家族葬儀とか密葬とか言うけれど、普通にお葬式出しても、身内だけでやっても、
必要なお金なんて、見栄を張らなければ大して変わらないですね。

お葬式にかかるお金のほとんどは、豪華絢爛な祭壇とお坊さんに払うお布施や戒名料。

そこで見栄を張らなければ、どんな葬儀の形式にしても大したお金がかからないのは、一緒なのですよね。

家族葬儀はとても楽で魅力的だけれども、義理堅い方は後々必ず訪ねてこられるものです。そのお相手も、1年近く続くと、多少面倒にもなったり。。。

結局、残された者のために葬儀という儀式があるのだと割り切って、自分に都合の良いようにやるのが一番ですね。気持ちの整理の面も当然含めて。。。

春ですね。春は来るんですね。地震があろうと原発が壊れようと。チューリップが満開です。一月初旬、孫が来た時、花大好きさんが一杯呑みながら球根植えるところを、孫を手まねきして見せてくれた。今度、咲いた頃に来られるといいね。でも地震が先にきちゃった。私の住いは県営住宅で九棟の一番県道沿い。県道との間に小さな公園もあり、県営の敷地内、個人の家でいえば南側庭にあたる部分もけっこう広い。この頃毎日鳥も来る。スズメより大きい、ハトより小さい、ちなみに今朝はこの三種類全部来てました。天気の良い日曜日はほぼ一日中子供の声がしてる。

一週間ほど前、例によって例のごとく、ワンコインランチ友達と、食後のココア(彼女と私はココアです。朝がコーヒーなんで)も済み、じゃあ又と別れ、県営の敷地に回り込んだところで、子供の泣き声に足が止まった。別にめずらしい事ではないけれど、ちょっと激しすぎる。四・五才位の女の子、前に似た年頃の男の子二人何か言ってる。

「コラ、コラ、どうしたの」笑いながら声かけた。いじめちゃいけないよと言うつもりはなかったけれど、二人の男の子、必死で訴えた。違うよ、違うよ、僕たちは遊ぼうよって言ってるだけなんだよ。ふうん。そうか、そうか。うちの孫よりちょっと大きいかな。私が近づく間に、二人の男の子あーよかったとばかりに急いで離れていっちゃった。ますますしゃくりあげる女の子を抱きしめた。
「あーん、あーん、パパに会いたい、あーん、パパー」

この団地、神奈川県の県営です。アジア系の外国人も多いのです。隣りといってもいい距離にタイレストランなんかも有ります。女主人は日本人で私の友人ですが、ご主人はタイの方。それはまあ、どうでもいいけれど、女の子の顔、ちょっと黒い。タイよりもブラジル?

「そうか、そうか、パパに会いたいのか、そうか、そうか」国に帰っちゃったのかな、この子置いて?ほんの少し泣き声が小さくなった。ちょっと離れて見ると鼻水だらだら、顔くしゃくしゃ。ちょっと待ってねとバッグからテッシュを取り出しふいてやる。私、二・三年前、しゃべり過ぎて喉痛めた。以来喉あめ持ち歩いてます。しゃべる方は止められないもんですから。一つしか残ってなかったけれどそれ出して渡してやった。困ったな、何と言ってやるべきかな?

「パパに会いたいのか、そうだよねえ」
「あーん、パパー、パパー、パパに会いたいよー」
「うんうん、で・・・・ママは?」
「あーん」

もっと声大きくなっちゃうだろうなあと覚悟した程でもなかった。

「---ちゃん」
にこにこ笑いながら近づいてきた若い女性。ママ?とも違うようだけど当面の女の子の保護者らしい。

「パパに会いたいって、大泣きなんだけど・・・パパ・・・は?」
「今ちょっと買い物に行ってるんですよ。だから---ちゃん、---君ちで遊んで待ってようよ。ね?」---君のママらしい。
「あ、そうなの。お買い物なの、そうなのー、私は又あんまりすごい泣き方なんで、お国にでも・・・あはは・・・じゃあ」手を振って自分の部屋の階段の方へ向った。子供にとって居るはずの親は、ほんのちょっと買い物で離れただけでもあの騒ぎです。津波に一瞬で親をさらわれた子、いったい何人いるんでしょうねえ。ドアの錠を開けながら涙がこみ上げました。この頃毎日、何度もこんな風に涙がこみ上げます。何にも出来ないんです。ほんの少しばかりの献金位しか。

昔、といってもそれぞれの息子が三十五歳なので、正確には三十五年前、小さな建売りの六畳の居間に、儀妹と私はそれぞれの赤ん坊をかかえ、母は空身で居りました。玄関のチャイムが鳴りました。三人顔を見合わせ、空身の母が立ちました。時間的にセールスのようです。案の定・・・いえうちは関係ありません・・・さり気なく居間のガラス障子を閉めながら、母が答えています。出てくるなという合図です。儀妹と私は目くばせしながら気配を殺しました。赤ん坊も・・・覚えてはおりませんが、多分静かでした。

セールスはなかなか出て行きません。化粧品のようです。今の五十五歳と異なり、母は見るからに老婆です。そんなものいりませんの一点張りです。セールスのせっぱつまった声が大きくなります。・・・でも・・・ではお顔は何で洗ってらっしゃいますか・・・石鹸ならせめて洗顔クリームを・・・そんなところでしょう。
・・・顔?・・・母は答えました。・・・いえ、顔は洗っておりません・・・

玄関ドアが閉り、母が錠を下す音を聞いたとたん、儀妹と私は・・・多分それぞれの赤ん坊を座布団か何かに下し、笑いころげました。

二、三か月前、テレビで顔は出来るだけ弄らない方が良い、洗顔も石鹸の泡だけでそっとというのを見聞きしました。今時の情報番組ではありますが、答えているのは医学博士のようです。決して若くはありませんが、美しいとされている数人の女性タレントがのけぞり、顕微鏡で拡大されたそれぞれの顔面の映像が流れます。

・・・顔は洗っておりません・・・は正しかったのです。私は三十五年ぶりに笑いころげました。
・・・うちの母の凄さ・・・を他人に語る時、私はよくこの話をしたものです。

私とは筆舌に尽くし難い感情のやりとりをした母は、この春九十歳で逝きました。

喪中につき年賀の・・・

葉書の宛名書きをしながら、顔は洗わないは正しかったと、又、私は笑いころげました。

目の縁に微かに薄苦いような涙が滲みました。