日時: 2026年4月29日(木) 14:00より
場所: 東京文化会館
指揮: リッカルド・ムーティ
演奏: 東京春祭オーケストラ
演出: キアラ・ムーティ
合唱: 東京オペラシンガーズ
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レオン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
トリノ王立歌劇場とパレルモ・マッシモ劇場の共同制作によるプロダクション
ムーティ指揮するオーケストラは、緻密で明晰、キレのある立体的な響き、重厚で荘厳な緊張感、また甘美で優美な抒情性があり、色彩豊かで表情豊かです。
序曲は、クライマックスの予兆であり、滅びのカウントダウンを示すような、デモーニッシュで劇的な迫力があります。
フィナーレ、騎士長の登場から"地獄落ち"までの音圧が凄まじく、壮絶で緊迫感たっぷり。
緩急・強弱、そして硬軟自在、歌手に寄り添いつつ、よく引き締まり統制されたバランスの良い演奏です。
特に、ムーティの拘りの弱音の効かせ方・演奏は、いつもながら美しく見事です。
基本的には座っているものの、要所要所で立ち上がって颯爽と指揮するムーティの姿の若々しいこと。(御年84歳)
アレッサンドロ・ベニーニによるフォルテピアノは、歌手に寄り添い、雄弁で秀逸です。
ムーティが紡ぎ出す演奏によって、今回改めて、このオペラの音楽の美しさ・深さを認識して魅了され、モーツァルトの魔法に圧倒されたのです。
歌手陣は手堅いもののやや小粒な印象ですが、アンサンブル・オペラということで、重唱は纏まりがあり見事、まぁ満足です。
第1幕の主要人物全員による七重唱、
第2幕の題名役を除いた人々による二つの六重唱、
レポレッロが捕えられて正体が露見するまでと、"地獄落ち"のフィナーレは、聴き応えがあります。
ドン・ジョヴァンニ役のルカ・ミケレッティは、深くハリと艶のある低音美声。
時々によって、見せる顔を変える(キャラを変える)、変幻自在の歌唱力・表現力・演技力ともに充実しています。
稀代のプレイボーイとしての"華"と存在感はあるのですが、更なる"悪"のインパクトが欲しいとも思います。
レポレッロ役のアレッサンドロ・ルオンゴは、味わいのある歌唱と演技です。
ドン・ジョヴァンニとの掛け合いが楽しく、"光"と"陰"を表しているようにも思います。
勿論、"光"はドン・ジョヴァンニ。
騎士長役のヴィットリオ・デ・カンポは、出番は少ないものの、立派な歌唱で迫力があります。
ツェルリーナ役のフランチェスカ・ディ・サウロは、透明感のある瑞々しい美声、充実した歌唱力・演技力です。
可憐な村娘なだけではない、小悪魔的な魅力を発揮。
ドン・ジョヴァンニとツェルリーナの二重唱は、魅惑的で聴き入ります。
ドンナ・エルヴィーラ役のマリアンジェラ・シチリアは、凛とした澄んだ美声。
感情過多な女性を好演しています。
ドンナ・アンナ役のマリア・グラツィア・スキアーヴォは、明晰で技巧的な歌唱力で充実していますが、やや線が細い。
ややくすんだ声質、発声が浅い印象で(声が腹から出ていない…!??)、あまり好みではありません。
この二人の貴婦人について、それぞれ個人としては手堅い歌唱と表現・演技ですが、
声による性格付けの対比という点では、今一つ薄いように感じられます。
(声質を鑑みたキャスティングの問題でしょうか…)
(個人的には、ドン・アンナは、より硬質で凛とした声のイメージを持っています。)
(ドンナ・エルヴィーラは、メゾが歌うことが多いですよね…!?)
演出的には、ドン・ジョヴァンニの被害者同士として、お互いを気遣い合う演技が好印象。
ドン・オッターヴィオ役のジョヴァンニ・サラは、柔らかさはあるものの潤いに欠ける声質、丁寧な歌唱ですがやや声量不足。
復讐をするすると言いつつ、実際には行動をしない軟弱な雰囲気がよく出ています。
(褒めているのか、けなしているのか…よく分かりませんが…まぁそういう役柄。)
ドンナ・アンナとの関係は、結局、破綻してしまうのかな…。
マゼット役のレオン・コーシャヴィッチは、ハリと力感のある声質、素朴で詰めの甘い農夫を好演。
ツェルリーナとの夫婦関係は、この先も安泰なのかは疑わしい…。
演出は、ムーティの愛娘キアラ・ムーティによるもの。
別のSNSではかなり否定的意見が多かったようですが、私は特に悪いとは思わず、興味深く鑑賞しました。
鑑賞後も様々な想像が掻き立てられ、またプログラムを読むことによって新たな発見があります。
古典的価値観のもと作られたオペラには、そうした演出こそが、今の時代に求められるのではないか…とも思ったりして…。
(当然ながら、個人の意見です。)
稀代のプレイボーイであるドン・ジョヴァンニが存在してこそ、"悪"が魅力的であってこそ、それに関わる人々も輝くという解釈でしょうか。
それ以外の6人は、まずは下着姿で登場、空から下りてきた衣裳を舞台上で身に着けながら歌い始めます。
ドン・ジョヴァンニの"地獄落ち"による滅亡によって、フィナーレの六重唱では、それぞれ衣裳を脱いで、衣裳は吊るし上げられ、
カクカクした動きの操り人形のようになります。
完全に"善"なる人間は存在せず、それぞれの心には小さな"悪"や"闇"を潜ませているもの…。
絶対的な"悪"が消滅すると、その他の人々はどうしたらよいか分からなくなる…、リアルな世界ではなくなるのでしょう。
道徳的・偽善的に明るく締めるよりは、こちらの方がシニカルな苦味があり面白い。
演出ノートによると、騎士長はドン・ジョヴァンニ自身の"清廉な良心"であり、自堕落さを否定する審判者としての霊として捉えているようです。
人間は善良な部分と闇の部分を併せ持ち、生の世界と死の世界の境界は微かなもの。
なるほど、冒頭、騎士長が殺害される場面ははっきりと描かれず、寧ろドン・ジョヴァンニが倒れていたこことにも、納得できます。
そして、「やられたのは誰です?旦那ですか、それとも老人ですか?」と尋ねるレポレッロの言葉は、喜劇としてではなく、心理的な深みが感じられることになります。
幕切れでの騎士長の登場は、大きな影による表現(4階席からは腰から下しか見えず…)で洗練されています。
"地獄落ち"は、常套的とはいえ、スモークによる効果は絶大。
観え辛かったのですが、黒衣裳の女性・黙役達がドン・ジョヴァンニを地獄へ引き摺り下ろします。
ドン・ジョヴァンニがこれまでに騙してきた女性達なのでしょう。
宮殿の壁面が描かれた幕が開くと、舞台装置は崩れた宮殿の壁面が描かれた急な傾斜のある円盤。
(歌手の皆様、歌い難いのでは…、転ばないでね…など、心配を抱きつつ鑑賞。)
円盤上にある複数の窓は開閉式となっていて、登場人物たちが出入りをします。
物語の進行に合わせて、円盤は回転して、時に左右に壁面を描いた幅の狭い幕が下り、舞台転換をスムースにしています。
登場人物たちの衣装はモノトーンで、ドン・ジョヴァンニ、レポレッロ、ドン・オッターヴィオは黒色。
ドン・アンナは濃いグレー、ドンナ・エルヴィーラは薄いグレー、色調が異なっています。
ツェルリーナとマゼットは新婦と新郎ということで白色、騎士長も白色。
舞台全体が暗く少々観辛い、懐中電灯の光が眩し過ぎるなどはあるものの、基本的には闇夜で展開される物語なので、"アリ"でしょう。
大宴会での黙役やダンサーたちのマイムが多く、少々煩わしいことは難点。
尚、台本上、ドン・ジョヴァンニは失敗続きですが、大宴会などにおいてカタログの人数は増えたのでは…と思えるエロチックな表現が多々あります。
岡田暁生氏による「『ドン・ジョバンニ』の光と闇」の解説がとても興味深い。
『ドン・ジョバンニ』にはモーツァルトの内面性が色濃く投影されているとのこと。
主人公と騎士長(石像)は、そのままヴォルフガング・モーツァルトと厳格な父レオポルトの関係に重ねられ、
放蕩息子が最後は厳父に引きずられて家に連れ戻される物語として捉えられるとのこと。
「家」とはいわゆる自宅ではなく、「永久の家」つまり「死後の世界」あるいは教会のこと。
また、ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィーラはオペラ・セリアの世界に生きていて、
レポレッロ、ツェルリーナとマゼットはオペラ・ブッファの世界に生きています。
二つの様式が合体、そのせめぎ合いがデモーニッシュな極点に達して、"地獄落ち"での「最後の審判」のような合唱と音楽となります。
人生はきれいに割り切れない、その感覚をモーツァルトは音楽で巧みに表現しているとのこと。
久しぶりのムーティによる舞台付きオペラ公演のため、3回の公演全て完売したようです。
ムーティは、これまで日本において、『コジ・ファン・トゥッテ』(2008年、ウィーン国立歌劇場)、『フィガロの結婚』(2016年、ウィーン国立歌劇場)を披露していますが、
『ドン・ジョヴァンニ』を上演するのは今回が初めてとのこと。
これで、ムーティによるダ・ポンテ三部作は完結です。
私自身、全てを鑑賞できたことは、とても幸せなことです。
私にとって、今年5月から大規模改修のために長期休館となる前の東京文化会館での最後の公演となりました。
東京文化会館は、私個人的に最も数多くオペラ鑑賞した会場であり、東京では最もオペラ公演の上演に相応しい会場だと思っています。
近年、文化施設の閉館や取り壊し、再建未定な事例が相次いでいます。
どうかどうか、無事に、予定通り3年後に再開されますように、祈ってやみません!!
(追記)
4/12に放送された日曜美術館で、東京文化会館が建築家・前川國男の代表作として取り上げられていました。
前川國男は、ル・コルビュジエに師事した日本近代建築の巨匠。
通りを挟んで、ル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館があり、師匠と弟子の作品が向かい合っています。
エントランスの床(タイル)は大地に落ちた木の葉を、
エントランスとホワイエの天井は夜空に瞬く星(照明)を、柱は木々をイメージしているとのこと。
柱や窓枠の位置など、国立西洋美術館との関係性を考え、様々な計算のもと設計しているとのこと。
窓ガラスが大きく、外の緑が見えるのもよい。
ホールでは、ブナ材で作られた雲形のパーツが音響拡散体が特徴的。
自然との調和を目指した工夫など、何気なく通り過ぎていたところを、改めて見てきました。