有難い命

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 光陰矢の如し、この言葉がありますが、季節の移り変わりは早いことです。私たち、移り変わる季節の中で、同じ日暮らしをおくるのであれば、感謝の日暮らしをおくりたいものであります。
 以前、あるお方が「日本語は私たちに希望や生き方を与えてくれます。日本語は、素晴らしいです。『あいうえお』を母音といいますが、すべて日本語の基本が母音であります。その一番上(うえ)に愛(あい)がある。お父さん・お母さんから、命を頂きます。そして、いろいろな人に出合って最後、終わりに恩(をん)があります。私たちこの頂いた命に感謝して、恩を知り、自他共に思いやる心を大切にしたいですね。」と、お話をなさっておられました。自分の命・大切なお方に感謝し、み仏様・ご先祖様に手を合す生活をおくりたいものであります。

 林霊法大僧正が残されたお話に「私達の人生において誕生は三回ある。そして、その三回の誕生をすべて迎えなければ、人としてこの人生を全うしたとはいえない」と、私達が人として、人間らしく生きるためには、三つの誕生が大切であるとお教えくださいました。

 初めに第一の誕生とは、人としてこの世に生を受ける。命を授かることであります。母親のお腹の中から、この体を頂いて生まれる、命の誕生であります。そこで人として生まれて来たならば、人間である以上は、第二の誕生を行わなければなりません。第一の誕生が命、この体の誕生であったとすれば、第二の誕生は心です。恩に気づくことが心の誕生であります。「咲いた花見て喜ぶならば、咲かせた根元の恩を知れ」人も同じこと。私が今ここにありますのは人として花開かせて頂いたのは、父や母、おじいちゃんおばあちゃんご先祖の命の根のあるおかげです。第二の誕生は、色々な恩に気づく事であります。

 そして、第三の誕生とは、極楽へ往生です。浄土宗・お念仏の信者さんにとって、往生とはとても大切なお言葉であります。読んで字のごとく、「往き生まれる」と読みます。阿弥陀仏の本願を信じて、阿弥陀様のおられる西方浄土・極楽に往き生まれることです。また、漢文は下から上に読むこともありますので、「生きて往く」とも読めます。この世の命、生き抜いて生き抜いてお念仏のご縁により極楽のお浄土に往かせて頂くことができます。

お念仏の信者さんは、第二の誕生、心の誕生を迎え、お念仏の中に恩に気づき、お念仏に励み、そしてそのお念仏のご縁によって最後の時は、み仏様がお迎え下さり、極楽のお浄土に往き生まれさして頂く。第三の誕生・極楽への往生を目指して日々の日暮らしをおくりたいものであります。

 極楽のお浄土には産み育てて下さった、お父さん・お母さん・お世話にったお方・例え、我が子が先だっても必ず待っておってくださる。極楽でまた懐かしいお方とお出会いをさせて頂くために、お念仏に精進したく思うとことであります。

 あるお方が「人生の中には、多くの苦難・困難・災難があります、私たちの人生には難がある、難がない人生は無難といいますが、無難なお方は誰一人おられません。私たちの人生は、どのような人生かといえば、難が有ると書いて、有難い人生であります。この命に感謝しなければいけません」とお話されておられました。私たち同じ日暮らしをするのであれば、この命に感謝し、周りとの繋がり・恩に感謝し、仏様・ご先祖様に感謝し、極楽に生れることを願うお念仏の生活をおくりたいものであります。

 皆様の「南無阿弥陀仏」と、お念仏申し・ご先祖様・大切なお方を慕う、有難いお姿が、これから先も「家庭にみ仏の光を」照らし続けて頂けると、日々の暮の中で、み仏様・ご先祖様を拝み・手を合せ、お念仏のお徳を積ませて頂きたいと思います。

                                      合掌

                        京都教区 長圓寺 堀有輝

お檀家さんのなつさん

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 お檀家さんのなつさんは、10年ほど前にご主人を亡くされました。初めてのお葬式でした。

 葬儀当日、私はなつさんのお名前を、ずっと間違えて呼んでいたようす。過去帳にも間違えて記入をしていました。気が付いたのは四十九日の法要のころでした。特に、遺族の方から指摘をされたわけではありませんが、思い出してみれば、私に不信感を抱いているようでありました。

 四十九日の法要が終わって1か月が過ぎました。私はなつさんのことが大変気になっていました。そんなある日、なつさんがお墓参りにいらっしゃいました。窓からその様子をうかがっていると、ポツリポツリと雨が降ってまいりました。なつさんは、お寺まで片道40分歩いてこられます。私は、あわてて外に出て、なつさんに、「どうぞ傘をお持ちください」と声をかけました。初めは断っていたなつさんでしたが、私が熱心に勧めたこともあり、傘を持ち帰りました。

 後日、なつさんが傘を返しに来てくれた時のことです。私が、朝のお勤めにお誘いしますと、思うところがあったようで、快く応じてくれました。数日後、お参りに来られたなつさんが、「私決めました。100日間お参り続けようと思います。」とおっしゃいました。

 こうして、二人での朝のお勤めが始まりました。私も、100日間法話を続けました。これがご縁となり、私は、布教の道へと進み、各地で仏様の御教えのお取次ぎをさせて頂くようになりました。また、当山では毎週日曜日、ご近所の皆様方と御経の会を勤めるようになりました。

 後日、なつさんは私にこんな話をしてくださいました。「あのとき、ご住職が一本の傘を貸して下さらなかったら、こんなにお寺さんにお参りに来ることはなかったと思います。」なつさんはそれ以来、熱心にお寺の行事に参加されるようになりました。

 あのとき雨が降らなかったら、窓の外を見なかったら、今の私はありません。

 昨年十二月に、清浄華院の「御身拭式」というご法要に参加させていただきました。法然上人様の坐像の一年間のほこりを、みなさま方とご一緒に払わせていただきながら、新たな一年をお迎えするにあたり、とても清々しい気持ちでおりました。
 
 ところが新年早々、そうした気持ちが雲りそうになる出来事がありました。当てていない「交通事故」の「加害者」となったのです。マイカーで直線道路を運転中、目の前に来た交差点を、青信号で左に曲がろうとしました。左手の横断歩道をこちら側に向かって渡って来る一台の自転車がありました。
 お母さんが荷台にチャイルドシートを付けそこにお子さんを乗せていました。重そうな自転車を引いて歩いて来ます。
 私は、横断歩道の手前で緩やかに車を停車させ、お母さんが渡り切るのを待ち始めたところで、その自転車がよろめいて目の前で転んでしまったのです。
 「えっ? 当ててないよね!?」
 一瞬驚きましたが、その場で車をとめ助けに向かいました。私が自転車をひき、親子を歩道まで誘導した後、車を安全なところへ寄せました。
 お母さんもお子さんもお怪我もなく、かすり傷さえありません。「大丈夫ですから」と言われ、これで一件落着かと思いきや、事態は一変したのです。
 そばで見ていた中年男性が、警察に通報し、そのお母さんに救急車を呼んだ方がいいと言い始めました。
 十数名の警察官がぞろぞろとやって来る頃には、お二人ともその場からいなくなっていました。お母さんとお子さんは結局、救急車に乗り病院に運ばれました。
 「加害者」となった私は、ものものしい雰囲気の中、一人で現場検証に立ち会うことになったのです。
 まるで狐につままれたような気持ちでいました。
 
 「転重軽受」(てんじゅきょうじゅ)という法然上人様のご法語があります。因果応報、過去に行った行為の結果が今に現れる、これが仏教の考え方です。起こったそのこと自体はないようにすることはできません。ですが、それをどう受け止め、解釈するかは自分次第です。目の前に起きた「厄災」を自分の心の中で軽くすることはできる、と上人はおっしゃっているのです。 念佛を唱えればお浄土に誰もが行けると言った上人は、時の権力者により島流しに遭いましたが、そうした中であっても逆にそれを幸いなこと、ととらえました。島でお念佛の教えが広められることを喜びとしたのです。
 しばらくこの「当てていない交通事故」の件は腑に落ちないでいたのですが、ある日、私はそのことを思い出しました。
 人間は生きている限り、思いもよらぬ辛いこと、苦しいこと、嫌なことに出会います。そうしたことを避けたりなくしたりすることはできませんが、軽くして受け止めることはできるのです。
 
 お陰さまで「災い転じて福となす!」、これが私の今年のテーマとなりそうです。曇りがちだった心も晴れ、いよいよこの三月二十八日から六日間、画僧としての集大成となる個展「凛として在りたい」を東京の青山で迎えます。一年の初めにこのようなことに出会え、上人のお言葉や生き方を思い起こせられたことに深く感謝し、これからの励みとしたく思います。
 
 
神奈川教区 桂林寺
永田英司