池井昌樹『理科系の路地まで』(2)(思潮社、1977年10月14日発行)
「黒い本能」にも「におい」が出てくる。
便所に近いぐねぐねの縁側で
雨に溶けていったおちらしのにおいか
ひびのはいったながもちを
ぎゅっとあけた時によみがえってくる
そのにおいか
長い長い歴史の人びとの吐息が
曲がり曲がった不思議なにおいは
カエルの声に案内されて
暗いだいだい色の室にはいってくる
「便所」にはにおいがつきものだが(便所と書いただけで匂いが含まれているが)、池井が書いているのは便所のにおいではない。便所のにおいを押し退けて広がる別のにおいである。
それは「長い長い歴史の人びとの吐息」と言いなおされている。
「ながもち」といういまはどこの家にもない家具が出てくる。「雨の日のたたみ」に「日清戦争」が出てきたように、池井のことばはどこか私が生まれた昭和以前のものを含んでいる。時間の射程が長い。その長さを「長い長い歴史」と池井は書いているが、そのことを手がかりにすれば、池井の書く「におい」も最近のにおいではなく、歴史を生き抜いてきたにおいになる。それは逆に言えば、池井が「生まれる前にかいだにおい」ということになるかもしれない。池井のなかには、「においの記憶」がある。人間の感覚のなかで嗅覚がいちばん根強い感覚だというが、池井の肉体のなかには、「においのDNA」とでも呼べるものが生きつづけているのだろう。そしてそれはいつでも「よみがえってくる」のである。
夕立ちでもない通り雨でもない
気がめいっていくじっとりした雨の降る日には
黒い大黒柱のぼくの家に
奇妙なにおいがじゅうまんしている
「奇妙」なのは、それが「いまのにおい」ではないからだ。「歴史のにおい」だからだ。そして、その「におい」は池井の感覚の「大黒柱」ということなるだろう。
この詩には色(色覚)や触覚も書かれているが、そのすべてをつつみ、あるいは飲み込むようにしてにおいが「じゅうまん」する。「充満」と漢字で書かないのは、漢字にしてしまうと「意味」になってしまうからだろう。「意味」にはしたくないのが、池井の「におい」なのである。意味を突き破り、いつでも「よみがえる」いのちとしての「におい」。池井は、それといっしょに生きている。
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