「置石事件」で大目玉を喰って、以後「親の目の届く範囲で遊んでいなさい」と禁足令が下った。しかし、こんな禁足令にへこたれるものではなかった。悪遊びの種はすぐに思いつく。「浜の真砂と遊びの種は尽きることは、あるめ~いぜ」てなものだ。

 悪童仲間は、我が家に集まってあれこれと遊びの種を出し合った。我が家は中二階造りで、外から見れば三階建てのような構造。他家より少し背が高かった。それに、その上階の窓際には小さなベンチのような出っ張りが張り出していて、人一人が座れるほどの空間があった。古い昭和の日本画に、手摺りに腰かけて夕涼みする婦人の姿が描かれたりするが、その手摺りのようなものが出っ張っていた。ここに腰かけて下の通路がよく見えるのだった。

 悪童たちはここに遊びのタネを見つけ出していた。下の道に物を投げつけて、すぐに隠れれば、誰がどこから落ちてきたのかが解らない。時間差が埋めれると読んだのである。「アレをしようぜ」で衆議一決。禁足令以前からの遊んでいた”モク拾い遊び”だった。もの不足の当時、たばこは貴重品。愛煙家は、一本のたばこを隅々まで喫い尽くしたうえで、キセルに溜まった吸い殻を集めて、煙の元を作り直していた。そのような事情から、道に捨てられたたばこの吸い殻を集めて一本のたばこに仕上げなおす専業者が現れた。モク拾いである。道端に捨てられた吸い殻を専用の鉄の棒で刺しては腰にぶら下げた缶に入れていく。

 悪童たちは、これを遊びのネタにした。模造のたばこの吸い殻らしきものを自作して道端に捨てておくのだ。これをモク拾いが拾っていく。しかし、専業者の目はごまかせない。薄紙にトウモロコシの毛を巻いたものや、黑糸を巻いただけのものなど、本物らしく作るのだが、一見して偽物と解る”粗悪品”は見向きもしない。一旦は鉄の棒で掬い上げても、すぐに正体がわかると「チイッ」と舌打ちをしてまた元の道路脇に放り捨てる。

 モク拾いの選別眼を潜って缶に入れられた模造モクを作った者は仲間の称賛を浴び、景品がもらえる。皆から提供してある飴玉だ。この遊びを二階の出っ張りから投げ捨てるのだ。ここからなら”現場”からはなれているから”犯行”は隠せる。仲間内では”偽造モク”造りに一段と熱が入り、モロコシに髪の毛を混ぜたり、薄紙は英語の辞書がいい、など製造の苦心も共有されだした。それでも成功率はシビアで、モク拾い専業者に拾い上げられるかどうか、二階に身を潜めてドキドキして、成り行きを見守っていた。