池井昌樹『理科系の路地まで』(6)(思潮社、1977年10月14日発行)
「いちろく」。
そよりそよりと足にさわる涼しい蚊屋
うすら青い蚊屋の中は
さわさわした木綿に濾された
透明な夜気が充満している
群青色に冷たく染まった蒲団にひたりながら
うっとり眠りこけるこころよさ……
ここに出てくる色は、谷内六郎の色である。「そよりそより」「さわさわ」というオノマトペは池井のことばの特徴のひとつである。「意味」よりも、雰囲気。あいまいなもの。それに「ひたる」。「ひたる」とき、池井は「こころよさ」を感じる人間なのだと思う。このとき、池井は放心している。
ぼうっとともった蛇の目のふやけた黄色
足もとから水草のにおいが
しんしんと湧き出てくる広い田圃に
おりがみのような満月が
淡雪色に発光しながら浮かんでいる
「ぼうっと」は放心に重なる。放心して、つまり自分のこころの枠を開け放って、世界そのものに「ひたる」。それは「におい」になる、ということかもしれない。
大岡昇平の「俘虜記」に、こんな文章がある。
相手が俘虜であるかないかだけは一遍でわかる。声の抑揚、頬のあたりに浮かんだ変な微笑、その他いわば匂いでわかるのである。
「匂い」は、「変な」もの。大岡のことばでいえば「正確」には定義できないもの。定義できないけれど、感じることができるもの、だろう。
池井は「変なにおい」(私が好きにはなれないにおい、嫌いなにおい)にどっぷりと「ひたる」。そして、放心して、その「におい」そのものになる。
「におい」の不思議なところは、その「におい」につつまれると、もう「におい」を感じなくなることである。
ひどく汚れた便所、我慢できないにおいも、しばらくするとにおいを感じない。そのころは自分の肉体ににおいがしみついていて、においを発する存在になっているかもしれない。
池井は「におい」に出会いながら、「におい」になる。「におい」をとおって、さまざまな存在、さまざまな感触、さまざまな色になる。池井の書いているもの(対象)を私は好きになることはできないが、池井の「変化」、世界に「なる」という運動には、いつも引きつけられる。
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