池井昌樹「夏の夜の感覚」（「詩人　池井昌樹の世界－谷内六郎の絵に魅かれて」）

　２０２４年１１月３０日から１２月２９日まで、坂出市で「詩人　池井昌樹の世界－谷内六郎の絵に魅かれて」が開かれた。私は行っていないのだが、そのときの冊子に池井の中学生のころの作品が発表されている。
　池井は谷内六郎の週刊新潮の表紙の絵が大好きで、その絵を見ながら詩を書いていた。私は谷内六郎の絵も、池井昌樹の詩も、大嫌いだった。暗すぎる。何かを引きずっている。その「引きずっているもの」が、ちょうど池井の書く文字のように、粘着質で、気持ちが悪いのである。そういうものが、私は嫌いだったのである。いまでも嫌いだが、長い間読み続けているので、まあ、池井の詩にはだいぶ慣れてきた。それに、だいぶ前から、暗くなくなってきた。
　その大嫌いだったころの池井の作品から「夏の夜の感覚」。これは「流れ星の記憶」という谷内六郎の絵を見ることで誕生した詩だ。絵は、１９６５年８月７日号の週刊新潮の表紙になっている。池井が１２歳の時に書いた詩。（１３歳かもしれない。）

夏の夜（よ）の感覚
池にうつった青い空
あぶくを残して　すみきった水中深くもぐる小魚
静まりかえった夜（よる）……

聞こえない
耳では聞き取れない
カン　カン　カン　カン……
杉の木立が音を出しているのかな
山のふもとの遠い民家にほんのりついている明かり
相変わらず
池は青い空を一面にうつしている

静まりかえった夜（よる）
夏の夜（よ）の感覚……

　私が気持ち悪く感じるのは、「ほんのりついている明かり」の「ほんのり」である。「すみきった」の対極にある。何もかもがすみきっているに、ひとつすみきっていないものがある。
　いったい池井は、すみきったものを見ていたのか、それともすみきることのできないものを見ていたのか。「ほんのり」のなかに、すみきってしまわないものが持っている何かを感じ、しかも、それをとても大事なものと感じて書き留めている。この感覚が、中学生の私には、とてつもなく気持ちが悪かった。
　いつか気がついたら、池井は、その「ほんのり」のなかに、つまりすみきってはいないもののなかに、それでもすみきったものにつながるものをつかみとり、それをすみきるまでむきあうようになっていた。そのころから、私は池井の詩がほんとうに好きになり始めたのだが、中学生のときは、ほんとうに気持ちが悪かった。
　この気持ちが悪さは、「恐怖心」といってもいいかもしれない。
　谷内六郎の絵に感じるのも、「恐怖心」かもしれない。
　「恐怖」と言えば。

聞こえない
耳では聞き取れない
カン　カン　カン　カン……
杉の木立が音を出しているのかな

　この四行は、怖いね。でも、これは、好きである。いや、大好きである。
　私は山の中で育ったから、「カン　カン　カン　カン」ではないが、木々が出している「聞こえない音」を聞いたことがある。雑然と生えている木ではなく、並んで立っている木は、育てられている木は、自然に生えている山の木とはちがって何か音を出している。
　それは喜びか、悲しみか。
　たぶん、悲しみだな。
　自然に生きるのではなく、別の力で存在させられ（だれかによって存在させられ）、生きている悲しみ、といまなら言ってみたい気持ちになる。
　私はほんうとに山のなかのこどもだったから、杉山とか松を植えた山というものが、何か怖かった。
　奇妙なことに、この「悲しみ」は、しかし、谷内六郎の絵の暗さ、池井が書いている「ほんのり」の暗さにも通じる。「悲しみ」がいちばんすみきっているのかもしれない。そのすみきりすぎたものを守るために（隠すために）、暗さが必要なのかもしれない。
　「カン　カン　カン　カン」の部分は、宮沢賢治にも通じるような気がする。

　

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