谷川俊太郎『わかれの詩集』(2) | 詩はどこにあるか

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谷川俊太郎『わかれの詩集』(2)(「谷川俊太郎 お別れの会」事務局、2025年05月12日発行)

 「帰郷」は誕生の瞬間からはじまる。

私が生まれた時
私の重さだけ地が泣いた
私は少量の天と地でつくられた

 ここに「天」ということばが出てくるところが谷川俊太郎の特徴かもしれない。私にはけっして思いつくことができないことばである。谷川には誕生の瞬間から「宇宙」が存在していた。私が宇宙というものを知ったのは、ずっとあとからである。宇宙は、私には最初から存在していたものではなかった。「知識」として、学んだ存在である。それはいまでもかわりがない。

私が生まれた時
庭の栗の木が一寸ふり向いた
私は一瞬泣きやんだ

 この感覚は、私には「わかる」。私には、木からみつめられている感覚がある。木をみつめる。そのとき木からみつめられる。私は木が好きである。だから、「私は木と土でつくられた」ということばでこの詩が構成されていたなら、私はこの詩を私が誕生したときの詩であると言うことができる。
 でも、そうではない。当然のことといえば当然のことだが。
 ある部分に驚き、ある部分に納得する。そういうことは、当然のことといえば当然のことなのだが、そこに「不思議」も潜んでいる。
 最終連。

やがて死が私を古い秩序にくり入れる
それが帰ることなのだが……

 この詩が『別れの詩集』に含まれているのは、ここに「死」が登場するからかもしれない。「誕生」と「死」をみつめて、谷川は詩を書いている。ことばを動かしている。このとき谷川が「帰る」のは、どこへ帰るのか。「天と地」へ帰るのか。「天と地」ではかけはなれている。同時に、ふたつの場所へ帰ることはできないだろう。
 「天と地」を含めて「秩序」と谷川は呼んでいるか。存在するのは、「天と地」ではない。あるいは「木」ではない。引用しなかったが、三連目には「世界(コスモス)」ということばもでてくる。「天と地」「木」「世界」、そう呼ぶもの、そう名付けたもの、名付けるという行為が「秩序」か。そしてそれは「新しい」秩序ではなく、「古い」秩序である。「ふるい」とは、谷川が生まれる前から存在しているもの、谷川の意識では変更できないものという意味だろう。
 しかし、こうしたことに、私は「結論」は出さない。途中まで考えて(ことばを動かして)、それでやめる。
 私がこの詩でほんとうに驚いたのは、そうした「名詞」ではない。また、総合的な「意味」ではない。
 最終連の「くり入れる」という動詞である。
 谷川は「帰る」と書いている。「帰郷」と書いている。しかし、それはほんとうに「帰る」なのか。谷川が「帰る」のではなく、何かが谷川を「くり」入れる。谷川を引っ張るのだ。
 谷川のおもしろさは、この自分以外のものの存在、すでに存在している何かをつかみ、納得しているところにあると思う。それは、庭の「ふり向いた」栗の木もそうかもしれない。何かが谷川という存在を認め、みつめている。それを谷川は感じ、納得し、やがて「そこ」へ帰ることを知っている。そして、谷川をみつめている「なにか」と一体になる。そうなることに「身をゆだねている」。
 これは、かなり池井昌樹のことばに通じるものである。
 私には、こういう感覚はない。
 私は、そういう感覚を生きている人間に対して「畏怖」を感じる。




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