朽木祐『鴉と戦争』 | 詩はどこにあるか

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朽木祐『鴉と戦争』(ユニヴール12)(書肆侃侃房、2019年12月26日発行)

 朽木祐『鴉と戦争』は歌集。


いつまでも兄がスマホを弄るのがひかりでわかる わかる寂しい


 「わかる」が二度繰り返されている。なぜ「わかる」のだろうか。なぜわかってしまうのだろうか。
 「寂しい」が朽木の答えである。そのとき「寂しい」はだれの寂しさか。兄のものか、私のものか。それは区別ができない。兄と私が「寂しい」ということばのなかで区別をなくしていく。つまり「わからなくなる」、それが「わかる」ということ。
 ここにはあることがらへの向き方(思想)がある。
 私たちの世界は、それぞれ「区別(孤立性)」を持っている。それが「個別性」をなくす瞬間がある。区別がなくなって、溶け合ってしまう。それをことばでもう一度「個別性」へと生みなおしていく。
 しかし、ふつうは「わかる」とは言わないし、「わかる」を繰り返すこともない。たとえば、


手のひらに自ら傷を彫るひとの沈黙のその淵は深くて


 という具合に「わかる」を隠す。
 「沈黙」が「わかる」。そして「沈黙の淵の深さ」が「わかる」。もっと厳密に言えば「淵」があることが「わかる」がその間にある。
 「わかる」はいつでも、どこでも補うことができる。
 いわば、「わかる」は朽木のキーワードなのである。
 あるいは、


ゆう闇のチャイコフスキーのボリュウムを下げた手を取る 温かい


 「温かい」が「わかる」。その「わかる」をとおって、感情を共有する。人間と人間が結ばれる。
 これは、ふつうの「短歌」、伝統的な「短歌技法」かもしれないし、テーマかもしれない。
 一方、こんな一首がある。


ああ鴉、いつまでそこに)流血がその沈黙に値を付ける


 これは、朽木にだけ「わかる」ことである。つまり発見だ。それをことばにすることで、「わかる」を共有してほしいと読者に呼びかける。もちろんそれは孤独な叫びである。だれかを対象に声を発しているが、そのだれかがそばにいるわけではない。いってみれば、抽象的な人間に語りかける抽象のことばであとも言える。
 朽木は、この二種類の歌を交錯させている。まだ、どちらを選んでいいのか考え中なのかもしれない。
 たぶん、後者の方が朽木の目指しているものだと思う。
 そして、もしそうなら。


はなびらはあとからあとへとみづに来て沈む力を蓄へて死ぬ


 こういう「伝統的」なリズムをどう処理するべきか、そこに問題が出てくると思う。感覚の定型をどこまで利用するか。感覚の定型の継承と拒絶。両方を融合させ、それが新しい音楽として自在に動きには、もう少し時間がかかるかもしれない。
 帯に掲げられた、


戦争がけふの未明に始まつた。ふはと鴉の羽にふりかかる


 ここにはそうした融合の試みがあるが、私はこの「ふはと」を何か「汚い」と感じてしまう人間である。つまり、私の「語感」にあわない。美しさの偽装(嘘)を感じる。「虚構」ではなく、嘘と感じてしまう。








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