いつでもいるよ、大丈夫だよ

 

 みなさんは短歌なんて読みますか。え!短歌…、そんなの知りませんという方も、これは聞いた(読んだ)ことがあるのではないでしょうか。

 

「この味がいいね」と

君が言ったから

七月六日は

サラダ記念日

 

 そうです、かの有名なサラダ記念日です。俵万智さんの短歌です。この歌は、昭和62年、俵万智さん24歳の時の作品です。『サラダ記念日』という短歌集が280万部という大ベストセラーとなり、彼女を一躍有名にし、現代を代表する短歌作者と言われるようになった短歌です。

 ですから、今や平成という年号が変わろうとする時ですから、もう30年以上前のことになるわけです。その後の俵万智さん、みなさんはご存じないかもしれませんが、大丈夫です、ちゃんと、短歌作者として活躍されています。

 まあ、その後、『サラダ記念日』ほどの大ヒット作はありませんから、電車の中で中学生(教科書にサラダ記念日が引用されました)に、「あ、俵万智だ。まだ生きてたんですね」と言われたこともあった、とは彼女自身のツイッターでの言葉です。まあ、たしかに昭和の時代のことですから、中学生にしてみたら化石みたいな人かもしれませんね。

 さて、そんな俵万智さん。今は宮崎市(その前は石垣島)に住み、今はもう中学生になる男の子の母親でもあります。じつは、シングルマザー。私たちの年代の言い方では未婚の母として子供を産み育てているのですが、その父親の名前は公表していない(私個人的には別に誰でもいいし、あくまで俵万智さんの個人的問題だとは思いますが)そうです。

 そこで最近は子どものことを歌った作品集、エッセイー本などを書いています。そんな出版物の一つに『生まれてバンザイ』(童話屋)という短歌集があります。その中にとても素敵な、良い歌がありますので、みなさんに紹介しましょう。

 

おむつ替え

おっぱいをやり

寝かせ抱く

母が私にしてくれたこと

 

 きっと、赤ちゃんを産んだあと、おむつを替えたりおっぱいをやったり…と目の回るような、そんな忙しい最中にフッと気付いたんですね。〈ああ、そうだ。わたしも、子育てがエライシンドイとアップアップしているこのわたしも、同じように母に苦労をかけてきたのだなー〉

 

一人遊びしつつ

時おり我を見る

いつでもいるよ

大丈夫だよ

 

 これもいいですね。なにしろシングルマザーです。母一人子一人です。基本的には、お母さん、俵万智さんと子供だけの世界です。お母さんが何か用事をしている。ご飯を作っているその側で子どもが遊んでいる。安全安心な状況ではありますが、でも子どもにしてみたら時々、チラチラとお母さんの方を見る。お母さんはその視線を感じて、〈いつでもいるよ。いつもお前の側にいるよ、大丈夫だよ〉と、熱いメッセージを送っているんですね。

 

叱られて

泣いてわめいてふんばって

それでも母に

子はしがみつく

 

 この歌は、これはもうそのまま味わってください。母と子の、子どもと親のたしかな、そしてあたたかいつながりが感じられます。

 最近は子どもが親に殺されたり、年老いた親を虐待したり…、じつにイヤな話悲しい事件がおこります。親子のつながり、こころの通い合いを、今一度思いおこしてみるべきではないでしょうか。

福井教区 善導寺 大門 俊正

有難い命

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 光陰矢の如し、この言葉がありますが、季節の移り変わりは早いことです。私たち、移り変わる季節の中で、同じ日暮らしをおくるのであれば、感謝の日暮らしをおくりたいものであります。
 以前、あるお方が「日本語は私たちに希望や生き方を与えてくれます。日本語は、素晴らしいです。『あいうえお』を母音といいますが、すべて日本語の基本が母音であります。その一番上(うえ)に愛(あい)がある。お父さん・お母さんから、命を頂きます。そして、いろいろな人に出合って最後、終わりに恩(をん)があります。私たちこの頂いた命に感謝して、恩を知り、自他共に思いやる心を大切にしたいですね。」と、お話をなさっておられました。自分の命・大切なお方に感謝し、み仏様・ご先祖様に手を合す生活をおくりたいものであります。

 林霊法大僧正が残されたお話に「私達の人生において誕生は三回ある。そして、その三回の誕生をすべて迎えなければ、人としてこの人生を全うしたとはいえない」と、私達が人として、人間らしく生きるためには、三つの誕生が大切であるとお教えくださいました。

 初めに第一の誕生とは、人としてこの世に生を受ける。命を授かることであります。母親のお腹の中から、この体を頂いて生まれる、命の誕生であります。そこで人として生まれて来たならば、人間である以上は、第二の誕生を行わなければなりません。第一の誕生が命、この体の誕生であったとすれば、第二の誕生は心です。恩に気づくことが心の誕生であります。「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」人も同じこと。私が今ここにありますのは人として花開かせて頂いたのは、父や母、おじいちゃんおばあちゃんご先祖の命の根のあるおかげです。第二の誕生は、色々な恩に気づく事であります。

 そして、第三の誕生とは、極楽へ往生です。浄土宗・お念仏の信者さんにとって、往生とはとても大切なお言葉であります。読んで字のごとく、「往き生まれる」と読みます。阿弥陀仏の本願を信じて、阿弥陀様のおられる西方浄土・極楽に往き生まれることです。また、漢文は下から上に読むこともありますので、「生きて往く」とも読めます。この世の命、生き抜いて生き抜いてお念仏のご縁により極楽のお浄土に往かせて頂くことができます。

お念仏の信者さんは、第二の誕生、心の誕生を迎え、お念仏の中に恩に気づき、お念仏に励み、そしてそのお念仏のご縁によって最後の時は、み仏様がお迎え下さり、極楽のお浄土に往き生まれさして頂く。第三の誕生・極楽への往生を目指して日々の日暮らしをおくりたいものであります。

 極楽のお浄土には産み育てて下さった、お父さん・お母さん・お世話にったお方・例え、我が子が先だっても必ず待っておってくださる。極楽でまた懐かしいお方とお出会いをさせて頂くために、お念仏に精進したく思うとことであります。

 あるお方が「人生の中には、多くの苦難・困難・災難があります、私たちの人生には難がある、難がない人生は無難といいますが、無難なお方は誰一人おられません。私たちの人生は、どのような人生かといえば、難が有ると書いて、有難い人生であります。この命に感謝しなければいけません」とお話されておられました。私たち同じ日暮らしをするのであれば、この命に感謝し、周りとの繋がり・恩に感謝し、仏様・ご先祖様に感謝し、極楽に生れることを願うお念仏の生活をおくりたいものであります。

 皆様の「南無阿弥陀仏」と、お念仏申し・ご先祖様・大切なお方を慕う、有難いお姿が、これから先も「家庭にみ仏の光を」照らし続けて頂けると、日々の暮の中で、み仏様・ご先祖様を拝み・手を合せ、お念仏のお徳を積ませて頂きたいと思います。

                                      合掌

                        京都教区 長圓寺 堀有輝

お檀家さんのなつさん

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 お檀家さんのなつさんは、10年ほど前にご主人を亡くされました。初めてのお葬式でした。

 葬儀当日、私はなつさんのお名前を、ずっと間違えて呼んでいたようす。過去帳にも間違えて記入をしていました。気が付いたのは四十九日の法要のころでした。特に、遺族の方から指摘をされたわけではありませんが、思い出してみれば、私に不信感を抱いているようでありました。

 四十九日の法要が終わって1か月が過ぎました。私はなつさんのことが大変気になっていました。そんなある日、なつさんがお墓参りにいらっしゃいました。窓からその様子をうかがっていると、ポツリポツリと雨が降ってまいりました。なつさんは、お寺まで片道40分歩いてこられます。私は、あわてて外に出て、なつさんに、「どうぞ傘をお持ちください」と声をかけました。初めは断っていたなつさんでしたが、私が熱心に勧めたこともあり、傘を持ち帰りました。

 後日、なつさんが傘を返しに来てくれた時のことです。私が、朝のお勤めにお誘いしますと、思うところがあったようで、快く応じてくれました。数日後、お参りに来られたなつさんが、「私決めました。100日間お参り続けようと思います。」とおっしゃいました。

 こうして、二人での朝のお勤めが始まりました。私も、100日間法話を続けました。これがご縁となり、私は、布教の道へと進み、各地で仏様の御教えのお取次ぎをさせて頂くようになりました。また、当山では毎週日曜日、ご近所の皆様方と御経の会を勤めるようになりました。

 後日、なつさんは私にこんな話をしてくださいました。「あのとき、ご住職が一本の傘を貸して下さらなかったら、こんなにお寺さんにお参りに来ることはなかったと思います。」なつさんはそれ以来、熱心にお寺の行事に参加されるようになりました。

 あのとき雨が降らなかったら、窓の外を見なかったら、今の私はありません。