自分を笑ってしまおう、の旅

自分を笑ってしまおう、の旅

本当のあなたは、もっと軽やかで、楽しくて、幸福な存在なのですよ。

これしか起こり得ない。
たしかに自分は存在しない。
向かう場所などどこにもない。
今までの苦しみは何だったの? 笑うしかない。

 

一瞬間、一瞬間が記憶に残っていきます。
 
 
私たちはそれをつなげて見ます。
 
 
あんなこともあった、
こんなこともあった。
 
 
そして、こう思います。
 
 
「ああ、私は確かに存在している」
 
 
これと同時に、
時間も存在し、
ここに、「私」が愛してやまない
大事な大事な「私の人生」が存在するのです。
 
 
「ああ、私の王子様!
やっと迎えに来てくださったのですね」
「待たせてしまったね。もう何も心配しないでいいよ」
 
 
 
 
こうして、
本当はないはずの時間という枠の中で、
人は、最初からどこにもない自分の人生に
素敵な夢を描き、
それに向かって奮闘するのです。
 
 
でもね、
今言いましたけど、
人生は、ないんです。
 
 
夢です。
 
 
何もないんです。
 
 
時間があるように見えるのは、
 
 
パラパラ漫画が、動いて見えるのと同じ。
 
 
一枚一枚が独立した絵なんです。
 
 
どんなにヘタクソな絵だろうと、
気に入らなかろうと、
人は、線一本描き変えることもできません。
 
 
その絵が今目の前に現れた「これ」です。
 
 
この絵だけがここにあります。

 
いえ、ありますじゃなくて、ありました。

 
もう消えています。
 
 
そして、つぎの絵が現れています。
 
 
バラバラに描かれた絵なんです。
 
 
さっきの絵と今の絵はつながっていないんですよ。
 
 
そして、
その一枚一枚の中にあなたはいます。
 
 
ぜんぶ別々のあなたです。
 
 
ほんとは、それもいないんですけどね。おばけ
 
 
そんなふうになっています。
 
 
~あなたから深刻さがなくなりますように~
 
 
 

 

おいでお知らせ

本を読んでも、セッションを経験しても、すぐにまたもとに戻ってしまう方、苦しみから抜け出せない方、ノンデュアリティの理屈の迷路にはまり込んでしまっている方へ。
くわしくは、こちら
 

 

まじかるクラウンランキングに参加しています。
よろしければ、ぽちっとお願いします。
 

 

嫉妬心。
 
 
嫌な感情ですねー。
 
 
自分が小っちゃく見えちゃうとか、
心の狭いやつに見えちゃうとか。
 
 
とくに親しい間柄とか身近な人に対しての嫉妬心は、
強いものになりがちです。
 
 
さて、この嫉妬心、
こいつは自分と他人を比べることから起きます。
 
 
私は、あの人より劣っている。
 
 
あの人は、私より恵まれている。
 
 
このような比べっこのせいで起きます。
 
 
 
 
心の中で。
 
 
心の中だけで。
 
 
では、なぜこのような感情が起きるのか。
 
 
それは、
「私」がいつも「もっとよい状態」を求めているからですね。
 
 
その「私」が求めている「もっとよい状態」に、
あの人がいるわけです。
 
 
そりゃあ、悔しい。
 
 
しかも、見た目に何も苦労などせずに、
そこにたどり着いているように見えたら
なおさらその思いは強くなったりします。
 
 
でも、こんな状況も
あなたの意識の中に
ただ浮かび上がってきただけです。
 
 
そして、これはあなたにではなくて、
ただそこに湧きあがったんですよ。

 
この感情をどうにかしたいと考えるのは、
どうにかなると思うからです。
 
 
だから苦しくなっちゃう。
 
 
でもね、
それはそのように起きています。
 
 
なぜでしょうか。
 
 
そう起きなくてはいけなかったからです。
 
 
それが「全体」からの完璧な答えなんですよ。
 
 
それしかあり得ない答えなんです。
 
 
それが完璧なんだってことを知ってほしい。
 
 
ほんとに知ってほしい。

 
あの人が恵まれているのも、
あなたが嫉妬心を抱いて、
自己嫌悪に陥っているのも、
ぜんーぶ完璧な答えなんです。
 
 
「完璧」を変えられるわけがありません。
 
 
変えられないから「完璧」なんです。

 
そして、
これは夢の中のことであるということ。
 
 
「映画」の中で起きていることですよ。
 
 
嫉妬という感情が映像に映っているだけなんです。
 
 
誰のものでもなく。
 
 
シナリオに従って現れただけです。
 
 
あなたとは何の関係もありません。
 
 
そして、私たちが本当に求めている幸福は、
この「映画」の中にはありません。
 
 
そのことが本当にわかると、
嫉妬心なんてどこかに消えますよ。
 
 
 
~あなたから深刻さがなくなりますように~
 
 
 

 

おいでお知らせ

本を読んでも、セッションを経験しても、すぐにまたもとに戻ってしまう方、苦しみから抜け出せない方、ノンデュアリティの理屈の迷路にはまり込んでしまっている方へ。
くわしくは、こちら
 

 

まじかるクラウンランキングに参加しています。
よろしければ、ぽちっとお願いします。
 

 

瞬間、瞬間を捉えるというのが
どういうことかっていうお話。
 
 
私が今あなたにボールペンを見せたとします。
 
 
「ボールペン、ありますね?」と私。
 
 
「はい、あります」とあなた。
 
 
つぎに、私がボールペンをカバンに入れたとします。
 
 
「ボールペン、ありますか?」と私。
 
 
「はい、カバンの中に」とあなた。
 
 
これ、記憶と想像なんです。
 
 
実際には、ないはずなんです。
 
 
見えていないんだから。
 
 
それを、「ある」と言い張るのは、
あなたの中に時間が存在しているということです。
 
 
過去が一連の流れとなって、
あなたの中に存在しているわけです。
 
 
あなたの「私」がそれをがっちり捕まえているんですよ。
 

でもね、
時間は存在しません。
 
 
その瞬間に現れた、その瞬間しか存在しないんです。
 
 
さて、そうなると、どうなりますか?
 
 
「ボールペンは、ない」
が真実だっていうことがわかるでしょう。
 
 
ないんです。
 
 
あなたがさっきはここにいなくて、
今ここに現れたとしたら、
「ボールペンは、ない」
でしょ?
 
 
それがすべて。
 
 
むずかしい理屈なんて何にもないんですよ。
 
 
あなたがこの瞬間に認識していないものは、存在しない。
 
 
それだけのことです。
 
 
理解するも何もない。

 
考えたり、認識という世界に浸っていると、
これがなんだかむずかしいことになっちゃう。
 
 
あなたは、じつはちゃんと真実が見えているんですよ。
 
 
「ボールペンは、ない」という真実を。
 
 
記憶や認識がそれを覆い隠しているんです。
 
 
それが一切ないことを、
悟りと言ったりするんです。
 
 
すごーく簡単なことなんです。
 
 
これを、知識で得ようとかいうのはおかしいでしょ?
 
 
修行で得ようとかいうのはおかしいでしょ?
 
 
「全体」は、とてもシンプルにそれを表現してくれているんです。
 
 
それしかない形で表現してくれているんです。
 
 
後ろを向いてください。
 
 
今、見えていた世界が消えて、
見えていなかった世界が現れるでしょ?
 
 
それがすべて。
 
 
 
~あなたから深刻さがなくなりますように~
 
 
 

 

おいでお知らせ

本を読んでも、セッションを経験しても、すぐにまたもとに戻ってしまう方、苦しみから抜け出せない方、ノンデュアリティの理屈の迷路にはまり込んでしまっている方へ。
くわしくは、こちら
 

 

まじかるクラウンランキングに参加しています。
よろしければ、ぽちっとお願いします。