140 キモン、レアスコスの子、二十二歳、ギリシャ文学専攻の学生(キュレネにて)
だから、ぼくは悲しい。彼の早すぎる死は
ぼくの怨みをすっかり拭い去った。
マリロスがぼくからエルモテリスの愛を
奪ったことへの怨みを。
今もしエルモテリスがぼくに戻ったとしても
以前と同じということにはならないだろう。
自分が何を感じ取るかよくわかっている。
マリロスの影が二人の間に入ってくる。
彼は言う、ほら満足だろう。
望みどおり彼は戻ったよ、キモン。
ぼくのことを怨む理由はもうないよ、と。
「自分が何を感じ取るかよくわかっている。」という一行を中心にことばの展開の仕方が変わる。それまではキモンという男からみた「現実」が描かれる。ところが、そのあとは「現実」ではなく、空想(想像)である。
しかもその内容は、自分の「思い」ではなく、死んでしまったマリオスの行動(ことば)なのだ。
つまり、ここで「主役」がかわる。
しかしかわったはずの主役が目立たない。
カヴァフィスの詩の特徴は、作品の登場人物(主役)が誰であれ、その人の「声」が直接聞こえる。しかし、この詩の役では、交代したはずの主役の声が聞こえない。
それを想像するキモンが舞台に居残っている。
ぼくのことを怨む理由はもうないよ、と。
この最後の、「、と。」が邪魔している。ことばを補うと、これは「、とマリオスが言う。」になる。原文は、どうなっているかわからないが、「、と。」が、とても目障りだ。
池澤は、こう書いている。
カヴァフィスには珍しいことに、これはほとんど短篇小説だ。
カヴァフィスの詩が「短篇小説」なのか、池澤の訳が「短篇小説」の枠構造になっているのか。もっとカヴァフィスらしく訳す方法がなかったか。
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『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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