ある年代以上の方は、「矢ガモ」を覚えていらっしゃると思います。
昔ニュースになった、背中に矢の刺さったカモです。
矢が刺さったまま池で泳ぐカモの姿は、なんとも哀れで心の痛むものでした。(たしか無事に保護・治療されたはずです)
矢を撃った犯人は、池にいるたくさんのカモの中から、何か理由があってあの1羽を選んだわけではないでしょう。
犯人がたまたま標的に選んだカモがあの1羽だっただけです。
2つほど前の記事で、『運命が人間にすること、人間が運命に対して出来ること』という文章を書きましたが、運命と人間との関係は、ちょうどあの矢ガモを撃った人間とカモたちの関係と同じだなと思いました。
大病、自然災害、事故など、突如として人間を襲う過酷な運命。
そこに、何の理由もありません。
ここで「運命」と呼んでいるものの正体は、ただの「確率」です。
日本中を何100万台の自動車が走っていれば、確率的に、毎日何人かの人が交通事故で亡くなってしまうわけです。
癌という病気が存在する以上、誰かが癌になるわけです。
ただ――また前の記事の繰り返しになりますが――カモと人間の違うところは、人間はお互いを助け合ったり、励まし合ったりといった「小さな愛を与え合う行動」が出来ることです。
「愛」というと大げさなのですが、ここでの「愛」とは、「優しさ」「思いやり」「親切」「いたわり」「仲間意識」といったものを全部ひっくるめたような意味で使ってます。英語の「love」も、ちょうどそんな意味で使われるみたいです。
漫画『ドラゴンボール』に「元気玉」というのがありました。何百万という人たちがちょっとずつのエネルギーを主人公の孫悟空に与えて、それで悟空は敵を倒すんですが、あの元気玉みたいなことを、人間は実際にやってるんだなと思いました。
私も、YouTubeのコメント欄で本当に苦しんでいる方を見かけた場合などは、返信を書いて小さな「元気玉」を送るようにしてます。
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明日入院するのですが、私はスマホだと長い文章が書けないので、次はたぶん退院後になると思います。
矢ガモ、頑張ってきます。