感じさせる文章だと思っています。
祖母は事故で亡くなった夫を、母は疾走してしまった夫を、それぞれ首のない鳥のイメージとしてとらえています。そして主人公の「私」は、幼くして死んだ大切な、大切な弟を想起させるものになっています。
かわいくてかわいくて仕方のなかった弟。そんな弟を首のない鳥に見立て、その翼からあふれる涙が「私」の体を濡らしていくという部分を読むと、脳内にそのイメージが穏やかに滑り込んできて、一瞬にして心が吸い込まれ胸が熱くなります。
ここ数年は、文章=読解練習だった受験生ですし、入試当日は心も体も緊張感でがちがちになってしまっているので、その文章を味わうという余裕はなかったのではないかと思います。その証拠に生徒の多くが、素材文を読み始めてすぐに「えっ!何これ」「怖い~」「えぐっ!」「これから眠ろうとしている子にこんな話をする?」なんて思いながら問題に取り組んだと言っていました。
さて、今回の素材文を最後まで読むと、作者の父は他国で強制労働を強いられたのではなく若い女性と出奔したことや、父は著名な作家だったこと、事故で亡くなった祖父は青森の人だったことなどがわかります。
父が作家で、
祖父が青森の人で、
作者が津島さん...
えっ!太宰…
この人、太宰治の娘なんだぁ…と
この辺りで気づいた子は多かったようです。
お母さまの中にはNHK朝ドラ『純情きらり』の原作者だと気づかれた方もいらしたことと思います。
問題の最後の2問では、作者の父のものとして紹介された作品名、およびその作家(主人公の父)名を答えさせる問題でした。
受験が無事終了したら、再度生徒たちにはこの文章を読む機会をもってもらい、やわらかくなった心でその文章のすばらしさを体験してもらおうと思っています。